ライフのコツ
2016.02.16
親子で"哲学"を楽しく考える私塾
論語や寓話を通して生き方を学ぶ
“哲学”と聞くだけで拒否反応を起こす人はきっと多いに違いない。そんななか、その哲学をこどもの学び場として掲げている私塾『てらterra』がある。「どうしてこどもに哲学?」「どんな人がこどもに学ばせているの?」「何が身につくの?」「難しくてこどもがついていけないんじゃ…」など、様々な疑問が湧くはずだ。けれど、主宰する大竹稽さんは、「何も難しいことなんてありません。哲学は生き方。生きる力を身につけることですから、今の時代、いちばん大事なことです」と話す。その真意を伺ってみた。
- 自分で言葉を紡ぎ、自分の意思を伝える力を磨く
- 閑静な住宅街の中に、『てらterra』はある。生徒とそのお父さんお母さんが時間になると知人宅を訪ねてきたような気軽さで入ってくる。テーブルにつくと課題の作文の続きを書き始める子、次の塾の宿題をする子など、思い思いに授業のスタートを待ち、同伴した親たちは、こどもの背中を後ろで見守る形で座る。
- こどもに哲学...どうやって授業が進むのかを興味深く見守っていると、授業の前半は『論語』をみんなで声を出して読むことからスタート。難しい言葉が出てくると「どんな意味だろう」と大竹さんはこどもたちに声をかける。すると、こどもたちは自ら言葉の意味を電子辞書で引き、こどもたちなりに個々の解釈を進めていく。大竹さんはほとんど解説をしない。こどもは理解できるのだろうか? と不安に思って見ていると、「この短文が伝えたい教訓は何なのか?」という大竹さんからの問いにより、全員が思い思いの意見を出し始め、話しは論語の核心へググッと入っていく。それをまとめ、導いているのが大竹さんの役割。こどもたちは臆することなく、積極的に思ったことを話し、それぞれの理解度で進んでいく。こどもたちが、何よりも楽しそうなのがとっても印象的だ。
- 授業の後半は、寓話を使って、その物語が伝えたいポイントはどこにあるのかを、これもまた、こどもたちの思い思いの視点で探っていく。物語を読み進めながら、「これはどういう意味?」、「どうして助けたのかな?」など、物語のポイントとなる部分で大竹さんはこどもたちに声をかけていく。こどもたちは、それぞれのスタンスで言葉の意味を辞書で調べたり、発言をしたりしながら、対話をしていく。ここでも大竹さんの役割は、こどもたちの意見をまとめる指南役。決して、解説しすぎたり、答えを出したりはしない。
- どうしてもっとかみ砕いて解説しないのかと聞いてみると、「丁寧に解説してしまうと、どうしても私の思想になってしまうんです。そうではなくて、少し難しくても大人の言葉で話し、その物語が伝えたいテーマをこどもたちなりに理解してもらう。すると、こどもたちなりの感情や考えが湧いてくるんですよ。大人が解説して答えを押しつけるのではなく、今は、自分の理解の範囲内の解釈でいいんです。物語が伝えたいテーマと自分の体験とが折り重なったときに、解釈は必然的に深まっていきますから。そのときを待てばいい。だから、わざと解説は省いています。言葉の意味がわからないなど、調べ方はもちろんちゃんと教えますよ」と大竹さんは大らかに笑う。どこかこどもたちはのびのびとし、"コレを言ったら、笑われるかな"、"正解を言わなくちゃ"という気負いも、ヘンな緊張もなく、こどもらしい姿で学んでいる。見ているこちら側まで思わず意見を言って参加したくなるような、そんな雰囲気の授業なのだ。
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- 医師を志した学生時代、導かれたこどもとの関わり
- こどもと哲学と聞くと、いちばん遠いところにあるような気がするが、「実はいちばん近くにある生活そのものだ」という大竹さん。『てらterra』という私塾を始めたのは、約1年前のこと。当時、親交のあった(財)国語作文教育研究所 所長の宮川俊彦さんが行っていた作文教室のお手伝いに時折顔を出していたところ、宮川さんが急逝されたとの訃報が入った。その後、宮川さんが担当していた作文講座の新聞連載を引き継いだほか、そこで学んでいた生徒たちの受け皿になるべく、開塾に至ったのだそう。「ぼくの人生はいつも後付けなんです」と大竹さんは笑う。
- 大竹さんの経歴はとても面白い。こどものころ、自分が生まれた産婦人科の先生がよき師となっていたと振り返る。「母のよきアドバイザーとして寄り添ってくださっていたのですが、すぐに薬を出さないことで有名な先生で、日々の鍛錬が必要だという考え方の持ち主でした。哲学的な考えは先生からの影響だと思います。常に芯が通っているところをとても尊敬していたので、先生みたいになりたいと医学部を目指したんです」愛知県の中学校でつねにトップの成績だったという大竹さん。名古屋の高校に進学し東大を目指すも、一発合格とはいかず、初めての挫折を経験する。とはいえ、京大、名大、慶大とそれぞれの医学部に合格。それでも納得がいかず、大学に通いながら仮面浪人を続け、3年目に晴れて東大医学部に合格。
- ところがここで転機が訪れる。東大病院の小児科で研修をしていた際、先天性の病気や事故など、「どうしてこの子が...、どうしてこの病気に...と、"不条理"という問題提起にぶつかったんです。そんな場面に多々遭遇し、自分自身がもう崩壊していってしまいそうな感じがありました。悪く言えば、逃げてしまったんです」と大竹さん。そして、医療ではこどもは救えない。それならばと次に志したのが教育の現場だったという。
- 「最初の教育の現場は、予備校の講師。でも、教育の現場で、またしても死に出くわしてしまったんです。中学生の生徒が受験の失敗を苦に自ら命を絶ってしまったのです。勉強を教えるだけでは、彼らと関わっていけないという別の気づきをここでもらうことに...。そこで、担当していた論文講座の中で半分くらいの時間を費やし、人生相談を始めたんですよ」と大竹さん。
- 「ぼくの経歴もへんてこりんですし、話しやすかったのかもしれません。彼ら自身の進路や志望校の悩みをはじめ、人生観や堕胎、介護の問題など、さまざまな話をしてくれるようになりました。そして、彼らの答えに誠実に対応するにはまだまだ勉強が足りないと思うようになり、もう1回大学に入り直しました」このとき、大竹さんは36歳。大学で哲学を学び、今現在もなお、大学院に籍をおき、博士課程にある。まだまだ哲学への探究は続いている。
- お父さんお母さんと一緒に学んで欲しいという想い
- 『てらterra』に通っているのは、小学生が大半。文字が読めて書ければ誰でも受けられる。「この教室を始めたとき、まずお父さんお母さんとこどもが一緒に勉強するという日常生活を送ってほしいという想いがありました。親御さんにも一緒に授業を聞いてもらって、帰りの電車や家庭の食卓などで、"今日はこんなことが言えたね"、"ほかにもこんな視点があったんじゃないかな?"、と親子で対話をもってほしい。もっと人生とか、生き方、仕事に関わるところを話してほしいと思ったんです。こどもたちは、一方的に"勉強しなさい!"といわれるのって、とても苦痛なもの。親御さんにも勉強する姿勢があったら、こどももすんなりと受け入れられるはずなんですよ。もちろん大人たちも忙しい。こどもと関わっていきたいという気持ちがあっても時間的に厳しいかもしれない。でも、そう思って少しでも動こうと思う親御さんがいたら、そんなときこそ、『てらterra』の存在が、一歩を踏み出すために役立てるんじゃないか」と大竹さんは考えている。
- また、大竹さんは『てらterra』を始めてから面白いことを発見したという。それは、『てらterra』で作成している季刊誌から垣間見えたのだとか。季刊誌の執筆者は、通っているこどもたちとそのご両親。
- 「必ずお父さんお母さんにも書いてもらっているんです。こどもの文章には、かなりお父さんが影響しているんですよ。これは面白い発見でしたね。お父さんと息子は特に似ています」と大竹さんは愉快そうに話す。「文章には家庭が出ます。どうやって人間ができあがっていくのかがバレるんです。恥さらしでイヤだという方も多いのですが(笑)、家庭で人間性は育まれるわけですよ。家庭のあり方からこどもたちは生き方や自分で考えて問題を解決する力を身につけていきます。だからこそ、お父さんお母さんと一緒に哲学を、生きる力って何なのかを学んでほしいと思うんです。ぼくがやっているのは、そのきっかけづくりなんですよ」
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- 『てらterra』はいわゆる大学の授業のような哲学を教えているわけではないし、勉強を教える塾でもない。そして、通っているこどもたちはこどもたちで、自分たちが哲学を学んでいるとは思っていないだろう。「お母さんたちは作文が上手くなってほしい、自分の言葉で主張ができるようになってほしいと思って通ってくださっている。けれど、お父さんたちは対話や生きる力という、ぼくが想定している哲学的なことを求めてくださっていると感じています。それぞれ求めることが違っていても、いかに生きていくかに関わってくることなので、求めるところは一括りになるものだとぼくは思っています」と大竹さん。外から求められるニーズは違っても、『てらterra』の哲学=生きる力というフィルターを通すと、すべては一貫性でつながっていく。
- だからこそ、「『てらterra』の役割は、こどもの好奇心や出会い、学びが自然にできる場であり、お父さんお母さんと一緒に生きる力を、考える力を育んでいく。それが理想であり、私の使命だと思っています」と大竹さん。
- 生きる力を身につけてこそ、心底人生を楽しめる大人になる
- こどもはいろんなことに柔軟に対応できるもの。でも、受験勉強や周りの友達との比較など、どこか窮屈で偏っていってしまうものなのかもしれない。「これからの時代、正解の出る問題を解くだけではなく、正解のない問題をどう自分の考えで解決していけるかが生きる力になっていきます。答えのない問題=壁にぶつかったとき、こどもは内に引きこもってしまうことが多い。とりあえずどんな問題にあたっても、自分の中に答えを見つけることができる。それが私の考える哲学であり、生きる力です。いろんな考えがあっても、それぞれがすべて正解なんだと、こどものころから知っておくことは、将来、大きな力になると思っています」と大竹さんは確信を持っている。
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- こどもたちが大きくなる過程で起こりうるさまざまな問題を力強く乗り越え、複雑な現代を生き抜く力を育むのを、哲学を掲げる新しいスタイルの『てらterra』が担っていくのだろう。
大竹 稽
モラリスト、作家。東京大学医学部へ進学するも、こどもたちを救えるのは医療ではなく教育だと、以前より大好きだったフランス哲学・思想の道へ。現在は東京大学大学院にてフランス哲学を探究しながら、こどもたちに哲学を教える『てらTerra』を主宰。著書に『賢者の智慧の書』(ディスカヴァー21)、『読書感想文書き方ドリル2014』(ディスカヴァー21・共著)がある。
文/長田和歌子 撮影/石河正武