レポート

2018.10.11

ワークプレイスのグローバルトレンドとは? vol.3

第3回 働き方大学
「イノベーションの都市型エコシステム」編 セミナーレポート

グローバル企業を中心に、ワークプレイスのトレンドが日々変化している昨今。日本でも「働き方改革」が叫ばれるなか、企業にとっても、ワーカーにとっても「働きやすい環境」について考えるシーンが増えている。日本でも世界を手本に、今後ますますワークスタイルは変わってくると予測される。今回は、2018年8月27日(月)にコクヨ株式会社のライブオフィスで開催されたセミナー「ワークプレイスのグローバルトレンドとは?」のセミナーレポートvol.3。イノベーションを起こす企業の傾向につ紹介する。

変化し続ける
イノベーションのためのオフィスづくり

講師は、コクヨ株式会社クリエイティブセンター主幹研究員であり、働くしくみと空間をつくるマガジン「WORKSIGHT」編集長の山下正太郎氏。9年間で30カ国、50都市、1000箇所のオフィスを取材したという山下氏が海外現地取材での最新事例をもとに、イノベーション型企業のトレンドについて紹介する。



企業が身軽に動ける
シェアリングエコノミーの勃興

新しいオフィスのあり方としてインパクトの大きい「シェアリングエコノミー」についてお話しします。「時間」や「場所」を自由に選べる働き方=ABW(アクティビティーベースドワーキング)が広く採用されると、センターオフィスの面積は減少トレンドに入ります。この流れをさらに後押しする動きとして、いま増えてきているのが「シェアリングエコノミー」というさまざまなリソースをシェアするという考え方です。

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ある統計によると、アメリカの企業の65%以上が「FLEX(フレックス)」と呼ばれるコワーキングやサービスオフィスなどの柔軟なスペースを企業不動産のポートフォリオに入れていると言われています。よりフレキシブルに変化させられる床の割合を増やそうという動きが広がりつつあるのです。とくにアメリカの企業がFLEXに床を移す理由には、賃貸によるさまざまなリスクを減らせるということが挙げられます。例えば日本では賃貸契約は2年が一般的ですが、アメリカの不動産の賃貸契約は最低でも5年以上、10年くらいが基本です。これではいざ動きたいと思ったときにリスクが高まるので、月単位で変更ができるFLEXにどんどん床を移していこうというニーズが高まっています。

他にもレストランの準備時間などをワークプレイスとして開放するサービス「Spacious」も人気を博しています。コワーキング、サービスオフィス以外にもありとあらゆるリソースがシェアされる時代になってきました。企業不動産の柔軟性を高める動きは、今後も目が話せない状況だと思います。

ここまでが日本が目指すべきABW型の柔軟な働き方の方向性でしたが、もう一つのイノベーション型の働き方のお話もしたいと思います。



近接性がイノベーションの源泉
土地の魅力を味方にする

イノベーションを起こすためのオフィスづくりのトレンドは、ABWとは真逆の方向になります。ABWはワーカーが散り散りになって働くものですが、イノベーションを志向するオフィスでは在宅ワークを禁止し、むしろ集まることが推奨されているのです。

その代表格として話題になったのがアメリカの 「Yahoo!」です。経営再建を任されていたマリッサ・メイヤー氏が行ったのは、一世代前の在宅ワーク中心のシリコンバレー的な働き方をやめて、彼女がかつて働いていた「Google」のように、オフィスに戻ってきてみんなでコミュニケーションをとりながら働きましょう、というものだったんです。

このような「イノベーションはワーカー同士の近接性を高めることが重要」という考え方が、現在の主流になっています。実際、近接性が高まるとコミュニケーション量が増えるということは、さまざまな研究で裏付けられています。もっとも有名なのは、MITのトム・アレン氏が導き出した「アレン・カーブ」という研究です。これは普段自分の席と近い人とどれくらいのコミュニケーションを取っているか、どのくらい頻度があるか測定したというもの。結果は当然といえばそうですが、自分の席と近ければ近いほど話す頻度が増える。つまり、コミュニケーション頻度と距離は反比例するわけです。今でもテックカンパニーがオフィスをつくる際に、このアレン・カーブを参考にすることがあります。

また、リアルコミュニケーションによって「トランザクティブ・メモリー」が蓄積されるとも言われています。これはハーバード大学の研究で、組織パフォーマンスを高めるためには「誰が何を知っているか」という知識のインデックスを共有していることが重要だということを示しています。これは直接対話によって高まることも立証されています。

よくある誤解として、各人の知識をデータベース化しようというものがあります。データベースをつくっても意欲のある人しかチェックしませんので、結局は死んだ情報になってしまうからです。むしろ人が集まるオフィスのメリットは、何気ない会話の端々からさまざまな情報が自然と共有されることなのです。情報のオン/オフを自分で調整できないところに、オフィスの魅力があるのではないでしょうか。近接性を高めることがコミュニケーションを活性化させ、イノベーションに直結していく、これが今のオフィスの潮流になってきています。



企業の興味はオフィスから都市へ
社内外問わず有機的な関係を構築

人を集めることがイノベーションの源泉になるとお話ししましたが、集めるべきは同じ会社にいるオフィスのワーカーだけではないというのが最後のポイントです。いまやグローバル企業は、オフィスの外つまり「都市」に興味が向き始めています。そしてキーワードになるのが「エコシステム」。日本語に訳すと「生態系」という意味になりますが、さまざまな生物が有機的に関係を築きあって成り立っている仕組みを指します。つまり、企業の壁を越えて他の企業や起業家や個人といったさまざまなリソースが有機的な関係をつくってイノベーションを起こそうというのです。

エコシステムをつくる際に、注目されているのは「都市」です。現在、サンフランシスコやニューヨーク、ロンドンなど、特定の都市に優秀な人材が集まっています。そういった都市に企業自らが赴き、その場所が持っているリソースと自社のエコシステムを築こうというわけです。

たとえば、今話題になっているのは、シアトルを本拠地とする「amazon」が、第2本社をつくるために、北米中の街を対象にコンペを行なっているということ。アメリカでは、コンペの様子を伝えるニュースも定期的に報道されるほど注目をあびています。

また、「GE」は自分たちの企業城下町を持っていましたが、そこに存在する知識だけではこれからの時代、世界では戦いづらいということで、本社をボストンの中心部に移す決断をしました。今まで持っていたエコシステムを捨てて、自分たちの方から都市に動いていこうというこの試みは、注目すべき事例でしょう。ボストンといえば、ハーバードやMITなどの有名大学が集まる一大イノベーションセンターですから、その中に自分たちが身を置いて、日常的に優秀な人たちと関係を築いていこうというわけです。

さらに、Googleは世界各地の起業家が集まっているエリアで、「キャンパス」というブランドで無料コワーキングスペースをつくっています。スペースのみならずアドバイスやイベントも完全にフリーで提供するなど、その土地土地にいる優秀な人材をサポートしながら関係を結びたいという意図が見えます。



まとめ

3回に渡って、オフィスのトレンドについてお話をしました。まず、テクノロジーがオフィスを不要にしたのではなく、役割をシフトしたというお話をしました。次に日本の働き方改革のポイントは、ABW(アクティビティーベースドワーキング)、いわゆる分散型の働き方が中心となっており、そのモデルになっているのがアメリカではなくオーストラリアやオランダといった国々だということ。ABWによってセンターオフィスの所有面積は減り、逆にオフィスビルはますますハイエンド化してくる。オフィスビル以外にもシェアリングエコノミーなどの進展によってスペースの選択肢が増えることで、この流れはさらに加速すると思います。かたや、イノベーションを志向するオフィスではABWと逆の考え方で、人が集まることが重要とされています。社員だけでなく、都市の魅力を利用しながら、そこに集まる外部の優秀な人材をも集めようとしています。

今回はワークプレイスのグローバルトレンドをご紹介しました。

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山下 正太郎(Yamashita Shotaro)

コクヨ株式会社 クリエイティブセンター 主幹研究員 WORKSIGHT 編集長。コクヨ入社後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンサ ルティング業務に従事し、手がけた複数の企業が「日経ニューオフィス賞」を受賞。2011 年にグロー バル企業の働き方とオフィス環境をテーマとしたメディア「WORKSIGHT」を創刊。2016 年‐2017年 ロイヤル・カレッジ・オ ブ・アート(RCA:英国国立芸術学院)ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインにて客員研究員を兼任。世界各地のワークプレイスを年間100件以上訪れ、働く場や働き方の変化を調査している。

文/株式会社ゼロ・プランニング 写真/新見和美