ライフのコツ

2020.04.07

私立から公立学校へ転校希望者が続出!

世界の学び/インドのモデルスクールの魅力とは

世界の教育情報第33回目はインドから。世界に優秀なエンジニアを輩出していることで名高いIT大国インドですが、華やかな舞台で活躍できる人材は有名校に通う一握りのエリート。多くのこどもが通う公立学校は学習環境が悪く、中間所得層以上の家庭では、こどもを私立学校に通わせることが主流になっています。しかし、近年の教育改革により、公立学校の改築が急速に進み、私立校よりも優秀な成績を収める生徒が続出。その変化がインド国内で注目されています。今回は、私立学校からの転校が増加し、話題となっているデリーの公立学校「モデルスクール」を紹介します。

私立校よりも学習環境が充実した
公立校「モデルスクール」
インドの首都デリーでは、2015年に教育を最重要課題に掲げた庶民党(AAP 党)が政権を握って以降、公立学校を私立学校と同等、もしくはそれ以上の学習環境・教育水準に引き上げるための改革が次々と進められています。
それ以前の公立学校は、建物が古く、壁もはがれ、安全な飲み水や衛生的なトイレもないといった学習環境でした。教室や机も不足していたため、生徒は床に座った状態で、また、一つの教室内で複数のクラスが同時に別の教科の授業を受けるなど、決して恵まれた環境とはいえませんでした。
しかし現在は、3階建で清潔感のある校舎に机や椅子はもちろんのこと、エアコンやスポーツ施設も完備されるなど、インフラの整備が進んでいます。なかには、20室しかなかった教室が実験室や多目的ルームを含めて、78室にまで増えた学校もあります。さらに、私立学校でも珍しいとされているスイミングプールやエレベーターがある公立学校も出てきています。このような私立学校のような施設を兼ね備えた公立学校は『モデルスクール』と呼ばれ、現在、その数はデリーで1,000校を超えています。
教育改革の鍵は
「スマート教室」
また、モデルスクールの教室では、「スマート教室」の導入が進んでいます。このスマート教室では、黒板やホワイトボードの代わりにプロジェクターを使った授業が行われ、3DアニメやVR(バーチャル・リアリティ)など最新技術を取り入れたインタラクティブな学びが実践されています。例えば、 太陽系について学ぶ授業では、教科書で絵や写真を見るのではなく、VRで宇宙体験ができるなど、最新のテクノロジーが導入されています。また、映像や音声を簡単に教室全体に出力できるようになったため、英語の自然なアクセントや流れを習得するためにも活用されるなど、さまざまな変化が見られます。
スマート教室の目的は、単に教室のIT化ではありません。重要なのは、インタラクティブで体験型、視覚・聴覚・触覚といった感覚をフル活用する学習法を取り入れることで、生徒の学習意欲や記憶力が上昇し、学力の強化にもつながっていることです。教える側も、ダウンロードした教材をすぐにプロジェクターで使えるなど、授業の準備の負担軽減にもつながっており、仕事の効率も高まるという利点も指摘されています。
心の教育と
「起業家マインドセットプログラム」
モデルスクールの特徴として、「ハピネスカリキュラム」という心の教育もあります。「ハピネスカリキュラム」では、1年生から8年生(6歳から13歳)までの生徒が、瞑想やアクティビティを通してマインドフルネスを実践することで、自分を見つめ直し、不安やうつ状態を減少させたり、問題解決型の思考を身につけたりしています。
マインドフルネスは、仕事の効率や社員の満足度の向上につながるため、グーグルやアップルなどのグローバル企業においても人材育成のツールとして活用されていますが、メンタル面を強化するこのようなプログラムが、モデルスクールの高い学力やこどもたちの学校生活に対する満足度の高さに貢献しているのかもしれません。
もう一つの特徴としては、今年から高校で実践されている「起業家マインドセットプログラム」があります。高校(14歳から18歳)では、起業に関する授業が必修科目となり、1日40分の授業を受けることになっています。教科書などはなく、支給される1,000ルピーを元手として、新しいビジネスを立ち上げる実践型プログラムです。単にビジネスとして成功するかどうかということだけではなく、チャンスを見極める力、協調性、失敗から学ぶといった起業家になるために必とされているマインドセットや資質の習得を重視したプログラムとなっています。根底には、生徒たちに職を探す側になるのではなく、職を生み出す側になってほしいという考え方があり、人生の早い段階から自分でやってみるという精神を育んでいくことが大切だとされています。
モデルスクールの人気と
今後の課題
モデルスクールでは、教員の研修にも力を入れており、ケンブリッジ大学やフィンランドの公立学校、シンガポールの教育機関などで、各国の教授法や最新の教育テクノロジーについて学ぶ機会があります。親にとっては、先生が海外研修を受けているということが大きな魅力になっており、このこともモデルスクールの人気につながっているようです。
このように公立学校の学習環境と教育水準の底上げが政府主導で行われるなか、無償で私立学校と同等の教育が受けられることもあり、私立学校からモデルスクールへの転校も見られるようになっています。ケンブリッジ大学で研修を受けた教員が校長をしているモデルスクールでは、インドのMITと言われる超難関大学IIT(インド工科大学)の合格者を11人も出すまでになっています。また、高級官僚や外交官、エンジニアや医師も多数輩出するなど、その評価は高く、400人もの生徒が私立学校から公立のモデルスクールに転校してくるという現象が起きています。
残る課題は、スマート教室の設置がモデルスクールの建設に追いつかないことです。また、教員不足や教員の質の不均等、学年が上がるにつれて上昇する退学率などが指摘されています。
しかし、今まで中高所得者層のこどもしか通えない私立校に限られていた良質な学習環境が公立学校でも実現したことで、より多くのこどもたちがその恩恵を受けられるようになったといえます。公用語としての英語、スマート教室や起業プログラムなどIT大国の力を背景にした教育改革のもと、さらに多くのインド人が世界で活躍する日が近いのではないかと感じます。

グローバルママ研究所

世界33か国在住の170名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2017年4月時点)。企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。