ブックレビュー
『国をつくるという仕事』のリーダーたちに学ぶ、組織づくりの鍵は個人と向き合うこと
働く人の心に響く本:リーダーとしての指針にしている一冊
組織には必ずリーダーが存在する。その立場になった時、リーダーとしてどう在るべきかを自問自答する人も少なくないだろう。組織という大きなものをつくっていく中で重要なことは、個人と向き合うことだと学んだ、若きリーダーのひとり、青山敦士氏がリーダーとしての指針にしている一冊は『国をつくるという仕事』。
立場の異なる世界中のリーダーをみてきた著者
今回の選書者は、隠岐ユネスコ世界ジオパーク(※1)である海士町で「泊まれる拠点施設」として誕生したEntô(※2)の運営を行う、青山敦士(あおやま・あつし)さん。海士町、そして観光業の未来をつくる、若きリーダーの一人だ。そんな青山さんが「リーダーとしての指針にしている一冊」に選んだのは、西水美恵子著『国をつくるという仕事』。 元世界銀行副総裁である著者・西水さんは、入職後、南アジアや中東等の途上国支援を担当。貧困地域で自らホームステイをし、貧困や政治と戦う、首相、国王、農民、学生、売春婦など立場の異なるリーダーと出会う。一時的な融資ではなく、現場の自立を支援する中で、リーダーや政治の正しい在り方を模索・追求する西水さんとリーダーたちがともに闘った日々を綴った一冊。 『国をつくるという仕事』(著者:西水美恵子 英治出版) ※1:隠岐ユネスコ世界ジオパーク ユネスコ世界ジオパークとは、国際的に価値のある地質遺産を守り、研究や教育、地域振興に活用することを目的に認定するもの。隠岐は2013年に認定、2015年より名称を「隠岐ユネスコ世界ジオパーク」として島根県半島北40〜80kmの日本海に点在する4つの有人島と多数の無人島エリアが認定された。 ※2:Entô 2021年7月より「泊まれる拠点施設」として、宿泊施設と隠岐ユネスコ世界ジオパークの拠点施設を兼ねてオープン。ジオパークの入り口として、地球と隠岐の成り立ちが学べる展示室や古生物の化石等も展示。パブリックスペースとしての展示室や図書館の併設、イベントの実施など島民も気軽に訪れることで、ホストとゲストの交流を促している。
世界中のリーダーに共通している、頭とハートのつながり
選書理由として「西水さんの一貫した行動哲学、価値観に深く深く刺激をいただき、リーダーとしての在り方の指針になっています」と語る青山さん。本の中に出てくる西水さんが出会った世界中のリーダーたちには「頭とハートがつながっていること」という共通点があります。 青山さんがこの本に出会ったのは、Entô を運営する株式会社海士の社長になった直後でした。島の仲間たちとEntôのこと、海士町の未来のことを語り合う中で、理想を語るばかりで行動できていないジレンマがありました。また、海士町の未来のためには世代交代が必要とわかっていても、年配世代が若者を信頼して任せきれていない現状があり、憤りも感じていたそうです。 一方、自分自身を振り返ったとき、「Entôの社長をやっていくと覚悟を決めたはずなのに『本当に出来るか?』『失敗しないか?』とリスクを恐れて尻込みしていた...」と言います。 まさに、心ではやりたい想いが溢れているのに、頭ではリスクを恐れて前に進めない、「頭とハートのつながり」に葛藤している時期だった青山さん。強い願いがあったからこそ、一歩踏み出す怖さを強く感じていたのかもしれません。 そんな時に、リーダーとして一歩踏み出す勇気をくれたのが、この一冊。「西水さんのような世界のリーダーが、悩みながら葛藤し、それでも勇気をもって一歩を踏み出し続けていることを知り、それが励みになり、背中を押していただけました」と語ってくれた。
国づくりは人づくり 現場を歩いて一人ひとりと向き合う
著者である西水さんの一貫した行動哲学や価値観は「国づくりは人づくり」という言葉に集約されます。西水さんは途上国の支援活動をする際、現地で暮らし、畑仕事や草刈りの手伝いをすることで現地生活に入り込み、本質的な課題を探っています。 また、本の中ではブータン王国のリーダーである雷龍王4世が現地を訪ね歩く様子も記述されています。 『一人でも多くの民の心を聴こうと、国中を歩き回った。国家安泰の根源を見つめつつ、村から村へと訪れた。そうして百年先の平和な国の姿を展望するとき、行き着くところはいつも同じ、民一人ひとりの幸せだった』 「お二人ともひたすら現場を歩き回っています。本当に目の前の一人ひとりと向き合う、そんなリーダー早くなりたい。そして単に現場で一緒に働くだけでなく、彼らに本当に必要なことは何かを見極めて行動できるリーダーになりたいと思っています」と青山さんは言います。 国や組織をつくることは、大きなコトを動かしていくように感じますが、国も組織も個人の集合体。西水さんが本の中で「国づくりは人づくり」であると言及しているように、目の前の一人ひとりと直接対峙し続けることが国や組織をつくることへつながります。頭とハートのつながった青山さんだからこそ、一人ひとりと向き合い、彼らにとって大切なことを考え続けているように感じます。
頭とハートのつながりから、 一人ひとりの幸せをつくる
メディアへの露出も増え、注目度も上がっているEntô。今後の生き残りを考えた際、「次の展開として一番取り組んでいきたいことは、スタッフ一人ひとりの暮らを充実させること。スタッフ一人ひとりがどれだけ楽しく充足感を持って働いているか、自分たちが地域との繋がりやそこから生まれる様々な循環に貢献しているという誇りを持っているか。そういったことが結果的にEntôらしさに繋がり、最大のブランディングになると思っています。来てくださったみなさまが『この人たちはなんて楽しそうなんだ!』と感じると、その謎解きにもう一度訪れたくなると思います」 こうした考えの背景にあるのは、青山さんの「観光業とは幸せな人をより幸せにするだけでいいのか?」という問い。「観光業はともすれば娯楽や余暇を持つ幸せな人を、さらにどう満足させられるかという仕事になりがちです。でも、日本だけではなくグローバルに見ても観光業の役割が変わりつつあると思います。観光業はホストとゲストの交流にこそ最大の価値がある。だからこそ、ホストであるスタッフ自身が楽しく働くことでゲストとの交流が深まると、地域と関わるきっかけにもなり、そこから予想もできないような新しい価値が生まれると感じています」 交流が止まると社会資本が止まり、町全体の余裕がなくなることで環境資本への投資もなくなることをコロナ禍で強く感じたという青山さん。「交流が経済資本の起爆剤になる」と確信したからこそ、Entôでは、ゲストとホストが消費関係になるのではなく、相互の交流を起点に、地域での資本の循環を起こしたいと青山さんは言います。 世界の国々とEntô。フィールドは違えど、西水さんに憧れと共感を抱いた青山さんは、リーダーとして同じように「頭とハートのつながり」を大切に、一人ひとりの幸せを追求し続けています。誰もが幸せになる観光業を、今後青山さんがどうつくっていくのか楽しみにしたいと思います。
青山 敦士(Aoyama Atsushi)
1983年、北海道北広島市生まれ。3歳の頃から野球一筋の生活を送り、高校時代には甲子園に出場する高校球児だった。大学時代に途上国の支援活動に注力、その時の縁で2007年より海士町へ移住。海士町観光協会に就職し、団体職員として「海士の島旅」ブランディングや、地方の在り方を問う「島会議」の企画・運営を担当。2017年より株式会社海士のCEOに就任し、2021年7月にグラウンドオープンした隠岐ユネスコ世界ジオパークの宿泊拠点・Entôの運営に立ち上げから携わる。
三重野 優希(Mieno Yuki)
2022年より海士町へ移住。海士町の掲げるスローガンである「ないものはない」を念頭に、あるものを活かす術を模索中。本を介して、著者にあって自分にないものを見つけることを楽しく感じている。
海士の風(あまのかぜ)
辺境の地にありながら、社会課題の先進地として挑戦を続ける島根県隠岐諸島の一つ・海士町(あまちょう)。そんな町に拠点を置く「海士の風」。2019年から「離島から生まれた出版社」として事業を開始。小さな出版社なので、一年間で生み出すのは3タイトル。心から共感し、応援したい著者と「一生の思い出になるぐらいの挑戦」をしていく。