組織の力
2017.12.25
MOOCが企業の人材戦略を進化させる〈前編〉
グローバル企業や世界の大学がMOOCに注目
世界の高等教育市場において近年、「MOOC(ムーク)」という学びのスタイルがポピュラーになりつつある。学んで知識を得るのはもちろん、MOOCでの学習を通じて就職や転職を実現する事例もアメリカを中心に増えている。前編では、MOOCの特徴やアメリカにおける活用状況について、日本でMOOCの推進活動に取り組む一般社団法人「日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)」で事務局長を務める福原美三氏にお聞きした。
すべての人に高等教育の機会を提供する
無料オンラインサービス
「MOOC(ムーク)」とはMassive Open Online Courses(大規模公開オンライン講座)の略語で、2012年頃からアメリカを皮切りに爆発的に広まったオンライン学習のスタイルだ。簡単に説明すると、大学などの機関がインターネットで講座を公開し、その講座を視聴して学習者が学ぶことを指す。講座は大学で行われている講義の短縮版が主流で、ある専門分野の概要を体系的に学べるものが多い。
利用者はオンラインで登録さえすれば、無料で好きな講座を受講できる。ただ受講するだけでなく、課題や宿題にオンラインで解答し、コース修了認定基準を満たすと基本的に有料で修了証交付を受けられる。学習者同士が掲示板での議論などを通じて学び合うこともできる。2017年現在、MOOCの受講経験者は全世界で5800万人に上る。
2012年以前からアメリカを中心に、大学がインターネット上で講義ビデオなどを無料で公開する取り組みは行われていたが、それをさらに進化させた形で、スタンフォード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)が、有名教授による講座の配信を開始。講座はいずれも登録学習者数が10万以上に達した。
福原氏はこの事例を実質的なMOOCの始まりととらえ、「大学側も反響の大きさに手ごたえを感じ、MOOC推進に大きく舵を切りました」と説明する。
こうして2012年にはスタンフォード大学の教授達がVCから資金を調達し「Coursera(コーセラ)」と「Udacity(ユダシティ)」、ハーバード大学とMITが共同出資して「edX(エデックス)」というMOOCのプラットフォームを設立し、世界の大学や教育機関が制作した講座の提供を始めた。2013年以降は、ヨーロッパやアジアでもMOOCのプラットフォームが続々と開設されている。日本でも、2013年にJMOOCが配信プラットフォームのポータルサイトを立ち上げ、2014年から大学などによる講義提供が開始されている。
ところで、MOOCの概要を聞いて「eラーニングとどこが違うのだろう?」と感じた人も多いのではないだろうか。福原氏によると、「MOOCもeラーニングがベースになっていますが、その最大の特徴は『すべての人に高等教育を受ける機会を提供する』ことと、『世界的知名度を誇る大学の有名教授による講義が受けられる』ことです。人気講座になると100万人規模のアクセスも当たり前で、一般的なeラーニングとは規模感が違います」
受講者の残すビッグデータを
学びの質向上につなげる意図も
アメリカの各プラットフォームは、それぞれ多大な資金によって設立された。また参加大学も、寄付という形でMOOCに参加し、講座を提供しているケースが多い。多くの資金と手間をかけて無料の講座を提供することに、どんなメリットがあるのだろうか。
ハーバード大学とMITの学長は、edX設立時の記者会見で、「ICTによって教育活動を大規模に支援する活動を行うことによって、私たちは多くの学習データを蓄積できます。そのビッグデータをていねいに解析すれば、学びに関する新たな知見が得られるでしょう。この知見は、大学での学びを向上させることに大きく貢献するはずです」と語っている。
福原氏はこの発言をベースに、MOOC参入のメリットについてさらに解説する。
「これまでの教育学では、学習データを個人の違いを前提に本格的に分析する形での研究があまり行われてきませんでした。そのため、国民性や宗教、家族構成などの違いは学びにどう影響するのか、それぞれの属性の人にとってどのような学びが効果的なのかが未知数のままでした。しかし、大規模オンライン講座のMOOCならば、さまざまな属性をもつ人の膨大な学習データを簡単に得ることができます。そのビッグデータを分析して得られた知見は、学びを大きく変えるきっかけになる可能性があるのです」
さらに、世界中から学生を集められることも、大学にとってメリットといえる。大学がMOOCで魅了的な講座を提供すれば、進学を検討する学習者にとって大きなアピール材料になるためだ。特にMITやハーバード大学、スタンフォード大学をはじめ、世界の大学ランキング常連の大学は、MOOCの講座をきっかけに入学した学生の中からノーベル賞クラスの研究者が出てくることを見据えている。
「世界的に注目される研究がその大学で行われるようになれば、企業等からの資金を集めやすく、研究の充実度を上げることができます。すると優秀な学生がさらに集まる、という好循環が生まれるわけです」
日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)
「学びによる個人の価値を社会全体の共有価値へ拡大するMOOCの実現」をミッションとして2013年11月に設立。配信プラットフォームをまとめるポータルサイトを構築し、2014年4月より大学などが制作する講座の提供を開始。3年間で200以上の講座をリリースし、学習者数は累計で77万人に上る。2016年度からは、企業と提携して行った調査結果を元に社会人向け学び直し基礎講座「理工系基礎科目シリーズ」の提供を開始した。アジアにおける各国MOOCとの協力体制づくりにも力を入れている。