ブックレビュー
未来の歴史書『21世紀の歴史』から、時代の分岐点における"希望"を見い出す
働く人の心に響く本:未来への希望を抱かせてくれる一冊
今の仕事を通じてより良い社会、より良い未来をつくりたい。そう思って日々、葛藤を抱えながらも働いているビジネスパーソンにとって必読の書。「進化思考」の提唱者でありNOSIGNER代表である太刀川英輔氏が、未来への希望を抱いた一冊『21世紀の歴史』。
過去の長い歴史を読み解くことで未来が見える
今回の一冊を紹介いただいたのは、人が創造性を発揮する仕組みを、三十八億年という時間軸で「変異」と「適応」を繰り返す生物の進化の仕組みと重ねて紐解く「進化思考」の提唱者であるNOSIGNER代表の太刀川英輔(たちかわ・えいすけ)さん。 太刀川さんが『21世紀の歴史』を選んだ理由の一つは「人類史的な時間軸がある」という点です。「過去を理解して初めて、未来は語りうるものになる。未来を考えるにあたって過去から現在までの長い歴史を読み解く重要性が感じられる本」と話します。 実際、本書の冒頭では「歴史の法則を打ち上げるためには、人類の誕生まで遡る必要がある」と書かれています。三十八億年前に海から誕生した生命を起点に、霊長類が樹上から野に降りた時代から狩猟の技術進化、火の使用、武器・衣服・知識・言語・儀式の所有、物々交換による市場の始まり、定住化による農業の発達、資本主義による権力と富みの二極化...など、長い歴史を丁寧に紐解いています。 また、本書は2006年に出版されながら、その後に起こった世界金融危機や新たなテロの脅威、携帯電話の進展、ノマドの出現などさまざま未来を予見しているということで今なお注目を集めています。未来を予測するためには、過去の長い歴史から洞察を深めることが大切であるという著者の言葉が証明されているのです。 『21世紀の歴史』(著者:ジャック・アタリ、翻訳:林昌宏 作品社)
どんな未来になるかは誰もわからない
著者であるジャック・アタリ氏はどんな未来を予測しているのか? 太刀川さんは、「この本の良さは政治経済の側面だけではなく、文化人類学・未来学など多様な観点から"絶望的な未来"や"希望ある未来"などいくつかのシナリオを提示している点」と言います。では、どんな未来を描いているのでしょうか。 ■絶望的な未来気候の大変動、貧富の格差の増大、肥満の増加、覚醒剤の蔓延、暴力 の支配、激化するテロ行為、富裕層の特権的生活など ■希望ある未来気候変動の抑制、水やエネルギー資源の再生、肥満や貧困の解消、非 暴力、すべての人の繁栄、民間企業の公益重視など 読み進めていくと、さまざまな観点からの考察が展開されますが、最後には「これまで本書の中で未来の地獄絵図のような歴史を書いてきたが、こうした恐怖を実現不可能にする一助になることを期待したい」という一言で締め括られます。 どんな未来になるかは誰もわからないが、未来への希望を読者に託す著者の想いが伝わる一文です。太刀川さんが抱いた未来への希望は、まさにこの絶望の中にも希望を見出す著者のあり方そのものです。
未来は決まっていない。希望を選ぶのも私たち自身
本書では未来予測はしていますが、あくまで予測。未来は決まっていません。太刀川さんはこう語ります。「世界中で数多の課題がある中にも、それでも希望はあるはず。未来はまだ決まっていない。いくつかの未来への輪郭をつかめれば、希望を選ぶのも私たち自身だ。いかに分断を乗り越えられるか、そんな想いを私たちに宿らせてくれる本」。 太刀川さんの仕事のスタンスは「未来の希望につながるプロジェクトしかしない」こと。例えば、2020年4月に PANDAID(※1)を立ち上げています。コロナウィルス感染症のパンデミックから命を守るために、世界中で考えられた知恵をまとめる共同編集ウェブサイトを公開。約300人のボランティアが参画。簡易なフェースシールドをつくる方法を示したコンテンツは100万回以上再生されています。 未来への希望を自らつくりだす太刀川さんだからこそ、『21世紀の歴史』の中で著者が伝えている、どんな状況においても希望を見出す姿勢に共感したのではないでしょうか。 最後に、本書の最終章に「受け継いだ未来を、未来に返すために」という著者のメッセージがあります。みなさんの会社や扱っている製品・サービスは、どんな未来への希望を見ているのか。時間をたっぷりとって、その歴史を紐解き未来に思いを巡らせるのもいいのかもしれません。
太刀川 英輔(Tachikawa Eisuke )
未来の希望につながるプロジェクトしかしないデザインストラテジスト。プロダクト、グラフィック、建築などの高い表現力を活かし、領域を横断したデザインで100以上の国際賞を受賞している。生物進化から創造性の本質を学ぶ「進化思考」の提唱者。主なプロジェクトに、東京防災、PANDAID、2025大阪・関西万博日本館基本構想など。主著『進化思考』(海士の風、2021年)は第30回山本七平賞を受賞。
長島 威年(Nagashima Taketoshi)
海士の風 出版プロデューサー。パーソルホールディングスにて14年間勤務後、2020年に海士町へ移住。「共感から始まり、共に価値を作り出す」を事業コンセプトに置く株式会社風と土とで、社内外・島内外の仲間と共に事業や組織を耕す新しい形のビジネスモデルを探求中。暮らしの中では月30匹以上の魚を捌いている。
海士の風(あまのかぜ)
辺境の地にありながら、社会課題の先進地として挑戦を続ける島根県隠岐諸島の一つ・海士町(あまちょう)。そんな町に拠点を置く「海士の風」。2019年から「離島から生まれた出版社」として事業を開始。小さな出版社なので、一年間で生み出すのは3タイトル。心から共感し、応援したい著者と「一生の思い出になるぐらいの挑戦」をしていく。