スタートアップとの事業共創で
社会的に支援する仕組みを
東京急行電鉄株式会社の加藤氏は、ここ10年ほど社内新規事業に携わり、近年ではベンチャーと東急との事業共創プログラム「
東急アクセラレートプログラム」を立ち上げた。今回の会場である「
SOIL」(2019年7月オープン)は、まさにその勢いを加速させるべく開設されたオープンイノベーションラボだ。
【東京急行電鉄株式会社 加藤由将氏 講演概要】
昨今のアメリカでは、デジタルトランスフォームに対応できなかった企業は大手であっても破産したり、買収されたりしています。他国では政府がデジタル産業の育成に尽力していて、海外のデジタルプラットフォーマーが日本市場に参入する中、内閣府が出した日本のベンチャー企業に対する投資額とGDPの比率は先進国の中でも圧倒的に低く、ベンチャー企業の育成は急務となっています。東急では、オープンイノベーションの普及によりクリエイティビティの高いベンチャー企業と大企業との事業共創が進めば、産業の新陳代謝が促進され、経済も活性化していくと考えています。
2015年から、国家的な課題として「グローバルイノベーション拠点の形成」が挙がっていて、東急は渋谷の再開発というハードの再構築に合わせて、グローバルなイノベーションコミュニティを構築しようとしています。例えば、とある企業がエリアAとエリアBのどちらを会社の拠点にするのか決める時に、同じ坪単価ならソフト=コミュニティが充実しているエリアを選ぶのは当然ですよね。
東急は2015年から「スタートアップと共に、ワクワク・ドキドキする街づくりを」をコンセプトに、「
東急アクセラレートプログラム(TAP)」という、スタートアップ支援を行なっています。建設や不動産、交通、物流などのインフラ、教育、エンターテインメントといった東急グループのコングロマリット(多事業領域)が持つ顧客接点をうまく活用しながら、技術のサービス化に向けた用途開発をし、東急線沿線で実証実験した結果やKPIなどの条件を満たせば出資させていただくというプログラムです。毎年応募件数が増え続けていて昨年は160件、プログラムを開始してからはすでに合計で510件ご応募いただいています。この中から実際に6社と業務提携および10数億円の出資を実行しています。」
強みを武器に積極的な働きかけで
チャンスを広げる
ソフトウエア開発やデータ分析に強みを持つ
株式会社スマートドライブは、2013年創業のスタートアップ企業。従業員約50名のうち半数以上が、データサイエンティストやデータを扱う基盤をつくるエンジニアで構成され、創業当初から積極的に他社と連携し、一緒に新しい価値をつくっていくことを意識しているという。
【株式会社スマートドライブ代表取締役北川烈氏 講演概要】
本日はまず、当社でご提供しているサービスをご紹介したいと思います。
・SmartDrive Fleet:法人向け
法人車両の現在地確認や運転技術のスコアリング、業務の効率化をはかれるサービス。例えば、配送業なら管理より配送のスケジューリングを立てる方が大事だったり、支店が多い会社なら稼働率を分析してカーシェアに出したりとか、業種ごとの課題をBI(ビジネス・インテリジジェンス)で見つけて、IoTやAIで解決します。
・SmartDrive Cars:個人向け
保険や自動車メーカーなどの企業と提携して、ドライバー向けに提供するサービス。車に専用のデバイスを取り付け、安全運転によってポイントが貯まったり、保険料が安くなったり、お得なクーポンが走行によって届く仕組みです。実際に事故が減っているというデータも出ています。
・SmartDrive Families:個人向け
高齢者や免許取り立てのドライバーの見守りサービス。1時間以上運転し続けていたり、帰りが遅いとスマホで家族に通知されたりします。
・Data Platform:法人(パートナー)向け
デバイスやドライブレコーダー、センサーから得たデータをプラットフォームに集約して運転情報を分析。例えば、保険会社と連携してドライバーがどれくらい事故を起こす確率があるか自動学習するAIをつくったり、タイヤメーカーと連携してタイヤの摩耗を予測することもできます。
最近では自治体と組んで、都市によってはMaaS(Mobility as a Service)を導入する必要があるのか人の動きから試算したり、人の動きやピークを分析してお買い物エリアの変動をマーケティングに活用したりすることも考えています。アイデア勝負なので、一人で考えても出てこない部分をオープンな場でカジュアルにディスカッションをすることで共創できることもあります。そんな施策が今後ももっと広がってくるといいなと思って事業を進めています。
課題設定から一緒に
仲間を増やす官民連携
経済産業省 産業技術環境局 環境経済室長の梶川氏は、2002年に経産省へ入省以来、中小企業金融・IT政策など様々な企業の付加価値を見出すための制度設計に携わり、直近では政府の成長戦略をつくる部署に所属。官と民とのコラボレーションを重視し、今年5月には経産省内に「未来対話ルーム」というフューチャー・センターも開設した。
【経済産業省 産業技術環境局 環境経済室長 梶川文博氏 講演概要】
これまで霞ヶ関でただ話を待つのではなく、自分からネタを集めながら政策をつくってきました。今日のテーマに近いところでは、2006年には、"クリエイティブ・オフィス"という概念をつくって、
日経ニューオフィス賞の表彰部門の一つとして組み込まれています。
課題設定の段階で企業の方と意見交換するのは大事だと思っています。霞ヶ関で動いていることと実際のビジネスの世界が必ずしも同じ方向を向いているわけではないことが多いからです。最近では既成概念をなくすために、我々と違う引力を持っている企業・自治体・NPO等とディスカッションをするワークショップも開いています。とくに政策の形成過程においては、フューチャー・センター(現在や未来の課題は何なのかをセクターを超えて議論する)を装備していくことも重要だと感じています。10年前の段階で、すでにデンマークでは、いくつかの省庁が連携して、フューチャー・センターを設置して、各省横断で政策立案が進められています。官と民で課題設定から一緒に協働することにより、結果的に世の中を動かす際の仲間ができるんですね。近年の我々の事例では、2025年に開催される大阪万博のテーマを考える際に、官民フューチャー・センターを開催し、「いのち輝く未来のデザイン」というコンセプトが決まったと理解しています。
SOILのように、都市の中にオープンイノベーションを促進する場が増えることはいいことですね。経産省でも、今年5月にもっと霞ヶ関をオープンな場にしようと、「未来対話ルーム」というスペースを開設しました。企業さんで政策立案に興味があるとか、霞が関でディスカッションしたいとか、規制改革の話も含めて今後お話ししたいということがあれば、ぜひ使っていただければと思います。
〜トークセッション〜
先駆者から学ぶ困難の乗り越え方
モデレーター・鈴木氏からのテーマを踏まえた質問でトークセッション。
Q.組織でオープンイノベーションに取り組むうえで、どうやって困難を乗り越えましたか?
加藤:課題のない組織はないと思うんですが、東急の場合は、現場の声を理解してくれるパトロン(上層部)がいたというのがかなり大きいですね。ヒエラルキーがしっかりした大企業では、現場だけではなかなか上に通りにくく、中間層域をすっと飛ばして経営陣に理解を得られれば、まるでオセロのように上下の色が変わって次々と「No」から「Yes」に変わることがあります。そういう一瞬の変化は大企業ならではかもしれません。
北川:実は、担当者の熱量やフィーリングが合うかどうかは、かなり大事じゃないかと思っています。結局、イノベーションも「人対人」なので、すごくいいストラテジーがあっても相性が悪そうだなと思ったらうまくいかないかもしれません。
梶川:役所は、組織の構造上、トップダウンが効きにくいところがあります。組織変革を行う際は、ミドル・アップダウンで物事を進めることが多いです。同じ志を持ち、理解してくれる人との関係が斜めの軸でできていくと、それがコミュニティになるんですね。時間はかかりますが、コミュニティのメンバーが増えると、トップダウンよりも強いボトムアップもあり得るんじゃないかと思います。
鈴木:仲間を募る時に工夫されていることはありますか?
加藤:例えばイベントなどで一人ひとりに声をかけることは不可能なので、僕はFacebookを多用して、思想を入れた投稿に反応してくれた人をチェックしています。「超いいね」とか「いいね」とか共感してくれた人なら、次にアクションを起こそうとした時に一緒に動いてくれる確率が高いからです。
Q.コラボレーションを単発で終わらせないための秘訣はありますか?
加藤:社内でできることとしては、まずはしっかりとメンバーをフィックスすることだと思います。イノベーションのボトルネックは人事評価とそこに起因する採用、教育、昇降格、ローテーションですので、ここを変えられるかどうかがポイントになります。これまでも担当者が変わったら全部ブレイクしてしまった事例はいっぱい出てきているので、最後までやらせるか、せめて事業のオペレーションを固めて安定させるフェーズになるまでは、担当者を変えてはいけないと思っています。