組織の力

2022.05.17

新渡戸文化学園が挑む教員の働き方改革〈前編〉

「生徒の幸せ=教員の幸せ」を実証するために

写真:左)高橋伸明教諭 右)平岩国泰理事長

創立95年の歴史をもつ学校法人・新渡戸文化学園(東京都中野区)では、現職教員の副業・兼業など学校以外での活動を推奨する「二刀流教員」の制度を2020年度から積極的に打ち出している。教育現場は教員一人ひとりに課されるタスクが非常に多く、働き方改革が進みにくい職場といわれている。その中で、伝統校である同学園では何をめざして新たなワークスタイルを採り入れたのか。前編では平岩国泰理事長に、制度導入の意図などを伺った。

教員もサードプレイスを持つことで
視野を拡げることができる

新渡戸文化学園は、小・中・高校のほか子ども園(幼稚園)、短大、アフタースクールを設置する東京都中野区の学校法人だ。
同学園の小・中・高では、教員の副業・兼業をはじめとする学外での活動を奨励する「二刀流教員」制度を推奨しており、教員全体のうち44%は、副業・兼業など学園以外での活動を実践している。
現状では、大学教員、学習塾の講師や企業での教材制作、大学院通学、NPO法人の運営などに取り組んでいる教員がいるという。

大学は別として、学校で教員の副業を積極的に打ち出すケースは珍しい。この制度を推進しているのが平岩理事長。理事長自身も、子どもたちの豊かな放課後をつくる「放課後NPOアフタースクール」の代表理事を務めており、二刀流に取り組んでいる。制度を導入した理由として平岩理事長が挙げるのが「サードプレイスを持つメリット」だ。

「私自身も、会社員として流通業界で10年以上働いてきました。娘を授かったことをきっかけに『子どもたちを幸せにするための活動がしたい』と使命感がわき、副業として放課後の子どもたちを支援するためのNPO法人を立ち上げて活動を始めたところ、本業にもよい影響を実感できました。
活動について職場のメンバーや取引先の方々と話す中で、『うちにも子どもがいるけれど、放課後は目が届きにくくて心配』などと打ち明けてくれた人と情報交換をするなどして距離が近づきました。また、今まであまり接点のなかった方々とサードプレイスで出会えるのは大きな魅力でした」

その経験から、同校の教員たちにも学校を飛び出して活動することで視野を拡げてほしい思いがあったという。

「自由な働き方ができることは、先生方の幸せにつながると私は考えます。先生方の幸せなくして、生徒の幸せもあり得ません。
生徒の幸せに結びつく取り組みとして副業に関する制度を変更しようと学則を調べてみたところ、禁止する項目は見当たらなかったのです。私自身も、『教員の副業は許可されないのでは』という思い込みにとらわれて、当たり前にできることにチャレンジしていなかったわけです。その自戒も込めて2020年から積極的に副業奨励を打ち出し、新たな風を起こそうとしています」

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生徒と社会をつなげる役割を
教員に担ってもらいたい

教員が視野を拡げることで、「先生方に生徒と社会をつなぐ役割を担ってもらえるメリットも大きい」と平岩理事長は語る。

「私たちは、能動的に学びや進路選択ができる生徒が本校で育つことを願っています。そのためには先生方にも、教育現場だけでなくさまざまな場を経験していただき、多様な選択肢を提示できる存在になってもらいたいと考えました。
もちろん副業・兼業などを強制するわけではありませんが、企業や他校といった本校以外のサードプレイスをもつ先生方が増えることで、社会とつながる学校がつくれると期待しました」




教員一人にかかる負担を減らし
学外活動のハードルを下げる

教員が抱えるタスクは膨大である。教員としての仕事と、副業・兼業などの活動を両立できるかどうかが、「二刀流教員」制度を進めるうえでの課題だった。また、副業により一定数の教員が不在になることで「仕事が増えるのでは」といった反発の声が上がることも予想できた。

しかし同校では「二刀流教員」制度の導入と同時期に「チーム担任制」を導入し、1人の教員に過度な負担がかかりにくい体制が整えられている。チーム担任制は、教員1人が1つのクラスを担任する従来のスタイルではなく、例えば教員数人のチームで中学3学年の生徒を担当するといった形式だ。
二刀流を実践するためだけに整えたわけではなく、教員の協働によって生徒全員を担当していこう、という意図からつくった制度だが、二刀流導入においても効果を発揮したという。

「もちろん、二刀流を実践する教員とそれ以外の教員ではやはり労働時間などに差があるため、先生方の間である程度の葛藤はありました。それでも、この制度を採り入れて結果的によかったと実感するのは、先生同士のコミュニケーション量が倍増したからです。生徒に関する情報とあわせて、新しいワークスタイルについて先生方の間で共有する機会もあり、本校専任の先生も刺激を受けているようです」

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チャレンジする教員の姿に影響を受けて
一歩踏み出す生徒が増えた

教員同士のコミュニケーションが増えたことに加えて、二刀流の制度は生徒にも好影響を及ぼしている。詳しくは生徒や保護者へのアンケートなどで検証する予定とのことだが、現時点でも生徒に著しい変化がみられるという。

「本校の教師は、指導するというより『伴走する』というスタンスで生徒と関わっています。その先生方自身が学外でアクティブに学んだり働いたりしている姿に、生徒が共感するのは当然でしょう。人前で話すのが苦手だった生徒が自分から『朝礼で発表したい』と申し出てくれたり、調べたいテーマを積極的に探したりと、一歩踏み出す姿がみられるようになりました」




成功も失敗も公表することで
日本中が変わるきっかけをつくりたい

同校の挑戦は「学園の教師や生徒が変わること」だけでは終わらない。平岩氏は「公立校を含む日本中の学校が進化していくのを促したい」という希望をもっている。

「この2年間には、公立校から本校に異動してきた先生もいます。その中には、『公立校をよりよく変えたい』という思いを持っている方が少なくありません。
私立校では公立校より新しい取り組みに挑戦しやすい面があり、振り切った事例をつくることも可能です。たくさんのチャレンジをして、うまくいった事例も反省点も公表することで、日本中の学校がよくなるきっかけを創出できるのではないでしょうか」

学校は、「0→1」をつくりだすことが苦手と言われる。「社会を変えたかったら実践家であれ」という想いを抱く平岩理事長が同校で手がける挑戦は、教育現場においては画期的なものだ。
「前例がないからやらない」ではなく、「リスクも見越したうえでやってみる」という発想は、学校以外の職場においても参考になるはずだ。

後編では、二刀流教員として新渡戸文化学園で活躍する先生の取り組みを紹介する。





学校法人新渡戸文化学園

1927年に、女子文化高等学院として創立。初代校長は新渡戸稲造氏。その後中野区に移転し、幼稚園・小学校・中学校・高校と短大を設置して、学校法人新渡戸文化学園に。2019年から実践している「二刀流教員」の取り組みは、2021年にリクルート主催の「GOOD ACTIONアワード」で入賞。

文/横堀夏代 撮影/高永三津子