ライフのコツ
2019.09.06
幸せの国デンマークの大胆な教育改革
世界の学び/個性を伸ばす教育と学力主義の共存とは
世界の教育情報第23回目はデンマークからのレポートです。デンマークには独自の教育システムがあり、昔からある「個性を伸ばす教育」「自ら考える教育」の伝統も根強く残っています。しかし、2003年にOECD(経済協力開発機構)が行ったPISA(国際的な学力到達速度調査)の結果があまりふるわなかったことを機に、抜本的な教育改革が行われました。2014年には『国民学校法』を改正し、従来のカリキュラムを大幅に刷新。今回は、デンマークにおける、独自の教育システムと教育改革、学校での取り組みと課題についてご紹介します。
- 生徒を最大限に尊重する
教育システム - デンマークの義務教育は、1年間の就学前教育を含む10年間(0~9年生)の小中一貫教育です。日本と比べると、一年早く義務教育が開始されますが、幼稚園教諭や保護者がまだ成長が追いついていないと判断した場合は、入学を一年遅らせることができます。逆に一年早く入学させることもできるという、柔軟なシステムです。
- 中学卒業後の進路は、成績や中学2年生で行われる職業体験などを踏まえ、生徒自らが将来を見据えて、3年制の高等学校(普通高校/商業高校/工業高校)や、職業別の専門学校(2〜4年制)が選べます。また、進路が決まっていない生徒や将来を考える時間のほしい生徒は高校入学前の1年間を10年生として中学に残る、あるいは、私立の全寮制フリースクール「エフタースコーレ」に通うこともできます。進学の割合を見てみると、高校への進学者が約70%、エフタースコーレが約20%、専門学校が約10%となっています。
- 個性を大切に、必要なときに学べる
「エフタースコーレ」と「HF」 - デンマークの教育の特徴として、「個性を伸ばす教育」「自ら考える教育」を重視する、私立の全寮制フリースクール「エフタースコーレ」があります。エフタースコーレは、14歳から18歳までの生徒を対象とした1年間のコースで、国語や数学などの必須科目以外にも、音楽、美術、スポーツ、メディア、農業など、得意な専門分野を伸ばしながら、共同生活によって自主性を育てます。中学卒業後に自分の進路を見つめ直すため、高校進学や高専に向けて学力の向上のためなど、その目的はさまざまです。
- また、HF(= Hoejere Forberedelseksamen)と呼ばれる高等教育準備試験コースがあり、高校中退者や希望する大学に入れなかった人が、2年間で高卒相当の資格を取ることができます。
- 「エフタースコーレ」や「HF」など、それぞれの個性やタイミングによって、自らの進路を選択することができるシステムが整っているデンマークですが、こうした教育システムが生まれた背景には、いくつになっても自己発見する環境を与えてくれるデンマークならではの社会的な風潮があります。
- 誰でも自分に合った時期に、自分に必要な教育を受けることができ、 自分の考えに基づいてやり直すことが可能なうえ、成人教育も充実していて、いわゆる"生涯学習"が実践されている国なのです。こうしたゆとりのある教育システムが受け皿となり、デンマークでは、日本で社会問題になっている登校拒否の生徒数が少ないと言われています。
- 個性を伸ばす教育だけでは
学力は向上しない - 独自の教育システムで国民の個性を伸ばす方針をとってきたデンマーク。しかし、2003年に行われたPISA(学習到達度調査)の総合順位が41か国中15位、および、読解力が調査対象国内で平均以下という結果だったため、教育改革を迫られることになったのです。
- 「国際基準に見合う学力向上を」というムードが国内でも高まり、2006年、デンマーク政府は、グローバル化戦略として「世界トップクラスの初等・中等教育の実現」を目標に掲げました。しかし、状況は改善されず、2009年のPISAの結果は「義務教育を終える生徒の15%が読解力を身につけていない、17%の生徒が数学的リテラシーを身につけていない」という悲惨な状況でした。そこで2014年に、これまでの個性を伸ばす教育だけでは国際社会に遅れをとってしまうとし、新しい教育改革を打ち出したのです。それが、『国民学校法』の改正です。
- 学力向上と裏腹な
教育現場のジレンマ - 2014年の『国民学校法』の改正によって、国語と数学、体育の授業時間が追加、英語の授業も早期から導入され、授業数が改正前よりも平均131%と大幅にアップ。筆記による全国学力試験も以前は9年生のみ対象でしたが、改正後は1年生から9年生が対象になりました(9年生のみ口頭試験も行われる)。その結果、2015年のPISAではすべての科目において平均あるいは平均以上の数値をマークし、Merete Riisager教育大臣が「目に見える改善に貢献した教師たちは、称賛に値する」と発言するほどの成果をあげました。
- 一方、こうした学力重視のカリキュラムが実際の教育現場でのジレンマとなり、問題視されはじめています。現在、多くの生徒がこの学力テストで満点を取得していることが議論となっており、試験や評価方法について疑問視する声があがっています。また、こどもも教師も勉強や授業に追われて精神的なゆとりがなくなり、ストレスを抱えていることも問題です。
- これらの問題に対して、現在のところ政府の対応が進んでいないこともあり、学力重視のストレスから解放されるゆとりの一年が得られる場として「エフタースコーレ」が新たな役割を担っています。
- 『国民学校法』改正前の2013年、デンマークはワールド・ハピネス・レポートによる「世界の幸福度ランキング」において1位でした。同法改正後に発表された2016年の同ランキングでも1位、2019年の最新ランキングでも2位と、依然として上位をキープしています。教育現場では全学年対象の学力試験導入にストレスを抱えながらも、世界でも有数の幸福な国であり続けるデンマーク。伝統的に行われている個性を伸ばす教育は残しつつも、学力重視のカリキュラムを導入し、改善を続けるその姿勢から日本も学ぶべきところがあるかもしれません。
ハモンド綾子
グローバルママ研究所リサーチャー。日本でメディア会社勤務後、1999年渡英。ファッション/ホテル業界勤務を経て、2006年よりライター/リサーチャー/翻訳者として活動中。イギリス人の夫、バイリンガルの息子2人と4人暮らし。
世界33か国在住の170名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2017年4月時点)。企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。