ライフのコツ
2014.02.05
わが子の将来のためにいまするべきこと
こどもに“種”をまくための4つのしつけ
こどものころのしつけが、将来の年収に影響する? これは、京都大学の西村和雄特任教授が発表された『基本的モラルと社会的成功』という論文の内容。大人になったときの生活や人格と、こどものころに受けた教育や習慣との関係を実証する研究は少ない。今の育て方が大人になってからの社会的成功に影響するのだろうか?研究の結果から、こどもにするべきしつけについて伺ってきた。
- 大きくなってからでは、身につかないことがある
- 西村教授は、これまで長期に渡り『数学学習・理科学習と所得の関係』を調査されてきた。「小さいときの勉強で大切なのは国語と算数、それに英語。言語である国語が大切だというのは、脳科学の実験結果などでたくさん立証されてきました。算数の勉強は数の概念を知り、立体や空間の感覚をつかむことができます。英語は音に慣れ、耳をつくっておくには、やはり小さいうちがいい」。
それらの勉強に加えて、もうひとつ大切なのは道徳や規範であると西村教授は語る。「道徳や規範は、小さいときに身につけないと本当の意味で身につくことができません。大学生・高校生に教えてもあまり効果はないでしょう。最低でも小学校低学年までには教えるべきなのです。道徳というのは、考え抜いて出てくるものではありません。記憶の中に入っているものが、意識となり、モノゴトを決めるときに道徳的に判断できるのです。だからこそ、まず知っていることが大切です。たとえば"ウソをついてはいけない"のように、知っておかなければならないことがあるのです」。
つまり、潜在意識の中になにも記憶されていなければ、道徳的にはなりえないということ。小さいときに何度も言われたこと、それが道徳の基礎となるのだ。極端に言えば、言われたことがなければ、"ウソをついてはいけない"ということを知らないまま大人になってしまうことさえ考えられる。
逆に言うと、こどものときに言わなければいけないことは、ほぼ決まっていると言えるのだろう。それを証明するために西村教授は、社会人を対象に『こどものときに言われて記憶していること』についてアンケートを行った。
さらに、その人たちの所得や学歴なども回答項目に加えることで、"こどものころのしつけと大人になってからの所得"について調査をまとめた。それが今回研究発表された『基本的モラルと社会的成功』だ。
「将来成功するしつけなら、きっと皆さんやる気になるでしょう。『いいことだからする』だけでは、誰もやる気にならないと思ったことが調査のきっかけです」。 - 理解させるのではなく、覚えさせること
- そもそも、教えるとは何なのだろうか? 「規範を幼い子に教えるということは理解させることというより記憶に残させる。そのためには、まず繰り返すこと。だから、言葉としては短いほうがいいのです。普遍性がありながら、抽象的すぎない言葉を選びましょう。『生きるチカラを身につけなさい』と言っても、大切なことではあるけれども、抽象的過ぎてわからないですよね? その反面、具体的すぎると普遍性がなくなります。また、教える数は5つ以内がベストです」。
このアドバイスはあくまでもしつけのため、規範のベースをつくるための言葉として必要なこと。それ以外でたくさんのことを伝えることを否定するわけではない。西村教授いわく「親が自信をもって伝えることが重要」だそうだ。 - 種をまかなければ、花は咲かない。
- 西村教授の研究『基本的モラルと年収』では、平均年齢43.27歳、平均所得346.25万円の社会人15.494人に対して、8つのしつけについて、言われたことがあるかどうか(記憶しているかどうか)を質問した。8つのしつけとは、以下のとおりである。
"ルールを守る"
"あいさつをする"
"他人に親切にする"
"勉強をする"
"親の言うことを聞く"
"うそをついてはいけない"
"ありがとうと言う"
"大きな声を出す"
その結果、以下の4つのしつけが将来の労働市場の評価にとって重要であることがわかった。
それは、
"うそをつかない"
"他人に親切にする"
"ルールを守る"
"勉強をする"
この4つを基本的モラルと位置づけ、分析。その結果について、西村教授はこのように語る。
「学歴は4つの基本的モラルを覚えている人が高い。所得も同じ結果でした。しかし、4つ全て覚えている人と1つでも欠けた人では学歴・所得ともに大きな差がありました」。
基本的モラルを4つすべて受けた人は、1つでも欠けた人よりも、約64万円も平均収入が高くなる(図1)。さらに、4つすべて受けた人と、ひとつも受けていない人の差はさらに開いて約86万円の差が出る(図2)。
さらに、西村教授の研究では、しつけが倫理観に与える影響についても調査している。例えば、"勉強しなさい"だけを言われた人は、合理的になり、年老いた親の面倒を見なくてもよいと考える傾向が強くなったり、"他人に親切にする"だけを言うと、急いでいる人が行列に割り込む姿を見ても急いでいるのだからしかたがないと許すので、行列に割り込む行為をしてはいけないと考えなくなる傾向がでたのだそうだ。
この結果から、4つの基本的モラルは、どれか1つが欠けただけで、倫理的でなくなってしまう可能性があるということがわかる。つまり、4つの基本的モラルをバランスよく、しっかり覚えさせることが大切だと言える。
さらに教え方のアドバイスもいただいた。
「解釈や意味もいっしょに教える必要はありません。これらは、あとから考えるための"種"です。でも、その"種"がないとあとから考えることができなくなります。だから、幼児のころにしっかりと"種"をまく必要があるのです」。- 4つのモラルは、子育てに一貫性ももたらす
- 「子育てで最も重要なことは"一貫性"です。母親が良いと言っているのに父親はダメと言うというようなことはしてはいけません。逆に一貫性があれば多少むちゃな教え方でも大丈夫です。4つの基本的モラルは子育てで一貫性を保つためにも重要なのです。大切なことは他にもたくさんありますが、基本がないといけません」。
たとえば"あいさつをする"は『基本的モラルと年収』の分析で、年収に大きく差がでないという結果が出たそうだ。これはなにもあいさつが重要ではないということではない。あいさつは、4つの基本的モラルを身につけてから教えるべきものだということだ。「モノゴトには順序や基礎があります。大切なのは本質的なことなのです」しつけというと、アレはダメ!コレをしなさい!というイメージを持ちがち。でもじぶん自身を振り返ってみてどうだろうか?ずっと言われつづけてきたことの方がアタマに残っているという方も多いのではないだろうか。しつけは教えるのではなく、繰り返して覚えさせること。そう考えると、うまくこどもにも実践していただけると思う。
西村 和雄
経済学者。京都大学名誉教授。神戸大学特命教授。東大卒業後,ロチェスター大大学院に学び,ダルハウジー大助教授、東京都立大助教授、京大経済研究所教授、同研究所所長、パリ大客員教授、同志社大客員教授などを歴任。専門は数理経済学,複雑系経済学で景気循環や経済変動の研究で知られる。日本経済学会会長,NPO日本経済学教育協会会長なども歴任。24年紫綬褒章。同年学士院会員。北海道出身。著作に「ミクロ経済学入門」「世界一かんたんな経済学入門」「複雑系経済学とその周辺」など。
文/田中陽太(田中有史オフィス)撮影/本郷淳三