組織の力

2019.03.27

非効率から生まれる価値がチーム力を醸成する

コミュニティロスの時代を離島から考える

本土からフェリーで約3時間。日本海に浮かぶ隠岐諸島の一つ、海士(あま)町。周辺2町村と合わせて島前(どうぜん)と呼ばれ、地域唯一の高校である島根県立隠岐島前高校の魅力化を中心にした地域活性化で、地方創生や教育の文脈では成功事例として広く知られている。教育による創生が“成功”した背景にあるのが、チーム力だ。チーム力を醸成する島の土壌を探るべく、都会と島の両方を知る隠岐島前教育魅力化プロジェクト・コーディネーターの大野佳祐氏に伺った。

回り道を通るかどうかで、非効率だからこそ、
意思決定の質、合意の質が上がる変わる

大野氏は、東京では私立大学の職員として第一線で活躍していた。起業を考えていたときに縁あって海士町に出会い、「ぜひ島に来て魅力化に携わってほしい」と乞われてIターンを決意。一番の決め手は、人の魅力だった。
 
「高校の校長先生や先生たち、コーディネーター、学習センターのスタッフ、町長や教育長、地域の人たち、みんなが“学校は町づくりの、地方創生の核だ”と同じ方向を向いていて、それぞれが熱い思いを抱いていることが伝わってきました。地方創生と教育の両面に携われるのは面白いなと思ったし、個人的にも、社会的にインパクトのあることに挑戦したい、直接関わる“手触り感”が欲しい、と思っていたときだったので、迷いはありませんでした」
 
見知らぬ土地に飛び込んだ大野氏だったが、「効率化よりもプロセス重視」の物事の進め方に、当初は驚きを隠せなかったという。
 
「都会というか、今の世の中の流れとは真逆なんです。僕自身、それまでは手段よりも結果重視で仕事をしてきたし、それが自分の得意技でもあったので、戸惑いは大きかったです。島で何か決める際には、いろんな人に意見を聞いて、会を設けてコンセンサスを得て…という物事を詰めていく過程がとにかく大事。出てくる結果は同じでも、その回り道を通れるかどうかで意思決定の質、合意の質が変わってくるんです」
 
「かつての僕は、いかに速く意思決定し、いかに速く結果を出すかを志向することで、自分も組織も大きなリターンを得ていました。スピードこそ自分の取り柄だと思ってなりふり構わずなところもありましたが、ここに来て、周囲を気にかけられるようになりました。自分ならもっと速くできるのに、というジレンマがまったくないと言えば嘘になりますが、魅力化というプロジェクトを長く続けて行くこと、次の世代にバトンを受け継いでいくことが僕らの役割なので、一時的な成功ではなくみんなで遠くに行くことを考えないといけないんです」
 
大野氏のマインドが“島流”にリセットされたのは、「真面目で朴訥としていて、自分のことよりも何よりも地域や子どもたちのことを考えている」という地元出身のある教員との出会いがきっかけだった。
 
「その先生、メールに添付して送れば済む文書を、わざわざプリントアウトして同僚の席に持って行くんです。そのときに、『最近、どげですか?』とか声をかけて、雑談しているんですね。そんなの時間のムダだと思いがちですが、その先生はみんなに慕われて人望があり、地域や人のいろんな情報が先生のところに集まるんです。一見ムダに見えるようなことから生まれる価値があるんだと、その先生から教わりました。非効率による偶発的なアクシデントから、出会いやイノベーションが生まれることもあります。できあがった冊子を手配りしていたら、ちょっと飲んでいきなさいと誘われて、飲んでいたら訪ねてきた人が、ちょうど探していたスキルを持つ方だった…とか。二項対立で良し悪しを決められるものではないですが、効率重視の今の時代こそ、非効率の力を見直すべきなのではないかと感じています」
 
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コミュニティへの帰属感により、
自分の役割が見えてくる

生産性や効率の良さを重視し、非効率なことやムダは極力排除する…そんなビジネスのあり方や仕事の進め方は、今や私たちの生活や文化にまで浸透しつつある。大野氏もかつては、そんな価値観の持ち主だった。
 
「東京にいた頃は、祭なんて生産性がなくて時間のムダだと思っていました。海士町に移住した当初も、出たくないと思っていたんですが、断るなんていう選択肢はありませんでしたね。地区長さんに、『あんたは笛か?手拍子か?』っていきなり二択で聞かれて、有無を言わさず週3回練習に参加、練習1時間で飲み会3時間…という感じで…。しかも、手拍子は伝承だからどれが正しいかわからなくて、地域のおじいさんとかに聞いて回るわけです。そんなことをしているうちに、いろんな人と交流するようになる。正解のない問いを求めて歩き回っているうちに、いつの間にか仲間がたくさんできていた、みたいな感じです。これらの経験から、この非効率性が生んだコミュニケーションや団結力が、このコミュニティを、この島を守ってきた要素なんだなと、ふと気づいたんです」
 
「都会にいると、祭なんて自分がやらなくても誰かがやるだろうと考えがちですが、ここではそもそも人数が少ないから、嫌でもみんなでやらないといけない。逆に言えば、みんなに役割があって、一人ひとりに課せられた役割が大きい。学校でも同じ。全校生徒1000人のうちの1人よりも、184人のうちの1人である方が、役割は大きい。役割が大きければ、自分の存在意義も見出しやすいですよね。チーム力が高い集団って、メンバー1人ひとりがチームの課題を自分ごととして捉えて、自分には何ができるだろうかと主体的に考えていると思うんです。今、世の中はコミュニティを求めています。何かに属したい、という思いを持っている人がすごくたくさんいる。都会が失ってしまった帰属感がここにはあるということを肌で感じた経験は、チームやコミュニティについて考えるうえでも大きかったですね」

大野佳祐(Ohno Keisuke)

隠岐島前教育魅力化プロジェクト・コーディネーター。 1979年東京都日野市出身。大学在学中の19歳のときにバングラディシュを訪れたのを機に、1年間アジアを旅する。その経験が原点となり、教育・共育の場づくりを志す。早稲田大学に職員として勤務する傍ら、2010年にはバングラディシュに小学校を建設・運営。2014年に仕事を辞めて、海士町に移住。隠岐島前教育魅力化プロジェクトに参画し、現在に至る。

文 笹原風花 /撮影 MANA-Biz編集部