組織の力
2017.12.27
MOOCが企業の人材戦略を進化させる〈後編〉
学ぶことがアドバンテージになる社会へ
「MOOC(ムーク)」(大規模公開オンライン講座)を通じて自律的に学習するスタイルが世界中に広まり、新しい学び方として注目されている。MOOCでの学習を武器に就職や転職を果たしたり、企業が社員研修に活用したりする事例も、アメリカを中心に増えている。後編では、日本における活用状況や今後の展望について、MOOCの推進活動に取り組む一般社団法人「日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)」で事務局長を務める福原美三氏にお聞きした。
企業の学び直しニーズに応えて
「理工系基礎講座シリーズ」を提供
JMOOCでは、学習者のニーズにさらに応えるための取り組みとして、2017年1月から「理工系基礎講座シリーズ」の提供を開始した。大学が提案したものではなく、JMOOC事務局が企業側の声をもとに企画した独自の講座だ。講座が誕生するきっかけとなったのは、文部科学省と経済産業省が共催した「理工系人材育成に関する円卓会議」だった。円卓会議では、理工系人材育成戦略の充実・具体化を図るために産学官が対話を続けており、JMOOCも参画している。
「円卓会議では、企業が求める人材と教育界が育成する人材のミスマッチ防止が議題として挙がりました。技術系新卒者の専門知識は深いものの基礎的知識の幅が狭く、企業側のニーズと必ずしも合致しないことが明らかになってきたのです。たとえば自動車メーカーに勤務する若手技術者の中には、機械工学の知識はあっても他分野の基礎知識はほとんどないケースがみられます。しかしその状態だと、電気自動車などの開発に支障をきたす恐れがあります。専門分野だけでなく、電気回路や電子回路、制御工学などの基礎知識を幅広く身につけておくことが必要になるのです」
そこでJMOOC事務局は、経団連加盟企業のうち9社の若手技術者約400人に向けて調査を実施し、学び直しニーズの高い科目をピックアップした。そして調査の結果をもとに開講科目の大枠を決定し、長岡科学技術大学や国立高等専門学校機構の協力を得て講座を制作した。
こうして開講されたのが、12科目の理工系基礎講座だ。これまでに、総合電機メーカーや自動車部品メーカーなどが、研修プログラムの一環として活用。導入企業からは、「研修費用が削減できた」「研修の事前課題として講座を受講することで、社員の拘束時間を減らせた」といった評価の声が上がっている。福原氏は、「今後も理工系基礎講座を拡充していく一方で、ビジネス系や先端技術系の基礎講座の開発も視野に入れていきます」と企業内教育用コンテンツの充実に意欲をみせる。
最後に、JMOOCの今後の展望についてお聞きした。
「日本でのMOOCの認知度は少しずつ高まっており、細切れの時間を活用してコツコツ学んでいる人はたくさんいます。その学習の成果をキャリアアップや就職、進学に活用できるよう、土壌を整えていきます。MOOCを含めた生涯学習の履修履歴データベース化を目指して動き始めているNPO法人はすでにあり、JMOOCとしても連携していきたいと考えています」
学ぶことがアドバンテージになる環境が整えば、学び続ける人はさらに増え、社会全体の基礎力が上がっていく。MOOCは「学び続ける社会」の実現を強力にサポートするツールとなり得るだろう。
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日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)
「学びによる個人の価値を社会全体の共有価値へ拡大するMOOCの実現」をミッションとして2013年11月に設立。配信プラットフォームをまとめるポータルサイトを構築し、2014年4月より大学などが制作する講座の提供を開始。3年間で200以上の講座をリリースし、学習者数は累計で77万人に上る。2016年度からは、企業と提携して行った調査結果を元に社会人向け学び直し基礎講座「理工系基礎科目シリーズ」の提供を開始した。アジアにおける各国MOOCとの協力体制づくりにも力を入れている。