組織の力

2020.10.28

ミネルバ大学に見る、 学ぶ⇔働くの新たな関係

人生100年時代と言われだして久しいですが、そこで語られることの一つに、「学生時代に学ぶ→社会人として働く→リタイアして老後を過ごす」という人生の3段階モデルが崩壊していく、という話があります。社会に出て本格的に社会に出る前の準備として「学ぶ」だけでなく、「働く」をさらにアップデートするために「学び直す」等々、「学ぶ」と「働く」の関係は今後、さらに切っても切り離せないものになっていくのではないでしょうか。

この「学ぶ」に関して、興味深い取り組みを行っている米国の大学があります。2014年にサンフランシスコで設立された、ミネルバ大学です。「固定的なキャンパスを持たず、世界中を旅しながら学ぶ」「授業は全部オンライン」「ハーバードより難しい、世界最難関」等々の目を引くフレーズで、昨今メディアに取り上げられることも多い大学です。
近々社会人向けの大学院プログラムも本格稼働しようとしている彼らは、「学ぶ」をどのように捉えなおし、「働く」をどのように見ているのか。この度、ミネルバ大学のアジアパシフィック マネージング・ディレクター Kenn Ross氏に、オンラインでのロングインタビューの機会をいただくことができました。



世界中を旅しながら学ぶスタイルの由来

ワークスタイル研究所 研究員(以下、研究員):ミネルバ大学の一つの特徴として、固定的なキャンパスを持たず、学年ごとに拠点とする国や都市を変え、世界中を移動しながら学ぶスタイルが挙げられますよね。なぜこのように複数の都市で学ぶことにしているのでしょうか?

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*参考
ミネルバ大学の学生は、一般的な大学のように固定のキャンパスに通わず、下記のように様々な都市に滞在しながらオンラインで授業を受ける、というスタイルで4年間を過ごすことが大きな特徴。

1年目:サンフランシスコ(米国)
2年目:ソウル(韓国)、ハイデラバード(インド)
3年目:ベルリン(ドイツ)、ブエノスアイレス(アルゼンチン)
4年目:ロンドン(英国)、台北(台湾)


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Kenn Ross(以下、Kenn):ミネルバの取組みには、すべて明確な意図と理由があります。なぜ学生たちにグローバルに活動し、グローバルな経験を積んでもらいたいかにも当然理由があります。学生たちに達成してもらいたいゴールがあるのです。

1つは、グローバルなマインドセットです。グローバルを前提に物事を考え、世界を理解するには、様々な国や都市で実際に「暮らす」ことが効果的と考えています。そのためミネルバでは、7つの異なる国と都市に住みながら学んでいくようにプログラムが設計されています。

もう1つは、説明がなかなか難しいことではあるのですが、学生たちには「transferrable skills(分野を越えて通用するスキル)」を身につけてもらいたいのです(注:例えば、business strategy, team management, problem solving, data analysis等々)。あることを学んだら、それを社会科学、自然科学、コンピューターサイエンス等々の多様な分野で応用する訓練をしてほしい。認知科学や学習理論によると、このtransferrable skillsを身につけるには、多様なコンテキストでそれを応用する訓練が最善の方法なのです。

この方法は、認知科学で「far transfer(遠い転移)」と呼ばれているやり方です。transferrable skillsを身につけることは、高等教育におけるある種の究極的なゴールだと私たちは考えています。一方、このスキルは身につけることがとても難しいものでもあります。人間の脳は生物学的に、もともとfar transferがうまくできるようには作られていないのです。ただ、それができるように脳をトレーニングすることはできる。私たちはこれをミネルバで行っているのです。

これが、異なる都市を移動しながら学ぶこととどう関係があるのかを説明します。私たちが学生たちに、世界中を旅しながら様々な経験を積んでもらいたいと思っているもう1つの大きな理由は、far transferのためなのです。一度学んだことを、異なる場所、異なる文化に応用してみるのです。米国のコンテキストだけでなく、ドイツやアルゼンチン、インド等々、様々なコンテキストで学んだことを応用してみてほしい。

学生たちがある都市で暮らし慣れ始めると、次の都市に移動します。私たちは意図的に学生たちを、彼らのコンフォートゾーンから遠ざけるようにしています。常に物事が新しい状況、学ぶべきことがある状況、慣れないといけない状況に彼らをおこうとしています。こうすることで、一度学んだ知識がfar transferされ、応用できる知識として、本当の意味で深く身につくのだと考えているのです。

研究員:想像していたよりも奥深い理由があったことに大変感銘を受けました。と同時に、とても共感します。そうすると、世界中に都市はたくさんある中で、どこで学ぶのかということも重要だと思うのですが、学生を送り込む都市はどうやって選んでいるのですか?



「旅先」はやみくもに選べばよいわけではない

Kenn:都市を選ぶにあたってはたくさんの基準があり、これは1つとか2つの単純な話ではありません。まず、選んだ都市群がバラエティに富んでいることは重要です。学生には、北米、南米、欧州、アジア等々の様々な環境や文化を経験してもらいたい。可能ならばアフリカもぜひ経験させたいと思っているが、インフラの充実度や安全性という意味でまだ選ぶことができていません。将来的には変わるかもしれませんが。

バラエティが重要な一方、その都市が、大学のキャンパスとして使える「リソース」を持っているかも重要です。ミネルバは従来型のキャンパスを持っていないため、都市全体をキャンパスとして使います。例えば、都市内に存在する研究施設は学生たちのラボとして、運動施設は学生たちの運動場として、というように、都市内に存在する様々な施設・設備を、学生生活を送るために必要なリソースとして使います。

そのため、私たちは世界でトップレベルの施設・設備を有する都市を求めており、どこの都市でも良いというわけではありません。おそらく世界中で50~60か所程度の都市がこの条件を満たすのではないかと思います。このような条件も都市選びに関わってきています。

バラエティに富んでいることと、都市としてある程度の規模があり、キャンパスとして使えるリソースが十分にあることに加えて、さらに治安の良さや生活インフラの充実度という観点も考慮しています。私はアフリカの専門家ではないですが、ガーナの首都アクラだと、治安面では十分ですが、生活インフラ面では毎日停電が起こりえるなどまだまだ難しい状況です。

一方、南アフリカの美しい首都ケープタウンでは、生活インフラ面は大分良くなりますが、治安面では学生を送り込んでも安心、とは必ずしも言えない状況です。私たちは学生の家族に対し、学生が安全かつ快適に学べる環境を提供する責任があります。そのため、安全性や利便性も都市選びの重要な要素になっています。

文化に根付いた興味深いストーリーを持っている都市かどうか、も条件になります。例えばサンフランシスコはまだまだ若くて小さい都市ですが、現在イノベーションの大きなハブになっています。

一方でインドのハイデラバードは、インド経済の中でのテック・ハブ、という意味ではサンフランシスコと共通する側面もあるものの、基本的には全く異なる背景を持つ都市です。これらの都市には、サンフランシスコにしろ、ハイデラバードにしろ、ベルリンにしろ、語られるべき興味深い背景があり、先にお話ししたfar transferにとって必要な、多様なコンテキストを得られる場の組み合わせとなります。

これらの条件を重ね合わせて都市は選ばれています。ただ、今の7都市でないとダメ、というわけではありません。私たちはまず現在の7都市を選びましたが、この7都市が理想的なモデルなのかはいまだに議論されています。4都市ではどうなのか、5都市では?と。10年後には違う景色が見えているかもしれません。常に柔軟に考えて変化していきたいですが、今のところ7都市を回るモデルに落ち着いています。



オンライン授業に限界はないのか

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研究員:ミネルバに大学のもう一つの大きな特徴として、授業はすべてオンラインで行われていると伺いました。私の専門分野であるワークスタイル界隈では、オンラインミーティングは場所に縛られず便利な一方、リアルに対面したほうがスムーズに進むケースもあるなど、まだまだ限界を感じることも少なくありません。オンラインですべての授業を行うことに不都合はないのでしょうか?


Kenn:とてもいい質問ですね。確かに、私たちのオンラインプラットフォームである「Active Learning Forum」で、できないことはあるかもしれません。

私たちがActive Learning Forumでチャレンジしたことは、これまで数十年にわたって存在し続けてきた様々な教育方法論を組み合わせることで、さらに素晴らしいクラスルーム体験が作り出せるのではないか、ということです。これらの教育方法論には、元来組み合わせて実施することが難しいものもありましたが、テクノロジーの進化によってそれが実現可能になってきています。そうして出来上がったのが私たちのクラスルーム、Active Learning Forumです。

ミネルバの学生が通常のコースをフルに履修した場合、Active Learning Forumでのオンライン授業に週12時間費やすことになります。日本の大学では週に何時間授業をとるかわかりませんが、おそらくもっと多いのではないでしょうか。

Active Learning Forumでは、普通のクラスルームよりも効率的な学習体験が得られます。毎週12時間、学生たちはこのクラスルームでディスカッションし、まとめをし、分析をし、コラボレーションをします。これは従来型のクラスルームよりもずっと効率的なだけでなく、学びの過程を記録に残し、様々な形でフィードバックも行えるなど、これまでは不可能だったことも実現できています。

あなたの質問は「オンライン学習でできないことは何か」ということでしたね。それはたくさんあると思います。ただ、ミネルバの学生たちは、大学4年間の時間をすべてオンラインで過ごすわけではありません。週12時間のオンラインカリキュラムに加えて、滞在中の都市や長期休暇でのインターンシップや、学生たちが自発的に行う活動など、オフラインの活動も数多くあります。なぜなら、オンラインではしたくないこと、もしくはオフラインでしたほうが良いことがたくさんあるからです。

学生が滞在する都市において、ミネルバは毎週何かしらの体験プロジェクトやイベントを企画・実施しています。これにより学生たちはその都市のコミュニティに深く入っていき、彼らが学んだことを適用し、試していくことになります。これは基本的にはオフラインで、その土地に根付いた実験的な学習体験となります。

オンラインでできないことはたくさんあります。そのため、何をオンラインで実施し、何をオフラインで実施すべきなのか、これらの要素を最適な形で組み合わせています。


研究員:なるほど。オンラインに傾倒しているわけではなく、場所に依存せず実施できるオンラインと、場所を意図的に選んで実施するオフラインが補完し合い、それぞれの特徴を生かしたカリキュラムになっているということなんですね。よく理解できました。



ミネルバ流の学生への就職サポートとは

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研究員:一見風変りでも、話を聞けば聞くほどよく考えられているのがミネルバ大学のカリキュラムですね。このカリキュラムで本質的な学びを得ていく学生が、将来「働くこと」とどう向き合うのか、そのための準備をど う進めていくのかについても伺いたいと思います。学生への就職サポートという面では、どのような取り組みを行っているのですか?


Kenn:ミネルバは他のどの大学よりも多くのことに取組んでいると自負しています。これについては担当のDanに話してもらいましょう。


Dan Curme:一般的な大学だと、3年生か4年生になって初めて就職のサポートが始まることが大半ですが、私たちは新入生の段階から学生をサポートしてきています。このサポートは強制ではないのですが、ミネルバの学生は職を得るということについてとても興味と熱意があるため、1年目からサポートすることが多くなっています。私たちは学生たちと在学期間中ずっと付き合い、学生と1対1のセッション、そして少人数グループでのセッションなどを通じて、コーチングやガイド、様々な機会を提供しています。

私のチームは世界中の企業とつながり、ミネルバの学生に興味のある採用担当者とのパートナーシップを確立することに取組んでいます。その結果この夏は、ミネルバの学生たちは各々、約100社ものサマーインターンプログラムに参加できています。


Kenn:私からは、ミネルバがそういうスタンスをとっている理由について補足します。私たちは学生中心主義の大学です。世間的には教育・育成よりも研究を中心に据えている大学がほとんどです。それはもちろん素晴らしいことです。先端研究は重要であり、世界は確実にその成果を必要としています。ただ、大学が研究にフォーカスしすぎると、そのために教職員を採用し、維持し、大部分の費用をそこに費やすことになります。それは一方で、学生たちが十分にサポートを得られず、学生中心の組織として必要なリソースが得られないことを意味します。

私たちは取組みのすべてに学生を中心において考えています。当然、就職へのサポートもその中に含まれます。それをプロのキャリア開発チームと一緒に進めており、Danのような専門性を持った仲間と協働しています。その結果、ミネルバの学生たちは、他の平均的な大学の学生よりも即戦力が相当高く、知識やスキルの適応能力も高い、と多くの企業やNPO、政府機関、そして教育機関からさえも評価されています。



ミネルバ大学から卒業生への期待

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研究員:このような素晴らしい学校を卒業していく学生たちには、将来どんな仕事についてもらいたい、どんな働き方をしてもらいたいと思っていますか?


Kenn:ワークスタイルとは、個々人がそれぞれ自分のスタイルを持つものだと思います。ただ確かに、我々から学生たちに「こう働いてほしい」といういくつかの期待は持っています。以前の話と被るところもありますが、すべては関連しているということです。

1つ目は、グローバルに働けるようになってほしいということです。ミネルバでの経験と学びを活かして、物事をグローバルに理解し、多様であることを恐れず、世界中の人とコミュニケート&コラボレートして働けるようになってほしいのです。

2つ目は、「イノベーション」に対して十分かつ適切な理解を持ってほしいということです。偉大なイノベーターたちが持っていたスキルを長年かけて習得・体験することで、イノベーションとはラディカル(大々的に起こる)なものだけでなく、インクリメンタル(徐々に)にも起こりうるものである、フェイスブックのようなものを大々的に生み出すだけではなく、日々の変化が積み重なることで起こるイノベーションもある、という本質的な理解を得てほしいのです。

3つ目は、「リーダーシップ」の本質的な理解です。私がこのリーダーシップという言葉で言いたいことは、こういうことです。影響力のあるリーダーシップとは、リーダーとは何か。世界中の様々な業界や地域を見渡したうえで、さらに言うと歴史も紐解いたうえで、影響力のある人々が持つ特徴とは何か。状況を正確に評価・判断し、クリティカルに考えられる能力。複雑な問題に対し、クリエイティブな解決策を思いつける能力。他人と効果的に協働できる能力。
これらはすべてミネルバが学生に対して体系的に教えていることなのです。学生たちにはDAY 1より世界を動かしてほしいとは思っていません。ただ、彼らがこれらの能力を習得していれば、いつか影響力のあることを成し遂げられるだろうと信じています。

4つ目は、broad thinker(幅広く考えられる人)になってほしいということです。昨今の大学教育は、狭く深く、限定的な分野を学ぶ方向に行きすぎるきらいがあります。フォーカスすることは良いことであり、ミネルバの学生も専攻は持っています。しかし、偉大なイノベーターになり、リーダーシップを理解して影響力のある人物になろうとしている人たちにとっては、ルールや文化を横断して見渡し、常に俯瞰して広く考える必要もあります。日本ではどうかわかりませんが、米国では、政治でも、ビジネスでも、学術研究でも、自分の領域に閉じすぎていて、他の分野の人々と効果的に協働することができないのが問題だと思っています。そのためミネルバでは、初年度から様々な原則について幅広く学ぶ授業を提供しています。

以上の4点、グローバルな視点を持ち、イノベーションもリーダーシップも理解したbroad thinkerになってほしい、ということを集約して考えると、従来型の教育と比較して、いかに他人と協働できるか、ということに重きを置いていると言えるでしょう。

他人とうまく協働することは人生において大変重要であり、多様化する社会の中で以前よりもさらに重要性を増してきています。ミネルバの学生たちは、従来型の教育を受けてきた私などよりも、はるかに高いレベルで多様な協働を行える能力を身につけているのです。



社会人にも開かれていくミネルバの世界

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研究員:すでに大学を卒業してしまった私にとって、今日のお話はうらやましいことばかりです(笑)。一方、日本では「人生100年時代」という文脈のもとに、学び直し、という概念も注目されてきています。ミネルバ大学には、社会人も通える大学院プログラムはあるのでしょうか?


Kenn:これはJunkoが担当しているので、彼女から話してもらいますね。


Junko Green:ミネルバは大学院プログラムも提供しており、Master of Science in Decision Analysisという修士号が取得できます。このプログラムは全5コースで構成され、うち3コースは大学生向けの基礎コースをベースとしたもので、レベルは修士向けに高められています。残りの2コースは大学院独自の内容です。21か月のプログラムで、世界中を移動する要素はありませんが、すべての授業はオンラインなので、世界中のどこからでも受講することができます。

日本人の学生は日本から受講できますし、中国からも、米国からも学生は授業に参加することができます。この大学院プログラムは過去数年間のパイロット期間をへて、この秋からに本格的な拡大を予定しています。出願受付をもう間もなく始める予定です。


Kenn:ミネルバのことを聞いて「私も学生の時にこういうことを学びたかった!」という人がたくさんいます。こういう人たちも含め、21世紀のリーダーシップを担い、世界に意義のある変化をもたらすことを目指す人材のために用意されたコースです。より良い決断をすることのできるスキルを身につけてほしい、という思いのもと、このコースをScience in Decision Analysisと呼んでいます。



ミネルバからのメッセージ ~ なぜ?を問うことで考えを深めよ

研究員:今日は貴重なお話を本当にありがとうございました。最後に、日本の学生や社会人に向けて、一言メッセージをお願いできますか?


Kenn:日本の学生には、教育のあり方を真剣に考えてもらいたいと思っています。これは日本の学生を励ますつもりで言っています(笑)みなさんは毎日学校に通い、授業に出て、先生の話を聞いて、テストを受けていますよね?ここで、なぜあなたは学校に行くのか?あなたは何を学ぶべきなのか?ということを今一度考えてもらいたいのです。社会人の方々は、自分はなぜ大学含む高等教育を受けたのか、そして、その教育で自分が得たかったものを得られたかどうかを考えてみてください。

いったん考え出すと、学校に通うことがなぜ重要なのか、学校はどのようなものであるべきか、という考えにもつながっていき、教育のあり方を考えなおすことにつながります。ミネルバの一つのテーマでもある「教育とは何か」「教育はどうなっていくべきか」をすべての人が深く考えていくために、私は日本人に、教育についての「なぜ?」をたくさん聞きたいのです。


ワークスタイル研究所

2017年創設。ワークプレイスを基軸とした新しい働き方に関して、調査・実践研究・発信を通した研究活動を担っている。ワークスタイルコンサルティングや先端的な働き方や働く環境を紹介するオウンドメディア『WORKSIGHT』の発刊を行う。

作成/ワークスタイル研究所(なんか変化より転載)