組織の力

2017.11.06

個人と組織の可能性を拡げるパラレルキャリア〈前編〉

「キャリアが財産」の時代におけるワークライフバランスとは?

企業で働きながら兼業や副業に取り組んだり、身近なコミュニティに所属して社会活動を行ったりと、多様なワークライフバランスを実践するビジネスパーソンが近年増えつつある。人的資源管理や雇用の研究に従事し、働き方やキャリアに関する著書も多い法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授は、このような生き方を「パラレルキャリア」と位置づける。そして、「今後の社会では、パラレルキャリアが個人にも組織にも求められるようになる」と予測する。パラレルキャリアのあり方や意義について、前編ではビジネスパーソンとしての個人の視点から検証していこう。

「社内の当たり前」を
見つめ直すことができる

では、個人がパラレルキャリアを実践することによって何が変わるのだろうか。石山教授は、「パラレルキャリアの利点を知るためには、その対極にある『シングルキャリア』についてまず考えてみる必要があります」と指摘する。
「シングルキャリア」という言葉は石山教授の造語で、「本業の組織に時間と空間を強く拘束され、そのことに本人が問題意識をもっていない状態」を指す。ここ数十年の日本における「終身雇用・年功序列」という形態の中では、シングルキャリアの価値観を持って働き、長時間の残業や突然の転勤を受け入れるワーカーも少なからずみられた。
しかし、安定した雇用が保障されない時代となった今、シングルキャリアのままで働くことは大きなリスクとなり得るという。勤めている企業の倒産や合併、一部事業の売却といった様々な要因によって労働環境が変わったときに、変化に対応するのが難しくなってしまうからだ。また、自らの意思によって転職した場合でも、それまでシングルキャリアで通してきた人は転職先の組織文化など新しい環境になじむのに時間がかかり、メンタルヘルスの不調に陥るケースもみられる。
シングルキャリアを続けることのデメリットに続いて、パラレルキャリアを取り入れるメリットについても石山教授は言及する。まず大きな利点は、価値観が拡がることだという。
「会社員時代の私もそうでしたが、積極的に社外に目を向けているつもりでも、多くの人は自分の所属する組織を基準に物事を見ているものです。しかし社外の人と共に活動して多様な価値観に触れるようになると、『社内の当たり前』は実は当たり前ではなかったのだ、と気づくことができます。このような視野の拡がりによって、労働環境の変化に対応しやすくなります」
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さらに社外での活動によって、コーディネーターとしてのスキルが身につくことも期待できる。一つの目的に向けて異なる意見を調整したり、複数の組織を結びつけたりする経験を積めば、社内プロジェクトなどでも大いに力を発揮するだろう。
「パラレルキャリアは、シングルキャリアに比べて体力的にも時間的にも負荷がかかるのは確かです。しかし、私が今までお会いしてきたパラレルキャリア実践者は、負担以上に大きなメリットを感じ、試行錯誤しながらも前向きなチャレンジを続けています。『パラレルキャリアの活動を通して得た発想や人脈が本業にも役立っている』という人もたくさんいます。興味を感じる活動が見つかったら、できる範囲から小さく始めてみるのもいいのではないでしょうか」
後編では、パラレルキャリア人材は組織にどのようなメリットをもたらすのかをお聞きしていく。

石山 恒貴 (Ishiyama Nobutaka)

法政大学大学院政策創造研究科教授。NEC、GEにおいて人事労務関係を担当し、米系ヘルスケア企業の執行役員人事総務部長を経て現職。人材育成学会理事などを務め、人的資源管理や雇用の分野で精力的に研究活動を行う。著書に『時間と場所を選ばないパラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社)や、『組織内専門人材のキャリアと学習』(日本生産性本部生産性労働情報センター)など。

文/横堀夏代 撮影/石河正武