組織の力

2017.07.31

最新の脳科学とモチベーション理論を応用した人事評価制度〈前編〉

ギャップジャパンが導入した『Growth Mindset』とは

業界に、そして社会に変革を起こしてきたGap(ギャップ)。今でこそ一般化した「SPA(製造小売)」という概念を生み出したブランドである。同社は、従業員の仕事へ取り組む意識の改革を行うため、2014年に、最新の脳科学研究とモチベーション理論に基づいた新たなパフォーマンスマネジメント制度(GPS)を導入した。この制度を推進してきた、ギャップジャパン人事部シニアマネージャーの佐藤陽子さんに、新制度を導入した背景や制度の内容についてお聞きした。

新たな人事評価制度の導入にあたって
押さえるべき3つのポイント

2014年Gap Inc.(ギャップジャパンの米国本社/サンフランシスコ)は、人事評価制度の大幅な変更に踏み切った。従来の評価制度では、評価を行う際の上司や部下の業務負荷が大きく、さらに目まぐるしく変化するビジネス環境に迅速に対応できないという課題を抱えていた。そこで導入したのが、新たなパフォーマンスマネジメント制度(GPS)だ。GPSとは、Grow(成長)、Perform (実行)、Succeed(成功)の略。

GPSの導入にあたっては、ポイントがあるという。それは、①従業員の意識改革(Growth Mindset―成長にフォーカスした思考へのシフト)、②ビジネスリーダーのニーズに応える、③現場のリーダーの人材育成力の向上(コーチング)、という点だ。


従業員の意識変革をもたらした
『Growth Mindset』

「2014年に行った、新しいパフォーマンスマネジメント制度(GPS)の導入は、従業員に大きな意識の変化をもたらしました。その理由は、この制度のベースである、人の成長に必要な『Growth Mindset(成長させる考え方)』を社内に浸透させることができたのが大きかったと思います」と佐藤さんは話す。

『Growth Mindset』とは、スタンフォード大学の、心理学者キャロル・S・ドゥエック教授が提唱する「Mindset」理論からきている。ビジネス、スポーツ、アートなどあらゆる分野で著しく優れた成果を発揮する成功者の思考の枠組みのことである。

「キャロル・S・ドゥエック教授は、著書『Growth Mindset』(邦題『「やればできる!」の研究』/草思社)でも触れていますが、子どもたちが学力テストやパズルなどに取り組むときに、難しい問題が出題されて、『ぼく(私)には、できない』と諦めてしまう子どもがいれば、一方で、難問に取り組むプロセスを楽しみ、果敢にチャレンジしていく子どももいる。この差とはいったい何だろうということを長年研究してきて、その結果、大きく2つのタイプに分かれることを発見しました。1つは、難しい問題だとすぐに諦めてしまう『Fixed Mindset』"能力は固定化されているという考え方"。もう1つは、難しい問題も努力を惜しまず挑戦する『Growth Mindset』という"能力を伸ばせる考え方"です」

「『Fixed Mindset』は、"才能は持って生まれたもの"、"努力はカッコ悪い""他者からのフィードバックは脅威"と考える傾向があります。反対に『Growth Mindset』は、"才能は磨けば伸びる"、"失敗を恐れずチャレンジする"、"他者からのフィードバックは成長のための大事なご褒美"と考える傾向があります。人間誰でも両方の要素を持ち合わせていますよね。自分はどのような状況だと、どういう思考になりがちなのか、それを理解することが重要です。自分が『Fixed Mindset』になる時の対処法を考えるというセッションも行っているんですよ」


従来の目標管理制度は、
パフォーマンスの向上には適さない

実は、新たなパフォーマンスマネジメント制度(GPS)に刷新した背景には、従来の評価制度に限界を感じていたからだという。
「従来の制度は他の外資系企業でも行われている目標管理制度(MBO)でした。1年単位で達成度合いを評価するこの制度では、現代の変化の激しく見通しのつけづらいビジネス環境に効果的な対応ができなくなりつつありました。また、最新のモチベーション研究の結果、あらかじめ決めたタスクの達成度合いによって評価するようなMBOはパフォーマンスの向上に好影響を与えないことがわかってきました。そして、従業員の間からも、年度末の評価は準備に時間がかかるし、結果を聞いてもモチベーションが上がらないとの不満の声があがっていたのです」

これらの理由により、Gap Inc. では、従来の人事評価制度とはまったく考え方の異なる、GPSの導入が検討されていった。



文/西谷忠和 撮影/石河正武