組織の力
オフィスリニューアル、そして、新しい働き方へ
Smart, Connect, Play fashion!〜アパレル大手・アダストリアの挑戦〜
GLOBAL WORKやniko and…、LOWRYS FARMなど30を超えるブランドを国内外で展開する、アパレル大手の株式会社アダストリア。2020年から2021年にかけて渋谷ヒカリエの東京本部オフィスをリニューアルし、フリーアドレスの導入、「フレキシブルワークスペース」の新設など、新しい働き方に対応したオフィスへと生まれ変わった。リニューアルの背景やプロジェクトのプロセスについて、同社総務法務部長の白倉和雄氏、管理本部シニアマネジャーの諸戸ちひろ氏に伺った。
柔軟で多様なスタイルを浸透させるため、 オフィスのあり方を見直し、働き方を変える
アダストリアが東京・丸の内に3つあった拠点を統合し、渋谷ヒカリエに東京本部を移転したのは2017年6・7月のこと。2015年3月に3社が統合して以来、「一体感ある組織風土をつくることが社としての課題であり、移転に際しても最重要テーマの一つだった」と移転プロジェクトを担当していた諸戸氏は振り返る。その約2年後、経営陣がコクヨのオフィスを見学する機会があり、木村治代表取締役社長が衝撃を受けたことが、オフィスリニューアルの直接のきっかけとなった。 「木村は、コクヨさんのオフィスのあり方や働き方に強く共感し、インスパイアされたようです。2019年の秋頃には働き方改革やオフィスの見直しの検討を開始しました。」(諸戸氏) 当時はフレックス制度やリモートワーク制度はあったものの、実際にリモートワークをしているのは仕事と育児や介護を両立する社員に限られており、また、座席は固定だった。木村社長は、これをより柔軟で多様なスタイルにし、社員間のコミュニケーションを活性化させたいと願っていたという。 「2020年2月、子会社がオフィスを移転することになり、木村の意向でフリーアドレスを先行導入しました。これが社員に好評だったことから、ヒカリエについてもフリーアドレス化を導入したいという木村の希望があり、導入を本格的に検討することになりました。」(諸戸氏) 写真:諸戸ちひろ氏
大事なのは、社員の意見に耳を傾け、 巻き込むこと
しかし、このタイミングで突如、コロナ禍に突入。アダストリアでは2020年3月末から、原則・在宅勤務となった。 「すでに働き方改革について前向きに検討していたこともあり、緊急事態宣言が出される前に即座に在宅勤務に切り替えました。コロナ自体はネガティブな要素ではありますが、働き方の転換が加速したという意味では、タイミングが良かったと思います。とはいえ、当時は慣れないリモートワークに、困惑もありました」(諸戸氏) 想定外の状況でリモートワークが進むなか、2020年6月に、オフィスリニューアルのための「オフィス最適化プロジェクト」が立ち上がり、本格的にオフィスのリニューアルについて検討が始まった。オフィスのあり方を見直すと同時に、従来の働き方を変えるというのも柱の一つで、プロジェクトはその2軸で進められた。 「各部署からさまざまな職種のメンバー40名ほどに集まってもらい、オンライン(一部対面)で3回シリーズのワークショップを行いました。社員目線での今後のありたい姿と、どのようなワークスタイルや機能が必要か意見を出し合い、それを実現するためのオフィスの要件を検討していきました。ここで出た意見を踏まえて、翌年には『Smart, Connect, Play fashion!』というコンセプトをつくりました。クリエイティブなものづくりや発信の拠点とし、仲間が集いつながる場所に、そして、当社のミッションである『Play fashion!』を体現できる場所にしよう...という思いを込めています。ワークショップを通して、社員の意見に耳を傾けることの重要性に改めて気づきました」(白倉氏) 写真:白倉和雄氏
「サンプルスペース」を設置し、 アパレルならではの収納問題を解決
このコンセプトに基づき、プロジェクトチームでは多様な働き方とフリーアドレスを前提としたオフィスを検討していった。 フリーアドレスを検討するなかで課題となったのが、大量のサンプル品の置き場所だった。アパレル業界では、商品開発のプロセスで多数のサンプルを制作する。衣服だけでなく雑貨も取り扱うためかさばるものも多く、「ペーパーレスよりもずっとハードルが高い」と諸戸氏は苦笑する。 そこで新たに設置したのが、「サンプルスペース」だ。従来はブランドごとに複数箇所で管理していたサンプル品や生地見本などを、集約して収納するようにした。とはいえ、スペースには限りがある。プロジェクトチームでは削減目標値を45〜55%に設定し、各ブランドや生産部門には、「収納量は従来の約半分にしてほしい」と依頼した。 「サンプル品をどこまで残すかはブランドごとに考え方が異なるので、全社的な基準は設けず、ブランドごとに必要なものだけを残すようお願いしました。収納場所がないからという理由で、商品やサービスの質が落ちてしまったら本末転倒ですから、そこはブランドの判断に委ねました」(諸戸氏) さらに、執務スペースや大会議室をリニューアルし、新たに「フレキシブルワークスペース」を新設した。 「執務スペースは、ブランドや部門ごとに大まかにエリアが決まっていますが、基本的にはフリーアドレスです。大きく分けるとブランドの商品企画や店舗運営を行う営業部門と、商品をつくる生産部門があるのですが、営業部門の人は生産部門のフロアやエリアに座ってはいけないなどのルールはなく、自由に行き来している印象です。偶発的なコミュニケーションが発生するよう、あえて回遊性を高め、人と人とがすれ違うような動線にしてあるのもポイントです。 フレキシブルワークスペースには、目的や用途、気分に応じて選べるよう、オンラインミーティング用の遮音ブース、ソロブース、ソファ席、丸テーブル、カフェタイプのデスク、オープンなミーティングスペースなど、さまざまな形態のワークスペースを設置しています。集中したいときはここに来るという社員も多いですし、会議室の数が減ったぶん、少人数のミーティングや社外の人との商談などにもよく使われています」(白倉氏)
トップからの明確なメッセージが、 社員を変化に対して前向きにさせる
新しい制度の導入に当たっては、ある程度の反発は必ずと言っていいほど出てくる。アダストリアの場合は、フリーアドレス導入への反発をどう乗り越えたのだろうか。「大きかったのは、トップからの明確なメッセージがあったこと」と諸戸氏は言う。 「社長の木村には、オフィスをこう変えていくんだ、新しい働き方に挑戦していくんだ、という具体的なイメージと明確な意志がありました。そこで、それを意識的に社内に発信してもらうようにしました。例えば、先行してフリーアドレスを導入した子会社のオフィスを、木村がレポーターになって紹介する動画を配信したり、経営陣の会議で方針を伝えたり、社員を集めたワークショップの中で伝えたり。当社のバリューの一つである『新しいことに挑戦し、変化と成長を続けます』と紐づけて、一貫性のあるメッセージとして発信し続けました。そのなかで、トップがこう言っているんだからやるかと、社内にも前向きに捉える空気が醸成されていったように思います」(諸戸氏) トップダウンの意思決定だけでなく、プロジェクトチームが丁寧に各ブランド・部門のヒアリングをしたことも大きかった。「上から言われるままにやるのではなく、自分たちの意見を出したうえでの決定だからこそ、前向きに取り組めたのだと思う」と諸戸氏。同社ではニーズに応じてオフィスの小規模な改修やリニューアルを重ねてきたこともあり、「変化に対して柔軟性がある。また、コロナ禍を経験し、昨日までの常識がある日突然大きく変わることを体感したからこそ、オフィスを変えることについても前向きに受け止められたのではないか」と考察する。 また、白倉氏は、自身も「最初は違和感と不安があった」と振り返る。 「オフィスに自分の席があり、そこで仕事をするのが当然だったので、固定席がないことへのネガティブな思いはありました。収納に関しても、書類などは個人ロッカーには入りきらないだろうし、サンプル品もたくさんあって絶対的に収納スペースが足りないだろうと思っていました。でも、いざ蓋を開けてみると、結構いらないものが多くて、意外とできるもんだと思いました。今では荷物はカバン一つだけ。どこでも仕事ができます。フリーアドレス導入にあたっては、反対する人を説得するよりも、とりあえずやってみることが大事だと感じました」(白倉氏)
リアルの価値とリモートの良さを 最大限に活かせる働き方を
2021年7月頃からブランドごとにフリーアドレス化を徐々に進め、新たに出てきた課題にはその都度対応してきた。諸戸氏は「新しいオフィスになってすべての課題が解決したわけではない」としつつも、「新しい働き方を含めて、社員には概ね好評」と言う。 「フリーアドレスでいろんな人が近くに座るようになったことで、仕事上の雑談が増えた、という声をよく聞きます。これまでは、自分の担当以外のブランドについては、何をやっているのかよくわからなかったのが、『お久しぶりです、最近何やっているんですか?』から始まる会話を通して、他のブランドの動向を知れたり、業務改善のヒントになったり。ブランドや部門を越えた交流が生まれているのは、とてもよいことだと思います」(諸戸氏) また、感染状況が落ち着いてきた現在も、出社率は一定ラインに抑えられている。「リモートワークをやめるという意思決定にならなかったのは、新しい働き方に変えていこうという気運が、会社全体で高まっていたから」と諸戸氏。出社日が集中してもオフィスがうまく稼働するよう、それぞれが他部署の動きを意識しつつ自発的に調整している。 「出社率を何%にしよう、というような数値は掲げていません。ブランドや職種によって仕事のやり方は違いますから、一斉にルールで縛ることはできないと考えています。一方、リモートワークばかりになってしまうのも問題で、社長の木村からは、アダストリアではリアルなコミュニケーションを今後も大切にしていこう、というメッセージが発信されています。もっとも重要なのは、組織やチームの生産性を高めること。そこを判断基準に、出社なのかリモートなのかはブランド・部門内でマネジメントしてもらっています」(白倉氏) 新しい働き方と新しいオフィスで、挑戦を続けるアダストリア。「オフィスはできて終わりではなく、変わっていくもの」と諸戸氏は言う。 「楽しみながらやる、ワクワクする、を大事にしている会社なので、今後は、オフィスをより良くすることを、社員が自分ごととして捉えられるようにしていきたいです。具体的には、コクヨさんのオフィスカイゼン委員会のような委員会を立ち上げたいと考えています。自分たちが変えていく、進化させていくオフィスづくりに、これからも取り組んでいきます」(諸戸氏)
株式会社アダストリア
1953年、茨城県水戸市にて、紳士服小売業者・株式会社福田屋洋服店として創業。1984年より販売店のチェーン化を進め、急速に成長。現在は、カジュアルファッション専門店チェーンとしてグループで30を超えるブランドを有し、国内外で約1,400店舗を展開する。働き方改革のほか、素材の見直しやサーキュラーエコノミー事業への挑戦など、サステナビリティにも積極的に取り組んでいる。