組織の力
チームの「創造性」を高める組織運営
「創造性」を発揮しやすい土壌づくりをめざす
「創造性」は組織の成長に欠かせない要素として重視されるが、その定義や評価基準は曖昧な場合が多い。ビジネスの文脈で魔法の言葉のように多用される「創造性」とはどのような力なのか? コクヨ株式会社ワークスタイルイノベーション部コンサルタントの工藤沙希が「創造性」の捉え方とそれを発揮しやすい土壌づくりについて紹介する。
「創造性」は結果論?
「創造性」の発揮は企業の低成長を脱却するためのイノベーションに欠かせず、働き方に関連する文脈においても創造性という語は広く浸透しています。 そして多くの場合、創造性は「新しいアイデアで組織に価値をもたらす力」のような意味合いで使われます。しかしこれを掘り下げると、「アイデアが新しい製品やサービスに昇華され、組織に価値をもたらした」という結果が伴ってはじめて「創造性が発揮された」と評価される、半ば結果論のような理屈に陥りがちです。 とはいえ、創造性の発揮とはまったくのギャンブルであり戦略的な道筋が無いかといえばそんなことはありません。組織における創造性評価についての研究例を参考に、組織が取り組むべき方向性を考えることができます。
「創造性」の定義
社会心理学者でハーバード・ビジネス・スクール名誉教授のテレサ・アマビールは、組織における創造性研究の第一人者です。彼女は「創造性」を以下のように定義しています。 「組織にとって新規性があり、潜在的に有用な製品や慣行、プロセス、手順に関するアイデアの開発」 (※1) ポイントは組織にとって新規性があり、「潜在的に有用なアイデアの」開発というところです。この定義に基づけば、結果として組織に価値をもたらすかどうかが明らかでなくとも、新しいアイデア創出の段階で「創造性」は発揮されているとみなすことができます。 当然ながら、アイデアを企業利益に結びつけるには、その後の技術的な検証や組織内外の交渉など実現に向けた別のプロセスが待っています。「創造性」とはあくまでその前段階でのアイデアづくりに伴う性質であると捉えられるでしょう。 ※1:Amabile, T. M., Conti, R., Coon, H., Lazenby, J., & Herron, M. (1996). "Assessing the work environment for creativity"
職場環境と組織風土が 「創造性」に影響を与える
また、一般的に「創造性」の有無は個人の資質によると考える傾向が強いように思われます。しかしアマビールは、「創造性」の発揮は個人的な要因に影響されるだけでなく、「職場環境・組織風土」からも影響を受けることを、組織の創造性評価指標「KEYS」によって明らかにしました。これは78設問のアンケート形式の調査です。 Amabile, T. M., R. Conti, H. Coon, J. Lazenby, and M. Herron. "Assessing the Work Environment for Creativity." Academy of Management Journal 39, no. 5 (October 1996): 1159. FIGURE 1"Conceptual Model Underlying Assesment of Perceptions of the Work Environment for Creativity" を基に作成
「KEYS」の設問は大きく8つの指標で構成されており、それらは大きく「創造性の奨励」「自律性や自由」「リソース」「プレッシャー」「創造性に対する組織的障害」という5つの分類に分けられます。各グループの項目を見ると、組織運営において、「創造性」を発揮しやすい環境をつくるための方向性が分かります。「創造性」を発揮できる土壌に 求められる行動とは?
8つの指標を5つのグループごとに参照しつつ、「創造性」を発揮できる土壌をつくるには具体的にどうしたらいいのかを考えていきましょう。各項目にある(影響:+ / -)は、「創造性」の発揮にプラスの影響を与えるか、マイナスの影響を与えるかを表しています。
①「創造性の奨励」に関する指標
1. 組織による奨励(影響:+): アイデアに対し、公正かつ建設的な判断を通じて創造性を促す組織文化があること 創造的な仕事に対する報償・評価制度、新しいアイデア開発のためのメカニズム、積極的なアイデア出し、ビジョンの共有 2. 上司による奨励(影響:+): 自分自身がよい見本となり、適切な目標を定め、チームを信頼してサポートし、メンバーの貢献を評価する上司の存在 3. チームによるサポート(影響:+): コミュニケーションが活発で、新しいアイデアを受け入れ、お互いに建設的に仕事に取り組んだり、信頼し合ったり、助け合ったりし、自分達の仕事に専念できていると感じられる多様なスキルを持ったワークグループ(Amabile,1996,P.1166)
「2. 上司による奨励」と「3. チームによるサポート」については、上司や同僚との信頼関係と、自己効力感(self-efficacy:必要とされる行動がうまく遂行できると自分の可能性を実感していること)を得やすい環境が、「創造性」の発揮に作用すると考えられます。すなわち、チームマネジメントにおいては、上司からメンバーへの建設的な評価・支援に加え、メンバー同士が鼓舞し合ったり褒めあったりするムードをつくることが、「創造性」を発揮しやすい土壌づくりにつながると言えます。 また、「1. 組織による奨励」は、「3. チームによるサポート」と一見似ていますが、「3. チームによるサポート」がコミュニケーションや信頼関係といったメンバーシップを表していることに対して、「1. 組織による奨励」は、組織構造やシステム、風土にかかわるものを示しています。 実践的な観点で見ると、チームメンバーが不当な評価をされていないかチェックしたり、組織の中でメンバーの頑張りが正当に評価されるよう働きかけたりすることが効果的でしょう。
②「自律性や自由」に関する指標
4. 自由(影響:+): 自分の仕事について当事者意識があり、自在にコントロールできているという感覚(Amabile,1996,P.1166)
業務における裁量や権限といった「4.自由」を与えられるとワーカーは「創造性」を発揮しやすくなり、反対に、自分の意思ではなく強制的に参加させられたプロジェクトでは「創造性」を発揮するモチベーションを得にくくなると言えます。 仕事を振り分ける際は、相手のワーカーの意志を確認したり、自身で考えたり自分で決定できるような余白を確保してあげるのがよいでしょう。
③「リソース」に関する指標
5. 十分なリソース(影響:+): 資金、材料、施設、情報などの適切なリソースが活用できること(Amabile,1996,P.1166)
「5. 十分なリソース」とは、メンバーが業務遂行のために必要とする情報・資源を手配するなど、メンバーが組織の中で伸び伸びと能力を発揮できる環境を整えることで、これにより「創造性」の発揮が促されます。 組織における働く環境づくりの前提として、情報や時間、設備、資金などができる限り自由に利用できる状況を整えることが重要です。
④「プレッシャー」に関する指標
6. チャレンジングな仕事(影響:+): 挑戦的な業務や重要なプロジェクトに積極的に取り組んでいるという感覚 7. 仕事量のプレッシャー(影響:-): 時間への強いプレッシャー、生産性への過度な期待、創造的な仕事に集中できない状況(Amabile,1996,P.1166)
難易度の高い重要な業務などの「6. チャレンジングな仕事」に取り組めている感覚は「創造性」の発揮につながります。反対に、難易度が過度に低く、取り組み甲斐のない業務に対しては、前向きに取り組むモチベーションが得づらくなると言えます。 一方、与えられた業務が多すぎる、過度な期待をかけられるなど、「7. 仕事量のプレッシャー」があると、「創造性」を発揮しにくくなります。 マネジメントの観点では、常にメンバーの心身への負荷を見ながら、少なすぎず多すぎない適度な仕事量を見極めて配分することが求められます。
⑤「創造性に対する組織的障害」に関する指標
8. 組織による妨げ (影響:-): 内部政治の問題、新しいアイデアへの厳しい批判、激しい内部競争、リスク回避、過度な現状維持志向(Amabile,1996,P.1166)
社内政治や内部競争、アイデアへの厳しい批判といった「8. 組織による妨げ」は、「創造性」の発揮を阻害します。これらは一見切磋琢磨しているような前向きな印象にも映りますが、過度な競争や批判が多い環境、つまり「自分がいつ排除されたり信頼関係を失ったりするかわからない環境」の中では、ワーカーは萎縮傾向に陥り、能力を発揮しづらくなってしまうのです。 組織においては、チームメンバー同士の「心理的安全性」を確保し、失敗や失言を恐れずに安心して取り組める関係性の構築が重要です。 「KEYS」の8項目を参考に、職場環境や組織風土を変えていくことで、「創造性」を発揮しやすい環境をつくりだすことが可能です。ただ注意したいのは、環境が整ったからといって、そこで働く個々のワーカーがみな「創造性」を発揮してくれるわけではありません。これらの環境づくりの目的は、あくまでも「創造性を発揮しやすい土壌を用意する」ことです。
パンデミックによる働き方の変化が 「創造性」の発揮に及ぼす影響
現在は、新型コロナウイルス感染拡大の影響によって、リモートコミュニケーションの機会が急増し、対面で相手の感情や意思を読み取るチャンスが限られてしまっています。そのため「KEYS」の指標にある、「上司による奨励」「チームによるサポート」など、メンバーへのケアのハードルも上がっています。その結果として多くの企業組織で、長期的なスパンで創造性発揮の機会が失われ、その影響を受けると考えられます。 しかしその一方で、在宅ワークやWEB会議の普及によって個々のワーカーは働く場所や時間における「自由」を得ることができ、内部政治などの「組織による妨げ」からも距離をとることが可能になりました。つまり、パンデミックの影響下による新しい働き方は、「創造性」を発揮するうえでプラスに働く可能性も大いにあるのです。 働き方や生活習慣などあらゆることが大きく変動する中で、変化にあわせて新しい価値を生み出すことが、企業組織にとってはこれまで以上に重要になります。目の前の短期的な課題に取り組むのみならず、このように「創造性」を発揮しやすい職場環境や組織風土の土壌づくりを少しずつ進めることが、長期的な視点での新しい価値の創出につながるのではないでしょうか。
【引用】Amabile, T. M., R. Conti, H. Coon, J. Lazenby, and M. Herron. "Assessing the Work Environment for Creativity." Academy of Management Journal 39, no. 5 (October 1996): 1166. TABLE 1"KEYS Scales"より和訳工藤 沙希(Kudo Saki)
コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部/ワークスタイルイノベーション部/ワークスタイルコンサルタント
電機メーカー、アパレル企業、ITスタートアップでのプロダクトデザイン・サービスデザイン部門を経て、2018年にコクヨに入社。働き方のコンサルティング業務のほか、資料作成における社内環境の統括推進活動を主導。