組織の力

2016.04.22

地域力×企業価値による生き残り戦略〈後編〉

いすみ鉄道が実践する、内側からの「ブランド化」

千葉県のいすみ鉄道は、いわゆる「赤字ローカル線」として知られ、近年は廃止が検討されてきた鉄道である。しかし、公募によって2009年に就任した鳥塚亮社長(取材当時)の“観光列車”戦略によって息を吹き返し、近年のいすみ鉄道は沿線地域の活性化を支える屋台骨となっている。後編では、企業再生に大きく貢献する人材育成やマネジメントについて、鳥塚氏に伺った。

養成費用自己負担運転士の
存在が社内の空気を変えた

2009年に公募によっていすみ鉄道の社長となった鳥塚氏は、就任前から企業再生のアイデアを複数あたためていた。その一つが、訓練費自己負担運転士の募集だ。訓練生が負担する金額は700万円。航空機や船舶の場合は、希望者が訓練費を自己負担してライセンスを取得するケースがみられるが、鉄道の世界では前例がなかった。それだけにこの施策は注目を集め、多くのメディアで取り上げられた。

当時のいすみ鉄道は、JRから出向してきた運転士が多数を占めていた。しかし彼らも60代を迎え、近い将来の人材不足は目に見えている。だからといって、新卒生を採用し、運転士に育成するのには最低でも2年はかかる。それに耐えうる資金力が同社にはなかったという。そこで浮かび上がってきたのが、かつての鉄道マニアを運転士として採用することだった。

「国鉄民営化によって職員の採用がストップした時期が5年ほどあり、多くの鉄道好きは国鉄職員の道をあきらめて一般企業に就職しました。そんな人たちに、いすみ鉄道の存続を担ってもらうと同時に、運転士という職業を通じて自己実現を果たしてもらいたかったのです。訓練生とは雇用契約を結ぶ必要があるので、700万円は、養成期間中の給料と考えれば不当な金額ではないと思いました」
訓練生の指導を担当してくれるベテラン運転士の職員には、「あなたたちの運転技術は我が社の宝。その宝を未来の運転士に引き継いで下さい」と声をかけた。鉄道の利用者が減り、赤字が続くなかで「自分たちは何か悪いことをしたのだろうか」と自信を失いかけていた職員たちは、とても喜んで指導を請け負ったという。

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関東運輸局との折衝には時間がかかったものの、なんとか許可が下り、初回の募集では4人の訓練生が決まった。いずれも40~50代の男性。名を知られた企業の出身者だった。意外だったのは、応募者が夢をかなえたいという鉄道ファンだけではなかったことだった。現在身を置く業界の将来性に不安を感じ、70歳まで現役で活躍できるという条件を冷静に考えて「これが最後のチャンス」と転職を決意した訓練生も少なくなかった。

その後に行われた2回の募集でも順調に訓練生が集まり、現在は、旧国鉄職員と自社養成を合わせて20人弱の運転士が在籍している。養成のための費用が節約できたのもさることながら、訓練生が入社することによって社内の雰囲気に変化が生まれたことが最大のメリットだった。

「今までのキャリアをリセットし、費用を負担して入社してくるわけですから、モチベーションが低いわけはありません。しかも、長年にわたって鉄道以外の業界を経験しているので、社内の人間が持ち得ない視野の広さもあります。ベテラン運転士たちも訓練生を見て、『高額の費用を払ってまで自分たちの仕事を引き継ぎたいのだ』と改めて気づき、仕事に対するプライドを新たにしたようです。訓練費用負担運転士の入社後は、マンツーマン形式でベテラン運転手が指導を行い、とてもいい形で独り立ちへと導いてくれました」

訓練費用負担運転士募集に関してもう一つユニークなのは、「運転以外の業務も行う」という条件だった。
「航空会社では、事故や急病を考えて、シフトで決まっている以外でも複数の操縦士や客室乗務員が必ずスタンバイします。いすみ鉄道でもその態勢をつくりたかったのですが、会社の規模が小さく、ただ待機させておく余裕はありませんでした。そこで、運転をしていないときは窓口業務や車両の整備、売店での販売などを担当してもらいます」
運転だけでなくさまざまな業務を担当することは、人員活用以外の効果も生んだ。
「一人ひとりが、『どうしたら売上げが上がるだろう』『お客さまのためになる行動とは?』と常に考えてくれるようになりました」



鳥塚 亮(Torizuka Akira)

いすみ鉄道株式会社代表取締役社長(取材当時。2018年退任)。学習塾職員や大韓航空の地上職勤務を経て、英国航空(ブリティッシュ・エアウエイズ)に入社。旅客運航部長などを務める。副業として鉄道DVDの制作会社も経営。2009年にいすみ鉄道株式会社の社長公募に応募し、採用される。就任後は、ムーミン列車やレストラン列車、訓練費用自己負担運転士募集などのアイデアを実現し、鉄道の収支改善を達成する。著書に、自身のブログを書籍化した『ローカル線で地域を元気にする方法』(晶文社)など。

文/横堀 夏代 撮影/石河 正武