ライフのコツ

2015.01.09

日本社会に合ったこどもの『個』を育む保育

日本の学び/りとるぱんぷきんずのご飯はバイキング

「乳幼児のこどもを預けていいのか…」「3歳まで母親が育てるべき?」。働くと決めたものの、こどもの成長を考えるたび、多くの母親が心のどこかに引っかかっている問題に「こどもは社会の中で育てなさい」といってくれるのは、『西原りとるぱんぷきんず』をはじめ福岡と関東に7つの認可保育園と認定こども園を運営する社会福祉法人清香会の統括園長・大江恵子先生だ。働き方、生き方が激しく変わるであろう21世紀。この時代を生きる力を育む保育・教育を実践する『りとるぱんぷきんず』。長年の保育経験の積み重ねだけでなく、心理学や脳科学的な側面から、こどもの発育発達を引き出し、サポートする教育の場を生み出している大江先生に、これからの保育・教育で必要なこと、家庭でも取り組めることを伺ってみた。

こどもは社会の中で育てて、生きる基盤となる智慧をつける
「母親は働いていたほうがいいですね」。開口一番、そう切り出した、『りとるぱんぷきんず』グループの統括園長・大江恵子先生。3歳までは母親が育てるべきなど、これまで"常識"と思われてきた話を耳にするたび、働くことに胸を痛めてきた母親も多いはず。そんな母親に「乳幼児期に母親とふたりきりで過ごさせるほうが、こどもの成長を妨げますよ」ときっぱり。
その理由を聞いてみると「乳幼児期は人間の土台をつくる時期。ゼロ歳からいろんな人の顔を見て、いろんな価値観に触れることで、真似て、学ぶんです。そうすることで脳も発達します。最も成長する時期に、母親と2人だけの生活では、幅や選択肢が拡がっていかない。それでは、コミュニケーション能力だって身につくわけがないんです」と、最新の心理学や脳科学を学び、幅広い知識と豊富な経験を持つ大江先生の考えが、園での教育には組み込まれているのがわかる。
「たくさんの人の中で育つって大事なんです。昔は大家族で近所付き合いも盛んでした。だから、こどもたちは社会の中で学ぶことができたんです。でも、今はどうですか?」と問いかける大江先生。
3歳までは親元で...となると、働く姿を見せるはずの父親は遅くまで帰ってこないし、一日の多くの時間は母親とふたりきり。それでは、吸収できることが限られるとも。
「乳幼児期は何も分からないと思ったら大間違いですよ。社会の中で育つことで、人の繋がりとか、働く意味とか、生きる智慧の基礎になる部分を身につけるんです」。
現代社会に、昔の大家族を求めるのは難しい。ならば、保育士さんや年上のお友達がいる施設を利用して、社会の中で生活し、生きること。それこそが、21世紀を生きるこどもたちが、生きていく基礎となる智慧を身につけることに繋がるのだ。
大江先生の語り口はとても歯切れよく、周囲の人を安心させる力がある。
乳幼児期の発育発達こそ、その後の人間形成に関わるもの
「まだ保育園は乳幼児を保護・ケアする場所、幼稚園は小学校までの教育機関と考えるのはナンセンスです。人間形成の基盤をつくる乳幼児期だからこそ、養護(保護・ケア)と教育が一体的に行われて初めてこどもたちの成長を促すことができるのです」と、保育に対する考え方のシフトも促す大江先生。
たとえば、離乳時期の赤ちゃんがお皿をつかんで離さず、中身がこぼれてしまう経験はないだろうか。「またお皿であそびだした」と、イライラする保護者も多いと思うが、赤ちゃんにとっては「つかんだものを離すことができない」つまり、「つかむことはできるが離すことができないだけ」なのだ。次の発達段階になって初めて「つかんだものを意識して離す」ことができるようになる。「このように発達には段階があるということです。そのことを知っているだけでもイライラしないのではないでしょうか?」
また、「こどもが何かを繰り返し行うことが多々あります。何かを繰り返すときは、その能力を身につけたいと思って夢中なときなんです。それを繰り返すことで、新しい能力を獲得していく。ちょっと難しいことにチャレンジするのって、大人でもワクワクしますよね。それと同じで、こどものあそびはすべてチャレンジの連続。だから、その発達欲求を引き出して、サポートしていくのが大人の役割。環境を整えたり、できたことを褒めたり、お約束を守らせたり。生活+アルファが保育には必要なんです」とも。
そんな考えのもと運営されている『りとるぱんぷきんず』グループでは、すべてのこどもの興味関心を拡げ、その子の発達欲求を満たしていくようなあそび・教育の場が用意されている。一口にこどもといっても、絵に興味がある子、身体のことに興味がある子、音や音楽に興味がある子...と、こどもの興味も様々である。
低い棚で区分けされた、いろんなコーナーをつくっておくことで、おのおのが自分の興味があることであそび、能力を伸ばすことができる。「一斉保育で行うことが、発達欲求にヒットする子だったら良いですよね。でも、個々に興味関心が違うから、必ずヒットするとは限らない。ヒットしない子は能力を獲得したくても、伸ばす環境がないんですね」。大江先生ご自身も息子さんが、モンテッソーリ幼稚園に通い、自分のやりたいことを十分にやらせてもらえる環境で育ててもらうことができた。ただ、協調性はあまり育つ環境になかったので、やはり協調性を育む環境も大切であるということを痛感したそうです。
こどもが自分の興味のあることをとことん追求できる教具。
自分のエリアを決めるマット。片付けもスムーズに。
「一斉保育も大切だと思っています。『個』を伸ばす教育の多くはヨーロッパから来た教育法で、『個』の権利と『個』の責任がしっかりある国々です。日本はやはり『和』を尊ぶ社会ですね。個人の主張ばかりでなく、同時に社会の中で生きることも身につけてほしい。なので、生活を共にすることを基盤に、『個』の時間と『和』の時間の両方を一日の中でつくっているんです」
発達欲求を満たしていく、教育現場の在り方とは?
さらに、工夫されているのが、お昼ご飯。『りとるぱんぷきんず』グループのお昼はバイキングスタイルで、国際食や郷土食の日もあり、食を通して、自主性を尊重する中で、興味関心を引き出す工夫がなされている。
「食べる物を自分で選べるのは、人として尊厳を大切にしているからです。自分を尊重してもらっていることがわかると、自分が選んだのだから食べようといった責任も身に付きます。また、今日はお腹が空いているのか?自分の身体と向き合う習慣にも」。
こどもがご飯を食べないと、無理矢理食べさせたり、心配して不安に思う母親も多いが、こどもはお腹が空いていないだけとも。ちゃんとお腹が空いてから、お腹いっぱい食べることを教えなければいけないそうだ。
「食べる欲求が生まれるようにサポートしてあげないといけません。それが『個』の発達に繋がるんです。それから、食という生活を基盤にしながら、こどもたちの興味関心が拡がるんですね。どこの国の料理なのか、その国はどこにあるのか? そこにはどんな人が住んでいるの? って、好きという気持ちが、その子の能力をどんどん伸ばしてくれるんです」
目安の分量は確認して、そこからの調整をこどもが行う。
自分で決めた分量を自分でよそう。
こどもは能力を持たない保護すべき存在ではなく、内在している能力の使い方が分からないだけ。その能力を引き出してあげるためには、まず、まわりの大人が発育発達について知識を持つこと。知識があれば、こどもがただあそんでいるのではなく、新しい能力を獲得したいと頑張っている姿を応援できるはず。さらに、その子の興味関心を広げるような環境をつくってあげること。母親だけでは難しいなら、家族や施設を利用して、発達欲求を引き出していくことだ。
「大人も同じですけれど、興味があることに出会い、集中し、成功したときの喜びって凄いでしょ。こどもはそれがすべてです。そこで自分はできることを知り、次のやる気を生みます。それが生きる力ですね」。
人に与えられたことができたときと、自分が興味を持ち、選んだことができたときの達成感は、まったく別とも。たしかに、私たち大人も、言われたことができたときと、自分が達成したい事を成し遂げたときでは、嬉しさの度合いや質が違うのではないだろうか。
多くの人がいる場でなければ、他者を配慮した配膳や片付け、食事も身につかない。
教育法の"常識"よりも、 母親の笑顔が一番大切
とはいえ、そんな多くの環境を整え、経験させてあげられるだろうか...と不安に思う両親も多いだろう。だからこそ、大江先生は「母親は働き、こどもは社会の中で生きる」を強くすすめている。
そして「こどもを産んでも、親として一人前ではないんです。親になった日から親としての成長があります。今では、何歳になっても人間は成長することが分かっていますから、焦る必要ありませんよ」とも。
「昔は、若い夫婦は労働力で、子育ては祖父母やねーやん、にーやんの仕事でした。夫婦ふたりで子育てしているのは、歴史を振り返っても、この数十年ぐらいの話です。これから先は、また違った形で、コミュニティの中でこどもを育てる時代が来ます。その前例をつくる取り組みをしているのが、『りとるぱんぷきんず』グループのような保育園・こども園です」。
そして、こどもは社会の中で育てながら、できる限り母親はイライラしたり、不安に思ったりしないでとのアドバイスも。「こどもは五感を研ぎすまして生きています。いつも一緒にいる大人に気に入られないと生命の危機です。だから、お母さんがどういう気持ちでいるのか? がとても大事です」。
いろんな教育論が語られる中で、これで良いのか? 自分のこどもは遅れていないか? ほかの子はできているのに...と不安に思い、ときにイライラしてしまう。忙しい日々の中で、思うように動いてくれないこどもに落胆したり、怒ったりしてしまうときに、ふと立ち返ってもらいたい。「それは自分の都合ではないか?」と。「とにかく母親の機嫌が良いのが一番。そうすると、こどもも機嫌がいい。母親自身が自分も一緒に成長しているんだと思って、自分自身も許してあげることです」。
ちゃんと教育しなきゃ、子育てしなきゃ...。栄養を考えたご飯を毎日、何時までに寝かせないと...。いろんなことをすべて完璧に行うのはとても無理。だけど、一緒に自分も成長して「これができた!」と思えたら、母親自身も嬉しいし、その気持ちはこどもにも連動するもの。
「働く母親は、社会と繋がっている自分の姿を見せてあげたらいいんです。それをこどもはちゃんと感じ取って、社会と繋がって、社会に貢献しようと思うようになります。生きる姿そのままを、親は見せていけばいいと思いますよ」。

大江 恵子

社会福祉法人清香会常務理事。りとるぱんぷきんずグループ統括園長。武庫川女子大学 文学部教育学科初等教育専攻卒業。平成14年こどもの園りとるぱんぷきんず園長就任後、横浜りとるぱんぷきんず園長、認定こども園西原りとるぱんぷきんず園長を経て、平成24年より現職。國學院大學幼児教育専門学校非常勤講師、鶴川女子短期大学非常勤講師など歴任。NPO法人福祉総合評価機構第三者評価者。

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文/坂本真理 撮影/石河正武