ライフのコツ
未来を生き抜く創造力とチームワーク力
園児向けのITを活用した教育カリキュラム
こども、とくに幼児にスマートフォンやタブレット端末などのデジタルデバイスを使わせることは、教育上どのような影響を及ぼすのだろうか。親としては、つい、良し悪しを判断したくなるところだが、その議論自体に待ったをかけるのが、こども向けデジタルコンテンツなどの開発を行う株式会社スマートエデュケーションの池谷大吾代表取締役だ。今回は、同社が手がける園児向けのITを活用した教育カリキュラム「こどもモードKitS」を導入する聖愛幼稚園の野口哲也園長と共に、保育園や幼稚園にIT教育を導入する効果について、語っていただいた。
- アナログ+デジタルで、こどもの可能性をさらに引き出す
- 今やITは、私たちの生活に深く入り込んでいる。電気・ガスの供給や電車の制御から家庭内の電化製品まで、ITなしには暮らしていけない。池谷さんは、「ITというのは、現代社会のインフラでありツールの一つです。可能性あふれるツールを幼児教育にも活用してみようというのが、私たちの発想の原点です」と語る。
- さらに野口さんも、「私たちの園では、"IT教育をするのだ"という気負いはありません。こどもが興味を持ちそうなおもしろいものだから取り入れてみよう、というのは、デジタル機器も積み木や絵本などのアナログのおもちゃも同じです」と述べる。聖愛幼稚園では、こどもたちがタブレット端末を自由に触れるようになっているが、こどもたちは他のおもちゃであそぶのと変わらぬ態度でゆずり合いながら楽しんでいるという。
- 一方で、デジタル機器やITはこどもに悪影響を及ぼす、という否定的な風潮が少なからずある。
- 「とくに保育や幼児教育の現場では、昔ながらのアナログを美徳とする空気があります。しかし、なぜ良くないのかをきちんと説明できる人は少ないんですね。適切に使えば素晴らしいツールになるのに、よくわからないから、とりあえず否定してしまう。とてももったいないことです。もちろん、アナログにはアナログの素晴らしさがあります。それを活かしたうえでデジタルの良さも盛り込めば、こどもの可能性をより引き出し、伸ばすことができるのです」(池谷さん)。
- 創造力とチームワーク力を育む「こどもモードKitS」
- 聖愛幼稚園では、2014年度に、スマートエデュケーションの園児向けのITを活用した教育カリキュラム「こどもモードKitS」を導入した。「こどもモードKitS」は、"創造力""チームワーク力""IT活用力"を育てることを目的に開発されたカリキュラムだ。ねらいを定めたカリキュラムが組まれており、お絵描きや折り紙、リズムあそびから、チームでの情報収集や問題解決活動まで、さまざまなモードが用意されている。
- 野口さんは、導入のきっかけについてこう語る。「こどもたちが自由にタブレット端末に触れるだけでは、ITの本当のおもしろさが伝わらない、良さが活かせないと、限界を感じました。デバイスをただ置いておくのではなく、それを使って何をして、こどもの能力をどう伸ばしていくのか、能動的なはたらきかけをすることが重要だと考えたのです」。
- スマートエデュケーションでは、「こどもモードKitS」を、こどものあそびや学びの道具の一つとして提供している。「創造力、思考力、行動力、仲間とのチームワーク力など、幼児はあそびを通してさまざまな力を身につけていきます。『こどもモードKitS』では、先生が教えるのではなくこどもが自ら学び創造することに重きを置き、先生の役割は"ティーチング(教える)"ではなく"コーチング(力を引き出す・考えさせる)"となっています」(池谷さん)。
- ITを使うことでハードルが下がり、できる喜びが感じられる
- 「こどもモードKitS」の導入から約1年が経ち、聖愛幼稚園では興味深い成果が見えてきたという。野口さんが何よりも感じているのが、ITを使うことでハードルが下がる、ということだ。例えば、絵を描くことに苦手意識を持っていたある園児は、お絵描きの時間はいつも消極的だった。しかし、デジタルデバイスを使うことで、うまく色が塗れたり、失敗してもすぐに描き直せたりするようになり、その園児は以前より積極的にお絵描きに挑戦するようになったという。
- また、リズムあそびのプログラムに取り組むことで、嫌いだった音楽が好きになった園児もいる。「先生のお手本通りにやることが正解なのではなく、それぞれ自分のスタイルでいいのだというプログラムの主旨が、こどもの意欲やできる喜びの伸長に役立ったのだと思います」と、野口さんは笑顔を見せる。
- また、池谷さんは、「お絵描きの場合、デジタルの画面だと簡単にリセットができるので、こどもは失敗を恐れずに大胆に描くようになります。もちろん、画用紙に描く良さもあります。その両方の楽しさを経験できれば、こどもの成長の幅はより広がると思うのです」と述べる。
- 聖愛幼稚園で「こどもモードKitS」に全員で取り組むのは月2回、各40分間で、その際にはアプリと連携したカードなどの教材も併用している。また、仲間といっしょに課題解決に取り組むカリキュラムが中心のため、自ずとコミュニケーション力やチームワーク力が育まれるという。
- 「ITを取り入れているというと、タブレットばかり触っているとか、一人あそびのようにやっているとか思われがちですが、そうではありません。幼稚園という仲間と過ごす場で、あそびの一部として取り入れているのです。大人はデジタルかアナログかと区別したがりますが、こどもにとっては境界はないようなものです。両方の良いところをうまく取り入れた活動をすることが、大切だと思います」(野口さん)。
- その他にも、園のお散歩にタブレットを持参して、見つけた植物についてみんなで調べる、撮影した写真を加工して発表するなど、さまざまなシーンで活用している。「部屋にこもって一人で使うだけが、ITではありません。使い方次第で可能性はどこまでも拡がりますから」と池谷さんは言う。
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- まずは大人がITという道具について知ることから
- ますます開発が進み、活用が広がるIT教材だが、今後はどのような展開や可能性が予想されるのだろうか。池谷さんはここでも、「アナログ・デジタルの区別に意味はない」とくり返す。「こどもの成長には、もっと知りたい、できるようになりたい、という欲求が不可欠です。ITを使えば、こどもの知的好奇心を刺激する演出、つまり、こどもが楽しくなる多様な演出が可能になります。場合によっては、アナログとの融合により、より効果的な教材になるでしょう。アナログ・デジタルにこだわらず、こどもがワクワクしながら学べる教材をつくり続けていきたいと思います」(池谷さん)。
- さらに、IT教材の可能性について野口さんは、「年中・年長クラスのこどもたちは、文字や数字に興味を持つようになります。そのときに、紙と鉛筆で教えることだけにとどまらず、ITを使って楽しみながら学ぶことができれば、小学校入学以降の学習意欲にもつながると思います」と述べる。
- スマートエデュケーションが提唱するのが、自ら考え、自ら解決する"いきる力"を育むことの大切さだ。「これからの時代は、知識を教えるのではなく、どうやって知識を得るのかという術を教えることが、親や教育者の役目になると思います。大人の想像以上に、こどもは自ら学んでいきます。ITというのは、こどもが元から持っている能力をより引き出せるツールだと、私は考えています」(池谷さん)。
- 「"スマホ子守り"などが社会問題になっていますが、いくら良いIT教材があっても、こどもに与えっぱなしではいけません。それおもしろいね、そんなの先生は知らなかったよ、などのちょっとした声かけで、こどもの意欲や態度も他者との関わり合いもまったく変わってきますから」(野口さん)
- 最後に池谷さんは、力強くこう語った。「学び方、感じ方、考え方、さらに言うと生き方は、本来もっと自由であっていいはずなんです。それを型にはめてしまっている現代の教育を変えたい。方法はたくさんありますが、私はITで革命を起こしたい、そう考えています」。
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池谷 大吾(写真右)
株式会社スマートエデュケーション代表取締役。明治大学大学院理工学研究科修士課程修了後、日本ヒューレットパッカード株式会社に入社。2004年8月に株式会社シーエー・モバイルに入社し、 数多くのモバイルメディアの企画開発を経験し、同社執行役員、取締役を歴任。2011年6月に知育アプリを開発するスマートエデュケーションを創業し、代表取締役に就任。2013年11月に『乳幼児の適切なスマートデバイス利用に関する「5つのポイント」』を発表し、「スマホと子守り」問題が各メディアで大きく話題になった。私生活では3児の父。
野口 哲也(写真左)
聖愛幼稚園(東京都福生市)園長。早稲田大学教育学部卒。2000年代から園児活動の一部にパソコンを取り入れ、現在はiPadを導入。幼稚園団体でIT活用の講師を務めているほか、園でのiPad活用ぶりが新聞や雑誌で紹介される。スマートエデュケーションが発表した『乳幼児の適切なスマートデバイス利用に関する「5つのポイント」』の策定にも参加。私生活では2児の父。
文/笹原風花 撮影/ヤマグチイッキ
※取材は2015年1月に行われました。