ライフのコツ
2015.11.02
就学前のあそびがこどもの心身をつくる
震災で改めてわかった「あそび」の力
こどもと一緒にあそんでいますか? 体を動かしてあそぶ機会が減っていませんか? 東日本大震災から4年半。福島県郡山市を拠点に、こどもの心身をケアする活動を続けてきた小児科医の菊池先生は、外あそびを制限されたこどもたちと接する中で、体を動かしてあそぶ重要性を改めて確認したという。心身の発達に大きな役割を果たす「あそびの力」について、お話を伺った。
- 体を使ったあそびが
こどもの心身をつくるベースに - 2011年12月、福島県郡山市に、東北最大級の屋内あそび場「PEP Kids Koriyama」(以下「PEP」)が開設された。水も使ってあそべる広い砂場や三輪車を乗り回せるサーキット、一直線に30メートル走れるトラックなど、従来なら屋外でしか実現できなかったスケールの大きい設備を揃え、ダイナミックなあそびをこどもたちに提案しているのが特徴だ。
この施設づくりに奔走した1人が、郡山市の小児科医である菊池医院院長・菊池信太郎先生だった。菊池先生は震災直後に「郡山市震災後こどもの心のケアプロジェクト」を設立し、こどもたちの心と体のケアに力を尽くしてきた。活動を進める中で、菊池先生はこどもを取り巻く状況に強い危機感を抱くようになったという。 - 「2011年3月11日を境に、こどもたちの生活は一変しました。外であそぶのを禁じられ、室内で静かにゲームをしたりテレビを見たりするしかなくなってしまったのです。こどもは良い意味でも悪い意味でも順応性が高いです。この状態が続けば、体を動かさないあそびが当たり前になり、こどもの心身の発達に深刻な影響が出ることはすぐに予想できました。こどもが思いっきりあそべる場を一刻も早くつくらなければ、という思いがPEPへの原動力になりました」
-
- ここで、あそびの役割について菊池先生にあえて聞いてみたい。なぜ、体を動かしてあそぶことがこどもには必要なのか。室内のあそびだけではなぜ不十分なのだろうか。
- 「一つは、体を使ってあそぶことは体力向上に直結するためです。ここでいう体力とは運動能力と持久力です。例えば、友達と毎日のように走り回ってあそぶ生活を送っていれば、自然と持久力はついてきます。また、さまざまなあそびによって運動能力も身につきます。運動能力とは、端的に言うと自分の体を思い通りに動かせる技術です。特に小学校入学までの時期は、いろいろなタイプのあそびを通して、体の動かし方を覚えていく時期。お絵描きや切り絵など手先を使うあそびも重要ですが、木登りや球技、縄跳びなど、体を大きく使ったあそびは、その後に大きな影響を与えます。こどもはあそびながら、筋肉や骨の動かし方、バランス感覚などを脳に蓄積していくからです」
- このように、就学前のあそびで体力と運動能力のベースをつくっておくことは、こどもの可能性を大きく拡げることにつながる。
- 「ただし重要なのは"楽しく"あそぶことです。楽しさを感じれば、こどもは体を動かす機会を積極的に増やし、体力や運動能力をどんどん高めていきます。体を使ったあそびの場合、一人で楽しむのは限界があるので、友達の存在が欠かせません。たくさんの仲間とあそぶ中で、こどもはコミュニケーション力を高め、社会性を身につけます。失敗したり、劣等感を感じたりする場面もありますが、さまざまな経験を繰り返すことで、こどもは人の痛みを理解し、力強さを身につけます」
- あそび場の不足は
福島県だけでなく全国的な課題 - 体を使って友達とあそぶことは、こどもの心身を大きく成長させる。だからこそ菊池先生は、震災後の福島にあそび場をつくることが急務だと考え、PEPを開設したのだった。オープン当初は「ほかにあそぶ場所がないから」という理由からの来場が多かったが、外あそび以上のワクワク感を味わえると気づいたこどもは、PEPを繰り返し訪れるようになった。ここで出会い、友達になるこどもたちも多いという。その結果、来場者数が初年度に比べて下がることはなく、オープンから累計で100万人のこどもと保護者が訪れている。
- 「裏を返せば、こどもが楽しくあそべる場所がいかに少ないか、ということです。最近は、外あそびを禁じる保護者は少ないと思います。それでもこどもはあそぶ場所に不自由し、PEPを訪れているのです」
-
-
- さらに菊池先生は、あそび場不足は福島県だけではなく全国的な問題だと訴える。
- 「市町村ごとにあそぶ施設はあっても、そこには『本当にこどもが楽しんでいるのか?』という観点が不足しているように感じられます。少子化や地方の過疎化なども相まって、友達どうしで外あそびをする機会は減り、こどもたちのあそびは室内中心のものへと変化しました。文部科学省の調査をみると、児童生徒の体力・運動能力は1985年前後をピークに低下傾向にあることがわかります。あそび方が変わったことによる影響が、調査結果に表れているのは明らかだと思います」
- また、仲間どうしであそばなくなったことは、こどもたちのコミュニケーションにも影を落としているという。近年、陰湿ないじめが増えていることも、あそびの不足によるところが大きいのではないか、と菊池先生は指摘する。
- 保護者ができる最大のサポートは
「教えずに一緒にあそぶ」こと - あそび場不足の問題は、個人の力で解決しようとしても限界がある。しかし、こどもが体力・運動能力、情緒を伸ばす段階で、保護者がサポートできる場面は多いという。そのサポートとは、「こどもと一緒にあそぶこと」だと菊池先生は話す。
- 「震災前から、公園でこどもをあそばせる保護者を見て気になっていることがありました。一緒にあそばず、自分はスマホを見たりしている人が目立つのです。こどもは一定の年齢になれば友達をつくるようになりますが、それまでは保護者が一緒にあそぶことが大切です。一人であそんでも、楽しくないですからね」
- ただし一緒にあそぶときに、気をつけたいことが一つある。それは、「あそび方」を教えないこと。例えばボール投げをしてあそぶとしよう。最初は遠くへ投げる方法がわからず、ボールはあさっての方向へ飛んでいってしまう。このとき、『もっと遠くへ上手に投げたい』と感じれば、こどもは手を振りかぶったり、片足を前に出したりして、効率的な動きを無意識のうちに模索する。そして遠くへ投げられるようになったとき、大きな達成感を得るのだ。
- 「しかし、大人が投げ方を先に教えてしまうと、こどもは自分で考え、成し遂げる喜びを得ることができません。言い換えれば、脳や体が発達する最大の機会を、大人が奪ってしまうわけです。大人はただ、こどもと一緒にこどもの遊びの展開を見守っていただければ良いのです」
- 保護者がストレスをためなければ
こどもの心も安定する - 東日本大震災では、保護者の心的ストレスがこどもに与えた影響も大きかった。放射線による健康被害に関して情報が錯綜する中で、菊池先生は不安を募らせる保護者に数多く接してきた。その根底には「何を信じていいかわからない」という価値観の混乱があったのではないかという。こどもは保護者の不安を敏感に感じ取り、自分もストレスをためていく。震災から4年半経った今、菊池先生のクリニックには、なんとなくストレスを抱えていると思われるこどもの来院が増えているそうだ。
- 「保護者のストレスに関しても、福島だけの問題ではない、と感じます。現在は、子育ての情報が膨大で、何が正しいのかわからないまま不安を感じている人が多いのではないでしょうか。こんなときは、信頼できる人にとにかく話を聞いてもらい、自分の気持ちを整理することが大切です。保護者のストレスが和らげば、こどもの心もきっと落ち着いてくるはずです」
- 菊池先生らが立ち上げたこどものケアプロジェクトは、近年のこどもをめぐる状況にさまざまな提案を投げかけてきた。こどもと真剣に向き合う社会が求められているのはもちろんだが、保護者の小さな行動も、こどもの未来を変える力になることを心に留めておきたい。
菊池 信太郎
小児科専門医。医療法人仁寿会菊池医院院長。NPO法人郡山ペップ子育てネットワーク理事長。東日本大震災直後からこどもの心身をケアする重要性を訴え、郡山市などと連携して「郡山震災後子どものケアプロジェクト」を発足。講演会やこどもたちの体力・運動能力調査などで精力的に活動。放射線の影響が不暗視される中で、外あそびができないこどもたちのために、「PEP Kids Koriyama」の開設に尽力する。子育てに役立つ情報を動画で配信するサービス「PEP Kids School」にも小児科医として出演している。
文/横堀夏代 撮影/ヤマグチイッキ