ライフのコツ

2020.06.05

女性が安心して働き続けられる社会へ

カナダの傍観者介入トレーニングと育休制度

二言語主義・多文化主義を国策として掲げ、年間30万以上の移民を受け入れるカナダ。多様性を強みとして世界に発信しているこの国では、言語や文化の違いだけでなく、性別、障害、性的志向などさまざまな角度から多様性に配慮した職場づくりが進んでいます。今回は、女性が安心して働き続けられる社会の実現のため、カナダで注目されている傍観者介入トレーニングと、2年前に延長された育休制度についてレポートします。(※新型コロナウイルス感染拡大以前に作成したリポートです)

沈黙が続く職場での
セクシャルハラスメント
カナダにおける女性の職場進出は、他の先進諸国と比較して進んでおり、経営陣や役員に女性がいる割合は21%とアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスよりも高くなっています。しかし、男女間の賃金格差や公共の場での授乳問題など、課題もまだ多く、近年は職場におけるセクシャルハラスメントが大きな問題になっています。

2014年にひとりの女性が、カナダの放送局CBCの人気ラジオパーソナリティであったジアン・ゴメシ氏を性的暴行で訴えたことに端を発し、その後も、当時同僚であった3人の女性がゴメシ氏の職場における性的嫌がらせを次々に告発したことは、カナダ社会に大きな衝撃を与えました。元同僚の女性たちは、当時、絶大な人気を誇っていたゴメシ氏には逆らえない職場の雰囲気があり、ゴメシ氏に嫌われたら自分も昇進できなくなる、訴えても会社はゴメシ氏を守るだろうと思い、何もできなかったと証言しています。
2017年にアメリカから世界に広がった#MeToo運動の高まりを背景に、特に英語圏では、セクシャルハラスメントを告発する女性が増加しています。しかし、2018年にカナダで行われた調査結果を見てみると、職場で性的嫌がらせを受けたカナダ人の5人に4人はその被害を報告しなかったと答えています 。カナダにおいても、さまざまな理由から被害を公にしないことを選択する女性の方が圧倒的に多く、 職場におけるセクシャルハラスメントの根絶が難しいことがわかります。
企業で導入が進む
傍観者介入トレーニング
このような現状を打開するため、カナダでは「傍観者介入トレーニング(Bystander Intervention Training)」と呼ばれる研修プログラムが注目され始めています。傍観者介入トレーニングは、周りに居合わせた人が、性的嫌がらせや暴力の兆候を察知し、それをやめさせたり、それ以上エスカレートしないようにしたりするために取るべき行動を学ぶトレーニングです。約17%の人が職場での性的嫌がらせを目にしたことがあると答えているカナダの調査結果にもあるように、職場でのハラスメントは周囲が気づいていることが多いという特徴があります。しかし、そのような場面に遭遇したときに、どのように対処すればいいのかについては戸惑いや躊躇があり、結果として何もしない傍観者になってしまうというジレンマがあるとされています。
このようなジレンマの解決のため、傍観者介入トレーニングでは、不適切な言動とは何かを認識するところから始まり、介入方法として、加害者にその行為は不適切だと知らせる方法、被害を受けそうになっている人に何気ない会話を持ちかけ場の雰囲気を変える方法、被害にあっている人にできることはないかとさりげなく聞く方法などを学びます。従来、セクハラ対策の中心であった被害者・加害者の立場以外の人をトレーニングすることで、自分には関係ない、自分には何もできないといった傍観者心理を取り除き、同じ職場の一員としてハラスメントをなくすために積極的に関わっていくためのノウハウを習得します。

人事担当者向けに研修プログラムを提供している団体によると、傍観者介入トレーニングに関するプログラムの出席者は2018年には353人であったものの、2019年は最初の4ヶ月間ですでに858人となっており、企業の関心の高さがうかがえます。従来は、女子学生に対する性的暴行をなくすために大学が中心となって行ってきたこのトレーニングですが、現在は、企業向けのコンサルティングとしても、提供されるようになってきています。
最長61週間の
有給育児休暇へ
女性が安心して働ける職場づくりを目指して傍観者介入トレーニングが企業で導入され始めたのとほぼ同時期に、カナダでは育児休業制度も大きく変わりました。今まで35週間だった育児休業期間が、2017年から61週間へと延長されました。これにより、15週間の産休期間と合わせると、妊娠中も含めて、最長で約1年半の有給休暇をとることができるようになりました。この背景には、カナダでは18か月未満の子どもを預けることのできる施設が慢性的に不足しており、都市部ではその費用も月10万円以上と高額であるという事情があります。

そのため、出産後も仕事を続けたい女性にとっては、子どもが18か月になるまで、家で面倒を見ることができるように育休期間の延長が急務となっていました。育休期間の延長により、生まれてきた子どもと一緒に過ごせる時間が長くなったというだけでなく、託児問題も解消できるようになったと一定の評価を得ています。さらに、2019年には、父親の育児休暇取得率を引き上げるために、両方の親が育児休暇をとる場合に限ってその期間を5週間延長することもできるようになりました。
ただ、育休の期間が35週間の場合は、年収の55%が支払われるのに対して(年収が53,100ドル以上であれば、 53,100ドル の55%)、61週間の場合はその割合が33%に下がるため、家計を考えた場合、61週間の育休をとることは現実的ではない家庭も多いのではとの批判もあります。
また、61週間保証されていても、1年半も仕事を離れるとその後の復帰に不安があるため、35週間で復帰することを希望する女性も多いようです。ただ、育休の期間や有給の金額に対する選択肢が増えたことで、それぞれの家族のニーズにあった、育児休業の取り方ができるようになったことは歓迎されているといえます。
多様化する家族のニーズに合った育休の形
カナダの育児休暇は、夫婦間でも分担できるため、母親が35週間全てを取る人もいれば、出産直後は両方が育児休暇を取り、数週間後に夫だけ仕事に復帰したり、最初の半分は母親、残りの半分は父親というように、夫婦のキャリアビジョンを加味して取ることができます。どちらかというと、母親が35週間の育休をとる場合が多いようですが、父親の育休取得率が30%を超えているカナダでは、父親が育児休暇を取ることも珍しくありません。母親が専業主婦であっても、父親が育休を取得し、新生児の世話を一緒にしている家庭もあります。

また、子どもは3人欲しいので、3年続けて育休をとっている女性もみかけます。この女性の場合、上の子が3歳になり幼稚園(公立幼稚園は無料)に上がるまで家で面倒が見ることができるので、そのような選択をしたとのことでした。カナダでは、復帰後も以前と同等の待遇で職場に復帰できることが保証されており、仕事の種類によっては、復帰後の仕事の心配をせず、安心して長期の育児休暇を取ることができる環境が整っているといえます。
最近は、家族の形も多様化しており、子どもに恵まれなかった白人夫婦がアジアから養子をとっているケースもよく見かけます。また、カナダでは同性婚が認められているため、同性同士のカップルが代理母から子どもを授かることもあります。育児休暇は、このような血縁関係がない家族であっても、血縁関係のある子どもをもつ親と同様に最大61週間まで認められています。
カナダは、北欧諸国をおさえ、4年連続で生活の質(QOL)が高い国ランキングで世界1位となっています(2019年、日本は13位)。生活の質の指標には、男女平等や子育てのしやすさも含まれており、このランキング結果は、女性が働きやすい社会の実現を推し進めるカナダの姿勢が映し出された結果でもあります。時代によって変化する働き方、多様化する家族のあり方に合わせて柔軟に対応するカナダの取り組みは、女性が安心して働き続ける社会の実現に大きく貢献しているといえるのではないでしょうか。

斉藤悠子

グローバルママ研究所リサーチャー。出版社勤務を経て、2009~2015年まで台湾・台北に在住。在台中は大学の語学センターで中国語を勉強。帰国後はフリーライター兼編集者として、台湾情報やインタビュー記事、子育てやビジネス関連の記事などを執筆。夫と娘二人の4人暮らし。


グローバルママ研究所

世界35か国在住の250名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2019年4月時点)。企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。