ライフのコツ
2017.12.20
ロシアの必須科目「安全な生活の基礎」とは
世界の学び/世界基準で生き抜く力を育てる授業
世界の教育情報第18回目はロシアからのレポートです。ロシアの学校では、必須科目として小学生(6歳)から高校生(18歳)までの12年間に渡って、生きるために必要な力を養う授業があります。
Осно́вы безопа́сности жизнеде́ятельности (ОБЖオーベージェー) 、直訳すると『安全な生活の基礎』となりますが、もともとはソビエト連邦時代に軍隊へ入隊する前準備として、また戦争を生き抜く術を身につける目的で存在した数々の科目(銃の扱い方や、打ち方、ケガ人の応急処置など)が、ソビエト連邦崩壊後の1991年に1つの科目にまとめられ、『安全な生活の基礎』として全学校、全学年の必須科目に定着しました。世界で生き抜くための力とは、本当に安全な生活とは、ソビエト連邦時代から続く、驚きの授業内容をご紹介します。
- ロシア国民の義務として
危機管理能力を育てる - 現在でも、ロシアでは男子に徴兵制が義務づけられており、高校卒業後から27歳までの間に1年間、軍隊に入隊しなければなりません。
『安全な生活の基礎』は、軍隊へ入隊する場合の準備として、また国と国民の防衛の義務として位置づけられています。 ロシアにおける国民の防衛の義務とは、安全かつ健康な生活について正しい知識を身につけ、非常事態への対応、医者などの専門家が到着するまでの最初の緊急処置の方法などを身につけること。そのために、幅広い内容を小学校から高校卒業までの12年間、週に1時間のペースでみっちり学んでいきます。
- 多岐にわたる授業内容
- 『安全な生活の基礎』の授業内容は、災害時の対応、火事や水難事故の回避、事故にあってしまった時の対処方法から、人命救助の方法、包帯の巻き方、処置の仕方、地図の読み方と書き方、遭難時の対応など多岐に渡ります。
また、戦争やテロを差し迫った危険として捉え、その対策としてガスマスクのつけ方だけでなく、より早くガスマスクをつけられるようにトレーニングを積み、いかに早くつけられるかという大会が校内で開催されるほどです。こども達はゲーム感覚でお互い競い合うそうです。さらに、ガスマスクがない場合の毒ガス回避法など、あらゆる事態をシミュレーションすることで、いざという時に焦らず適切な対応ができる能力を養います。 - 小中学校では座学が中心です。小学校では一切道具がない状況での火の起こし方や、両親が不在の時に他人が訪ねて来た際の対処法など、身近なことから学んでいきます。一方中学校では、テロリズムについて詳しく学ぶことに力を入れています。興味深いのは、テロにあった際の対応よりも、「自分自身がテロリストにならないために」というテーマが大半をしめていることで、自分を強く持つこと、そして洗脳されないためには、などの解説があります。また教科書では、テロにあった人々の体験談を、日本では公開されないような衝撃的な写真付きで紹介し、 いかにテロが恐ろしく残酷なものかを説明しています。
- 高校生になると、自動小銃の構造から扱い方までを習います。実際にどのくらい早く解体し、再度元に戻せるかを練習します。ガスマスクにしても、速さを求められるのは、やはり実際の緊急時に迅速に対応するためだといいます。
また、高校生になると座学に課外授業が加わり、軍への入隊体験があります。軍隊では、現役の軍人と一緒に行進の練習をしたり、銃を撃つ練習をしたり、本物の手榴弾を投げる練習などもします。
- 身近にある戦争
- ロシアのこども達の多くは、祖父母が戦争経験者、また両親がソビエト連邦時代を経験しているので、小さい時から戦争体験談を直接聞く機会があります。また、戦争についての映画もとてもよく放送されており、戦勝記念日などには、国を挙げて盛大にお祝いをします。そして、町のあちこちにある戦車や大砲のレプリカ、また戦没者の慰霊塔の前で慰霊祭が開かれます。これは戦死した先祖を敬う意味のものですが、戦争の記憶が遠い昔のものではなく、今現在も色濃く残っていることの現れでもあります。また、クラスには、実際に紛争地域からロシアへ逃げて来たこども達も少なくなく、日本人の私達が想像する以上に戦争が身近なものなのです。
- 治安もまだまだ良いとは言えず、ロシア国内では犯罪が日常的に起きています。
日本では地域社会のマナーとして、「隣り近所の人たちに挨拶をしましょう」と、こども達に教えています。しかしロシアでは、同じ地域の人でもよほど仲が良くない限り挨拶などをしてはいけません。また、誘拐も非常に多いため知らない人から挨拶や声をかけられても絶対に答えてはいけません。 - ロシアのこども達は、小さいころから危機管理能力がとても高いと感じます。
『安全な生活の基礎』では、一部、銃の扱い方やガスマスクの付け方など、日本からすると少し過激で恐ろしさを感じる内容もありますが、多くは災害・人災などへの対策・対応を学ぶためのもので、それはまさに身を守る術なのです。 - 今は、成績をつけられるというのもありますが、危機管理能力が高いロシアのこども達は 、あらゆる災害や緊急事態に対応できるよう、1人1人が積極的に学んでいます。また、かつてそれを学んだ両親や祖父母達もいかにその授業が大切かを、自身の実体験をもってこどもによく説明しています。
- ロシアでは『安全な生活の基礎』を12年間繰り返し学ぶことで、実際の緊急時に対応できる力を育みます。世界情勢が目まぐるしく変わる今、どんな状況下でも生き抜く力を育てる、自分の身は自分で守る、また自分の大切な人を守る術を身につける、それが、ОБЖオーベージェー、『安全な生活の基礎』という授業なのです。
R.T
グローバルママ研究所リサーチャー。学生時代の留学経験を経て2010年に来露。4年前までロシアで旅行会社マネージャーを担当。家族はロシア人の夫と4歳・2歳の娘二人。
世界33か国在住の170名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2017年4月時点)。企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。