組織の力

2024.10.30

社員が活きる!「上司選択制度」成功の秘訣とは?

「自分で選ぶ」が社員の成長を促す

社員が自分の上司を自分で選ぶ「上司選択制度」。2019年よりこの制度を導入しているのが、耐震などの構造設計で国内トップクラスの実績をもつさくら構造(株)だ。上司選択制度には賛否両論があるなか、代表取締役の田中真一氏は「当社においてはとてもうまくいっている」と言う。制度導入によりどのような変化があったのか、制度が機能している要因は何か、田中氏に伺った。

上司と合わないだけで辞めるのはもったいない!
「我慢」と「転職」の間に3つ目の選択肢を

「上司選択制度」導入のきっかけは、ある若手社員の退職だった。入社4〜5年目、仕事もでき仲間にも慕われていたその社員に辞める理由を尋ねると、返ってきた答えは「上司と馬が合わない」というものだった。

「構造設計者になりたいと強い意志をもって入社し、仕事もできるようになってきた矢先に、そんな理由で辞めるなんてもったいない、そして、経営者として申し訳ない...と思いました。同時に、これまでに辞めていった社員の中にも、実は上司と合わないという理由で辞めた人がいたんじゃないかとも思いました。仕事は好きだけど上司と合わないというとき、一般的には、嫌な上司だけど我慢して働き続けるか、転職するかの2択です。その間に、上司を変えて同じ会社で働き続ける、という選択肢があってもいいんじゃないかと考え、上司選択制度を始めました」

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そこで、管理職(班長)の能力や性格をまとめた「班長活用マニュアル」を作成。社内で公開し、社員が管理職の得意・不得意や人となりを理解したうえで「この人の下で働きたい」と思える上司を自分で選べるようにした。「選ぶ」対象となるのは、入社2年目以上の社員。毎年3月に「異動を希望する・しない」のアンケートをとり、異動希望があった社員については、希望した上司の班に異動になる。
一方、「選ばれる」対象となるのは構造設計の技術職の班長。一般的な組織では部長クラスにあたる管理職で、現在は7名が班長を務める。

「班長活用マニュアルは、いわば上司の通信簿。設計品質管理、工程管理、顧客満足度向上といった業務上の能力から、社員の不安や悩みのケア、社員の自己実現支援、仕事を楽しませることといったものまで14項目ほどあり、それぞれに◎(特に期待できる)・○(期待して良い)・△(普通)・×(期待してはいけない)の評価がつきます。マニュアルということで文章でも解説があり、この班長のここがすごい、ここがイマイチ、こんなときはこう対処...といったことが詳細に書かれています。評価は、班長自身の自己評価に加えて私からの評価、さらに、それを直属の部下を含めた社員たちにも見てもらい、総合的につけています。×(バツ)だからダメではなく、×(バツ)があってもいい。それをどう判断するかは、社員それぞれに任せています」

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例えば、B班長の活用マニュアルの「技術指導力(一部抜粋)」には、次のように記載されている。客観的な視点で率直に書かれていつつ、随所にB班長への温かい眼差しが感じられる。

① 班長のここがすごい
歩く技術基準解説書の異名の通り、色々な事を知っている。構造的に難易度の高い質問でも答えられる。また、基本的にいい人なので社員から何か質問されると真剣に答えたり教えたりしてくれる。
マンションの最近の設計のトレンドに詳しく、分譲の設計をする際はスタート時に最近こうしている等の情報を聞くと良い。

② 班長のここがイマイチ
話がすぐに脱線するので、回答を得るまでに時間がかかる。
技術は教えてくれるが、結局なにをすればいいか曖昧な助言が多く、作業の優先順位は教えてもらえない。特に新人設計担当は、色々な事を言われて、逆に混乱する。
基本的に工程の管理はしないため、自分の工程も人に調整してもらっている。

③ 班長をどう活用するか(付き合い方)
分からない時は自分の都合でどんどん聞く。
時間がない時に聞かない。
あの話って何の本に書いてありましたっけ?みたいな質問すると本を教えてくれる。
さくら構造の「曖昧検索システム」として活用すると調べる時間が短縮され効率があがる。




社員に選ばれず管理職を辞した2名の社員は、
得意を活かしてプレーヤーとして活躍中

現在、さくら構造の社員は130名ほど。うち構造設計の技術職は100名強で、1班あたり約15名ずつ7つの班に分かれている。上司選択制度により社員が上司を選ぶとなると、班の人数に偏りができないか、選ばれない上司が出てくるのではないかといった疑問が湧いてくる。

「3月のアンケートでは、例年、約9割の社員が異動を希望しません。そして、約1割はどの班でも(どの上司でも)いいという回答で、実際に異動を希望する社員は数名です。4月に入ってくる新入社員の配属先は会社が決めるので、どの班でもいいという社員と新入社員の配属先によって、各班が同じくらいの人数になるよう調整しています」

一方、「過去に2つ、消滅した班があった。つまり、2人に上司を辞めてもらった」と田中氏。2名が管理職である班長から一般社員である班員に戻り、現在はプレーヤーとして現場で活躍しているという。

「彼らも、社員に選ばれず上司を辞めることになった当初は、不安そうな顔をしていました。でも、もともと2人ともとても優秀なエンジニアだったんです。ただ、マネジメントは苦手で管理職が向いていなかっただけ。班長に任命したのは私ですから、私も責任を感じました。彼らは、今では自分の得意を活かして、プレーヤーとしてイキイキと働いていますよ。本人も周りも、無理して苦手なことをやるよりずっといいと思っているはずです」

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ちなみに、班長になると、業務量や責任の重さに伴い給与などの待遇は一気に上がる反面、選択の自由度は下がる。「上司のポジションでいる限り、会社の方針には基本的に100%従ってもらうことにしている」と田中氏。上司には部下を選ぶ権限はなく、自分を上司に選んだ部下を断ることもできない。選択の余地がないことに納得できない場合は、管理職を辞することになる。マネージャーとプレーヤーを明確に区分し、それぞれにメリットを設けていることも、いわゆる「降格」がネガティブに受け止められていない背景にあるといえるだろう。




社員の納得感が高まり、離職率も低下。
管理職にも自己開示できる安心感が生まれる

上司選択制度の導入により、社員が自分で選んだ上司の下で働くことが常態となり、「社員から上司の愚痴が聞こえなくなった」と田中氏は言う。制度導入前は10%を超えることもあった離職率も、現在では1〜2%に下がっている。

「選んだ自分にも責任があるし、どうしても合わないなら次は違う上司を選べばいい。そもそも上司のダメなところまで織り込み済みでその上司を選んでいるわけですから、多少のことは想定内なんですよね。誰かに決められたわけではなく自分で決めたことなので、納得感はかなり高いと思います」

選ばれる側の上司にはプレッシャーもありそうだが、上司選択制度の導入により「一番ホッとしたのは上司自身」と田中氏。素の自分を開示できる安心感が生まれたのだという。

「誰しも、自分ができないことと弱みを人に伝えるのは、勇気がいるものです。さらに上司は、上司であるがゆえに、仕事ができる人、完璧な人でいなくちゃいけないと思いがちで、部下にヘルプを求められない人も少なくありません。実際、制度導入前は、無理しているな、疲れているなと感じる管理職もいました。それが、班長活用マニュアルにより、私はこれができません、苦手ですと認め、みんなに知られたことで、肩の荷が降りたようです。例えば、上司が工程管理が苦手なタイプだとわかっていれば、周囲はじゃあ自分たちがやるかとなる。結果として、できないことは補い合おうという空気が生まれるんですよね」

加えて、管理職を任命する立場にある田中氏自身の意識も変わってきたと言う。

「適材適所をより意識するようになったというか、会社のフェーズの変化に伴い、適材適所が可能になってきました。以前は、マネジメントに向いているかどうかは関係なく、構造設計において最優先事項である品質管理ができる人、つまり、エンジニアとして優秀な人を管理職にするしかなかったんです。それが、会社が成長して社員が増え、人材にバリエーションが出てきたことで、マネジメントに適した人を管理職に選べるようになりました。私自身、管理職も含めて、社員一人ひとりの得意をできるだけ活かせるようなポジションや仕事を与えたいと考えるようになりました」

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互いの得意・不得意を認め、受け入れ、補い合う。
上司選択制度は、この土壌があってこそ機能する

制度導入時から田中氏が積極的に発信してきたのが、「社員一人ひとりの得意・不得意を認めて受け入れ合おう」というメッセージだった。もともと、凸凹を含めてお互いが自己開示をするという社風があったが、組織の規模が大きくなるなか、改めて共通認識として提示したのだ。

「もともと私は、×(バツ)があったっていいじゃん、というスタンスなんです。仕事ができるように見える上司だってもとはできないヤツで、時間をかけてここまで成長してきたんだから、仕事ができないからとがっかりしなくていいよと。もちろん向上心は大事ですし、社員の育成にも力を入れてきました。
実際、うちの社員はみんな、優れたエンジニアになりたいと高い志をもって頑張ってくれています。ただ、どれだけ努力しても不得意なことが不得意なままのケースだってありますよね。人によって成長の度合いも違います。全員が大谷翔平選手やイチロー選手じゃない。プレーヤーとしては一流になれないかもしれないけど、二流なら二流なりにできる後方支援もあります。誰にだって得意・不得意があるんだから、それを開示して互いに認め合って、それぞれの得意を活かしていこうよと、この会社で自分の役割を見つけていこうよと、発信してきました。その前提があったうえで上司の通信簿を公表しているので、晒しものになる、という感じがしないんだと思います」

近年は、上司選択制度がメディアに取り上げられることが増え、他社から話を聞きたいという問い合わせもあるという。なかには、人気投票状態になるのではないか、上司が部下に媚びるのではないか、若手の成長を阻害するのではないかといった懐疑的な声も少なくない。そうしたなか田中氏は、「うちではうまく機能している。ただ、業種・職種も含めて、どこの組織でもうまくいくわけではない」と指摘する。

「自己開示をする、互いの得意・不得意を受け入れる、苦手をフォローし合うといった大前提となるカルチャーがあるからこそ、上司選択制度は機能しています。心理的安全性がないままに制度だけを導入したら、人気投票になったり上司が部下に媚びたりという状態になる可能性は大いにあるでしょう。
また、当社では構造設計の実務は班を跨いで担っており、班単位で協働するような業務はなく、班長は自分の部下(班員)の業務の進捗管理・品質管理を個別に担います。そのため、班員間の相性やバランスよりも上司と部下の相性が働きやすさに直結する傾向があり、それも制度が機能している要素の一つだと思います」

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働き方も業務も上司も、自分で選ぶ。
会社ができるのは、選択肢を提示すること

上司選択制度のほかにも、社員間のコミュニケーションを活性化するための飲み会奨励施策や、「クエスト」と呼ばれる有志のプロジェクト活動、業務時間内の雑談の推奨など、さまざまな取り組みを行ってきたさくら構造。なかには「(アテンドされた)仕事をやらない」という選択ができる「仕事を断る制度」もある。大切にしているのは、「社員自身が自分で決める、自分で選ぶこと」と田中氏は言う。

「会社や上司からこれをやりなさいと押し付けることで、若い世代が成果を出せたり成長できたりするのであれば、それでいいと思います。実際、昔はそうだったんでしょう。でも今は、昔と違って、どういう選択をすれば将来どうなるかという見通しを立てるのが難しい時代です。モデルケースも正解もないなか、私たちとしてもこれをやれあれをやれと押し付けることはできません。
一方、自分で決めたこと、自分で選んだことであれば、たとえ成果が出なくても納得感が違うと思うんです。そして、そこには自分に対する責任も伴います。私たちにできるのは、社員の選択肢を増やしてあげること。働き方も、業務も、上司も、自分で選ぶ。そして、自分で決めたことに全力を尽くす。それが、主体性や自己肯定感、自信の涵養につながるのではないかと考えています」

また、「時代は変わった。これからは若い人に選ばれる会社にしていく必要がある」と田中氏は主張する。

「上司選択制度について、あるとき、嫌な上司の下で働くことで成長が促されることもあるんじゃないか、という意見をいただきました。メディアに寄せられたコメントなどでも、そういった声はよく見かけます。でも、私から言わせてもらうと、それは昭和世代が若者を都合よく使うためのポジション・トークです。確かに、厳しい環境で働くことが成長につながるという面はあります。自分がそう考えて、厳しい環境で頑張ることを自分で決めたのならいいですが、お前の成長ためだよ、若いうちは我慢しろよ...と、年輩者が若者に押し付けるのはちょっと違うなと。若い世代が減っていくなか、意欲のある人材から選ばれる会社にならなければなりません。ここでなら成長できる、安心して働けると思ってもらえる会社にするにはどうすべきか、あらためて考える必要があるのではないかと思います」

2006年の創業以来、「社員数100人」を目指して会社を成長させてきたという田中氏。それが実現した今、次に掲げるのが、「売上100億・社員の平均年収1000万円」という目標だ。これを実現するために、新規事業開発にも積極的に取り組んでいる。「事業が増えると人も増える。事業や人をいかにマネジメントするかが今の課題」とし、「今後も、会社の成長のフェーズに応じた人材育成や制度の拡充に努めていきたい」と締め括った。


田中真一(TANAKA SHINICHI)

さくら構造株式会社 代表取締役社長。耐震建築家、一級建築士、構造設計一級建築士。北海道札幌市出身。札幌・すすきのでバーテンダーとして働いたのちに、一念発起して建築専門学校に進学し、構造設計を学ぶ。耐震設計を専門にする建築設計事務所にて設計を担当したのち、2006年にさくら構造株式会社を創業。同社を国内有数の高耐震設計企業へと急成長させる。大手企業をクライアントにもち、耐震設計アドバイザーとして多くの実績をもつ。夢は「高耐震技術で日本の構造設計を世界に誇れる仕事にすること」。

文/笹原風花 写真提供/さくら構造