組織の力
2017.02.01
ママが上位職を目指せる職場を開拓
丸井グループによる女性活躍推進事例
女性の活躍をはじめ、人材や働き方のダイバーシティ(多様性)推進の必要性が叫ばれている。だが、女性が育児をはじめ家事を両立しながら企業の上位職クラスで精力的に働く姿は、日本ではまだ少ない。丸井グループは、いち早くその課題に気づき、2008年頃より女性活躍推進をスタート。画期的な取り組みの数々が、やがて「多様性の尊重」という企業全体の意識改革を後押しすることとなった。 同社の人事部多様性推進課長の廣松あゆみさんに、その取り組み内容や経緯について、話を聞いた。
- 長時間労働の空気を是正し
子育て制度の充実を図った - バブル崩壊後、業績回復のため男性幹部が連日夜遅くまで会議を続ける姿は、どの企業でも見られた光景かもしれない。それでも一向に業績は回復せず、むしろ悪くなる状況の中、丸井グループの代表取締役社長・青井浩氏は、ふと「ひょっとして、おじさんばかりが集まって遅くまでやっているこの会議こそが、業績回復を妨げている最大の要因なのではないか?」と考え、「残業の撲滅」と、女性も幹部として参加できるような「多様性の推進」を心に誓ったという。
- そこで同社では2008年頃より、働き方改革に向けた先進的な取り組みを開始した。
例えば、年2回の連続休暇制度(各7~8日間)に加え、年2回の3連休(年次有給休暇)取得を推進する「ワークライフバランスデー」の導入や、従業員のニーズに合わせて半日単位で年次有給休暇を取得できる「半日有休制度」などである。後には、毎週火曜日にはすべての照明を19:30 には消灯する「ノー残業デー」を制定するなど、社員が気兼ねすることなく労働時間を削減し、有給休暇を取得できる風土づくりを行ってきた。
そして、正社員約6000人のうち、約3000人が女性社員という環境もあり、社員の出産・育児のバックアップも手厚く行った。妊娠後~産後10週まで取得できる「産前産後休暇」、最長2年間の「不妊治療休職」、さらにこどもが小学生3年生を終えるまでは、通常8時間の勤務時間を最短5時間までにできる「短時間勤務制度」や、こどもの看護のための特別休暇をこども1人につき年5回、2人以上は年10日まで取得できる制度など、様々なきめ細かい支援を開始した。
その取り組みと実績が認められ、2012年には厚生労働大臣より「子育て支援に積極的に取り組んでいる企業」が取得できる「くるみんマーク」の認定も受けた。
- 女性が意思決定の場にいないと
顧客のニーズに応えられない - ところが、これだけ女性が働きやすい環境が整ってきたにもかかわらず、課長以上の管理職クラスになる女性はごくごく少数であり、短時間勤務期間が終わると会社を辞めていく社員も依然として多かった。
「店舗へ買い物に来るお客様の8割以上は女性。それなのに意思決定の場に女性がいないため、本当のニーズに応えられるのだろうかという疑問がありました。会社として多様な価値観が集まってイノベーションを生むためにも、この点は早急に解決せねばならない課題でした」(廣松氏)
そこで、2014年度の中期経営計画の3ヶ年計画の中で、女性活躍のさらなる推進に取り組み始めた。
まず、女性管理職から5名が選ばれ「2030委員会」が発足した。この名称は安倍政権が掲げる「2020年までに女性管理職の比率を30%にする」という指針からきている。
「現状調査のために、いろんなグレードの女性を集めて座談会をしたり、女性社員全員にアンケートを取ったりしました。すると、女性社員で上位職を目指したいという人が全体の4割しかいなかったんです。男性の場合、どの年代でも8、9割は『目指したい』と当たり前のように答えるのと対称的でした。その原因のひとつには、小売業界ならではの"営業時間"の問題がありました」(廣松氏)
つまり、お店の営業が夜21時までなら、どうしても帰宅が22時や23時になることがある。女性としては、そのような生活は「こどもがいると無理」と、ここで働き続けていこうという気持ちにブレーキがかかってきてしまうのだ。そのことがヒアリングやアンケートを通じて判明した。
「やはり生涯を通じて働ける意識改革と制度づくり、その両方をやっていく必要があるなと実感しました」
また、廣松さんはこのリサーチの段階で、男性社員との意識の違いも見えてきたという。
「管理職を目指す女性社員が4割という数字は、私たちは少ないと思ったのですが、男性社員は『意外と多いね』という反応(笑)」
当初は「女性社員に下駄を履かせるのだろう」という冷ややかな見方もあり、男性対女性のような構図が生まれそうにもなった。「性別によらず、多様な働き方を認めることで1人1人が自分の力を最大限に発揮できる環境をつくりたいということが、この活動の真の目的です。だから組織風土も変えていかなければと思いました」
- 育児と両立は当然!
モチベーションも向上できる職場 - まずはフルタイムに復帰して働き続けられる環境づくりのため、2015年4月、「時間帯限定フルタイム制度」と、「月4回を上限にフルタイム勤務ができる」という新たな制度を開始した。この2つの制度は、こどもが小4になってフルタイムに戻ることで急に無理が出てしまわないよう、設定されたものだ。 「前者は、お子さんが小学6年生になるまで活用できる早番固定のようなもので、早番を取ることで労働時間そのものはフルタイムと一緒ながら、19時20分までには退社できるというものです。勤務地も、居住地から90分以内で通勤できる事業所に配属します。後者はその名の通り、短時間勤務期間の人が、月4回までは好きなタイミングでフルタイムを取ることができるという制度です」(廣松氏)
- 現在、時間帯限定フルタイムを使っている人が約30名。月4回のフルタイム制度は短時間勤務の人のうち3割弱が活用している。この制度によって、自身も家族も徐々にフルタイム勤務へ体制を整えることができ、その結果、フルタイム復帰率は、2014年3月期の36%から、翌年同期は55%、さらに翌年は66%と順調に上昇しており、2020年度の最終目標として90%の復帰を目指している。
しかし、このような制度を導入した場合、同僚たちにシワ寄せがこないのだろうか。特に店舗での仕事の場合、早番の人ばかりになって遅番の人手が足らなくなると、接客にも影響が出てしまいそうだが...。
「制度を活用している人と普通に働いている人とで対立軸が生まれてしまうと、せっかくの制度も使いづらくなってしまうため、人員の適正化はとても重要です。その点、弊社は営業店だけでなく、グループ内で物流、カード事業、コールセンターなど様々な分野の仕事があるので、そういった営業店以外の分野に配置を変えて細かく調整します。それはまた配置の適正化だけではなく、多種多様な経験ができるという点で、個人の多様性にも繋がることだと考えています。例えば売り場経験のある人が、バイヤーの部署でその知見を活かす、というように、いろいろな経験をした人が、新しい部署で新しい気づきを得る。またその職場も、新しく来た人に良い刺激を受けて活性化するというメリットもあるんです」(廣松氏) - ちなみに、キャリア形成について考える機会として、グループ各社の仕事を紹介するイベント「お仕事フォーラム」を実施している。グループ内でさまざまな職種を経験した従業員が仕事のやりがいや自身の体験談などを紹介するなど、各社の個別相談会を行う機会だ。この時期に、自分のやりたい仕事を自己申告することができる。また、グループ各社の各部署の事業内容や具体的な業務内容、実際に働く従業員のコメントなどを掲載した『お仕事BOOK』を全従業員に配付。さらに、グループ横断の「階層別共有会」も行っている。コンサルティング会社の株式会社プロノバ代表取締役社長で、丸井グループの社外取締役を務める岡島悦子氏による講演会や、グループディスカッションなどでモチベーションを向上させ、さらに"上を目指す"女性が増えるための土壌づくりを進めている。
その結果、2016年4月のアンケート結果によると「女性の上位職志向」は62%にまで上昇。2021年3月期までには、80%を目指している。
- イクメンの推進が
会社全体の意識を変える - また、女性だけにフォーカスするのではなく、会社全体の意識改革に取り組んだ。それが「男性社員の育児参加の推奨」とその啓蒙だ。
「弊社は、2013年度に、1歳未満のこどもがいる場合に最大7日間有休を取得できる『短期育児休職制度』を導入しています。しかし、そんな制度があることを導入当初は半数近い会社幹部が知らなかったんです。そこで、2014年に幹部が集まる会議で、委員会からちゃんと制度を理解して、例えば男性社員にこどもが生まれたら、『おめでとう、じゃあ育休はいつからにする?』と聞くのが当たり前の風土にしていこうと呼びかけたんです。そのおかげで、下半期からは制度を使う人が飛躍的に増えました。また認知を拡げ、多様な働き方を啓蒙するために、『ダイバーシティブック』を今年1月につくり、外部にも公表してダウンロードできるようにしました」(廣松氏) - KPI(重要業績評価指標)にも「男性社員育休取得率」を掲げ、2014年3月期が14%であったのが、2015年度は55%、翌年は66%と一気に上昇。その他にも、育児を理由として、一時的に勤務エリアを限定した働き方に変更できる「エリア限定制度」を導入するなど、男性労働者の育児参加も積極的に促進したことが評価をされ、厚生労働省が主催する「イクメン企業アワード2016」において見事グランプリを受賞した。だがこれも、男性にも働き方や、仕事と家庭の両立ということをしっかり考えてほしいという真の目的がある。
「女性だけに両立を推進するのではなく、男性も積極的に家庭に入っていかないと女性ばかりに負担が増えてしまいます。男性も育児参加していくことで、お互いに無理なく両立ができるのではないでしょうか」(廣松氏)
また、はじめに述べた「残業の撲滅」も、女性活躍推進、イクメン推進にとって大きな後押しとなった。2015年度の同社の所定外労働時間は年間40時間。取り組みを始めた2007年度は年間130時間で、なんと90時間もの削減に成功している。
例えば店舗業務は「改装」などのイレギュラーな対応で残業がつきものであったが、「10分単位」で調整ができる細かく多様な就業パターンを準備し、繁閑に合わせた計画的なシフト編成で残業時間を削減した。また、事業所別に月別の所定外労働時間の目標を設定し、目標に対して残業時間の多い部署に対してヒアリングを行うなど、労働環境を細かく改善した。そのほか、個々のスケジュールを見える化して各管理職が細かくチェックできるようにするなど、さまざまな面から業務改善に取り組んだ。今や「残業をしない」風土が、社内にすっかり根づいている。 - 現在、丸井グループでは先の「男性社員育休取得率」も含む、『女性イキイキ指数』という7項目のKPIを掲げている。まずはその達成が目の前の目標だ。
そして、同社は、昨年、くるみん認定を受けた企業のうち、より高い水準の取り組みを行った企業が受けられる「プラチナくるみん」の認定を受け、「日経DUAL」(日経BP社)主催の「共働き子育てしやすい企業グランプリ2016」でも特別奨励賞を受賞した。 - 「ただ女性管理職を増やすだけではなく、管理職をめざす母集団となる人を増やすため、女性がライフイベントを抱えても辞めずに活躍し続けていける環境をつくる。そうなれば、おのずと女性管理職が増える環境ができあがると考えています。そのためにも、KPIとして具体的な目標を決めて、皆で共有して進めることが大事だと考えています」(廣松氏)
株式会社丸井グループ
昭和6年(1931年)創業。小売事業、カードを機軸としたフィンテック事業のグループ会社の経営計画・管理を行う。主なグループ会社に、株式会社丸井、株式会社エポスカード、株式会社エイムクリエイツ、株式会社ムービング、株式会社エムアンドシーシステム、株式会社マルイファシリティーズなど。
文/イデア・ビレッジ 撮影/白木裕二