レポート
書店の未来を「進化思考」で考える
『進化思考』出版記念、公開ブレインストーミング
4月21日に刊行される『進化思考―生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』(海士の風)は人間の創造活動のプロセスを生物の進化のメカニズムから体系的に紐解く大著だ。出版に先立ち開催された、「書店の未来」を進化思考で考えるイベントの様子をレポートする。
パネリスト
■太刀川英輔氏(NOSIGNER 代表・デザインストラテジスト)
進化思考で 書店の未来を切り開く
イベントの冒頭では、『進化思考』の出版元である「海士の風」の代表取締役・阿部裕志氏が挨拶。「海士の風」がある島根県隠岐諸島の離島・海士町について紹介し、「人と人、人と自然の温かい関係をつくる」という出版社のコンセプトに込めた思いを語った。 続いてブックディレクターの有地和毅氏が、今回の会場であり自身も企画・運営に携わっている新しいコンセプトの書店「文喫六本木」について紹介した。 有地:「文喫のコンセプトは、『本と出会うための本屋』。入場料を払って利用するという、新しいスタイルの本屋です。本の世界に没頭してもいいし、本のある空間をただ楽しんでもいいし、仕事をしてもいい。入館者が自由に過ごし方を決める場所です。本屋に行くことが日常ではなくなりつつある今の世の中で、街なかの本屋の価値を再定義したい、本と人との関係をつなぎ直したい...と考えました。そうしたなかで、本と接触する体験ができる空間をつくろうと実験的に始めたのが文喫です」
現在「文喫 六本木」がある場所は、かつては「青山ブックセンター 六本木店」があった場所だ。アート、デザイン、建築関係の書籍がそろう書店として重宝され、デザイナーとしても活躍する太刀川英輔氏も学生時代に通い詰めたという。近年、街の書店が次々と閉店する状況のなか、「書店」という存在をどう維持していくのか。「書店の未来」を考えるのが、今回のテーマだ。有地氏はこう続ける。 有地:「読むという行為だけでつながっている本と人とを、違う方法でつなぎたい。本の読み手だけでなく本の使い手を増やしたい。つまり、本を新たに社会実装したいんです。そのきっかけをつくれるのが本屋なのではないか、リアルな本屋だからこそできることがあるはずだ...そう考えています」人の創造性は 生物進化のメカニズムと同じ
続いて『進化思考』の著者であり、デザインや建築などクリエイティブな領域で幅広く活躍する太刀川氏が、自身が提唱する「進化思考」について解説した。 太刀川:「私は、どうやったら人の創造性は高まるのか、ということをずっと追求してきました。そうしてたどり着いたのが、『創造性って実は生物の進化のメカニズムと同じなんじゃないか』、ということなんです。生物は、変異と適応を繰り返しながら進化していきます。変異はエラー、適応は自然選択で、変異種のなかから環境に適したものが生き残り、さらに枝分かれをし、それぞれが進化していく。これは、私たちが新しいことを考えるときに脳内でやっていることと同じなんです。いろんなアイデアをバーっと出して、そのなかからハマっているものを選ぶ。このアイデアの発散と収束は、まさに変異と適応なんです」 太刀川氏は、変異には9つのパターン、適応には4つのパターンがあり、これに当てはめて考えることで、世の中のあらゆる物事をクリエイティブに思考することができると断言する。
【変異の9パターン】
- 1. 変量:極端な量を想像してみる
- 2. 欠失:標準装備を減らしてみる
- 3. 融合:意外な物と組み合わせてみる
- 4. 逆転:真逆の状況を考えてみる
- 5. 分離:別々の要素に分けてみる
- 6. 交換:違う物に入れ替えてみる
- 7. 擬態:欲しい状況を真似てみる
- 8. 転移:新しい場所を探してみる
- 9. 増殖:常識よりも増やしてみる
【適応の4パターン】
- 1. 解剖:内側の構造と意味を知る
- 2. 系統:過去の系譜を引き受ける
- 3. 生態:外部に繋がる関係を観る
- 4. 予測:未来予測を希望に繋げる
他分野と『融合』することで 書店を変異させる
太刀川氏が提唱する「進化思考」の手法(変異の9パターン・適応の4 パターン)を用いて「書店の未来」を考える公開ブレインストーミングを行うというのが、今回のイベントの肝だ。ここからは、その概要をレポートする。
左から:阿部裕志氏、太刀川英輔氏、有地和毅氏、原田英治氏、中西淳一氏
太刀川:「そもそも、本とはなんでしょう。なぜあるのでしょうか。そんな風にWhyを考えてみる。例えば、人とコップとの関係の本質は液体を口に運ぶことにあるように、WhatのレイヤーではなくWhy、つまり意味にフォーカスすることが重要です。その視点で人と書店との関係を考えると、『情報に触れる体験を豊かにする』ということが考えられます。そして、進化を考えるというのは、その関係性がどういう方向にどう流れてほしいかを考える、ということです」 「次に、本や書店の周辺で何が起こっているか、『生態』(つながりの深い外部ファクター)を整理してみましょう。書店が右肩下がりになった一つのきっかけは、本が情報と物質に『分離』という変異を遂げたことにあると思うんです。書店が扱うのは物理的な本なので、デジタル側にない魅力を突き詰めていくと光が見えるかもしれません」 阿部:「本や書店にまつわる『生態』としては、著者、出版社、印刷会社、取次会社、書店、販売員、読者...というのがありますね」 太刀川:「出版社って、そもそもなぜあるのでしょう?」 原田:「私たち出版社は、テレビでいう番組の制作会社だと思っています。そして書店は、出版社が作った本という番組を世の中に提供するメディア。人はメディアの前に集まりますから、出版社や著者の前ではなく、書店に人が集まるんです」 太刀川:「なるほど。書店がメディアだというのは、腑に落ちる感覚がありますね。Netflixなどのインターフェイスって、書店に『擬態』したのかもしれません。コンテンツのタイトル画像がずらーっと並んでいるのが書店っぽいなと」 有地:「そうですね。書店のメディアとしての機能も、最近はいろいろと分化しているように感じます」 太刀川:「蔦屋書店やMUJIBOOKSみたいに本をインデックスとして使って、それにまつわるプロダクトを置いている書店もありますよね。本をインデックスとして捉えるとおもしろくて、例えば、スーパーマーケットの棚に料理本を置くとかもありですよね」 有地:「パスタの本をみたら美味しいパスタ屋さんに行きたくなるし、旅行本をみたら旅行に行きたくなる。いろんな店舗が入っている百貨店やモールの書店に並ぶ本が、各店舗に誘うインデックスになっている...という側面はありますよね」 太刀川:「ちょっと振り返ってみましょう。本や書店の『生態』(つながりの深い外部ファクター)を掘り下げるなかで、書店はユーザーにとってメディア性のあるものだという意味の部分、Whyの部分が見えてきて、そこから本がインデックスになりうるのでは...という仮説が立ちました。そこから変異させて、インデックスが必要な他の分野のものと『融合』してみようというところまできましたね。他にどんな分野がありそうでしょうか。酒屋さんとお酒の本、建材屋さんと建築の本...あらゆる『融合』が考えられそうですね」太刀川 英輔(Tachikawa Eisuke )
未来の希望につながるプロジェクトしかしないデザインストラテジスト。プロダクト、グラフィック、建築などの高い表現力を活かし、領域を横断したデザインで100以上の国際賞を受賞している。生物進化から創造性の本質を学ぶ「進化思考」の提唱者。主なプロジェクトに、東京防災、PANDAID、2025大阪・関西万博日本館基本構想など。主著『進化思考』(海士の風、2021年)は第30回山本七平賞を受賞。
有地 和毅(Aruchi Kazuki)
日本出版販売株式会社リノベーション推進部 YOURS BOOK STORE事業課 ブックディレクター。2010年日販グループのあゆみBOOKS入社。小説家との書簡を店頭で公開する「#公開書簡フェア」、SNSユーザー参加型の棚「#音の本を読もう」を実施。日本出版販売(株)に出向し、書店店頭を活用した本によるブランディング企画担当を経て、2018年より現職。ブックディレクターとして選書ディレクション、コンセプトメイキングに携わる。「文喫 六本木」のコンセプトデザイン、企画・イベントディレクションを手がける他、企業ライブラリーでの本を起点としたコミュニケーションデザイン、ワークショップ運営などにも取り組む。