組織の力
2017.11.06
個人と組織の可能性を拡げるパラレルキャリア〈前編〉
「キャリアが財産」の時代におけるワークライフバランスとは?
企業で働きながら兼業や副業に取り組んだり、身近なコミュニティに所属して社会活動を行ったりと、多様なワークライフバランスを実践するビジネスパーソンが近年増えつつある。人的資源管理や雇用の研究に従事し、働き方やキャリアに関する著書も多い法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授は、このような生き方を「パラレルキャリア」と位置づける。そして、「今後の社会では、パラレルキャリアが個人にも組織にも求められるようになる」と予測する。パラレルキャリアのあり方や意義について、前編ではビジネスパーソンとしての個人の視点から検証していこう。
パラレルキャリアとは
「人生で複数の役割を持つこと」
「パラレルキャリア」とはもともと、アメリカの経営学者であるP・F・ドラッカーが1990年代に著書の中で使った言葉だ。ドラッカーは「本業を持ちながら社会活動を行うこと」をパラレルキャリアと定義づけている。
またアイルランド出身の経営学者C・B・ハンディは、「人生には有給ワーク(雇用や自営業、兼業・副業)・家庭ワーク(家事や育児、介護)・ギフトワーク(ボランティアや社会活動)・学習ワーク(学び直しや勉強会)という4つのワーク(役割)があり、さまざまな役割を組み合わせることで人生が豊かになり、学びが得られる」と提案している。石山教授はこれらの説を統合し、パラレルキャリアを次のように定義する。
「パラレルキャリアとは、組織での仕事や社会活動、家事や育児、趣味の活動や勉強会への参加など、人生において複数の役割を持っていることだと私は考えています。たとえば、組織に雇用されながら兼業・副業を行うことも同様です。人生の一時期には、有給ワークなど特定の役割が生活の多くを占めることもあります。しかし人生100年の時代が現実となってきている今、ほかの役割もつくっておかないと、有給ワークという役割が終わってからの数十年を無為に過ごすことになってしまいます。多様な役割を持って生きるパラレルキャリアは、すべての人に求められているのではないでしょうか」
近年、「プロボノ」(仕事で得たスキルや専門知識を生かして社会活動を支援すること)や兼業・副業など、いわゆる「本業以外」でも活躍するビジネスパーソンのあり方が、メディアでよく取り上げられている。石山教授の定義から考えると、これらもすべてパラレルキャリアの一形態ということになる。
「雇用の時代」から
「キャリアの時代」へ
ではなぜ今、パラレルキャリアという生き方が注目されているのだろうか。石山教授は要因として、職業や労働における環境変化をまず挙げる。
「現在の日本では、労働者の約9割が雇用という形態で働いています。しかし、1950年代前半までさかのぼると、働き手のうち雇用されているのは約5割で、自営業や複数の兼業・副業を行って生計を立てる人もたくさんみられました。雇用による働き方が中心になったのは、高度経済成長以降の50年あまりのことなのです」
1950年代中盤からの雇用人口増加によって、組織の生産性は上がり、日本の経済発展は加速した。この変化は働き手の意識にも変化をもたらし、「終身雇用・年功序列という安定した雇用条件で働くことが幸せ」という価値観が浸透した。2015年実施の「第7回勤労生活に関する調査」においても、全回答者のうち終身雇用支持者は87.9%に達した。年齢別に見ても、20代が87.3%、30代が88.4%といずれも高水準だった。
しかし21世紀になると、国際競争の激化や技術変化のスピード加速によって、いずれの企業も「必ず長期間存続する」とはいえなくなった。そうなると当然、安定した雇用も保障されなくなる。
「そこで大切になるのが、ワーカー一人ひとりが自律的にキャリアをつくることです。不確実性の高い社会に適応するためには、組織に頼るだけでなく、自らキャリアをデザインし、行動することが求められます」
石山教授が20~30代のビジネスパーソンにヒアリングを行うと、「就活でも苦労したし、もちろん安定に越したことはない。でも今の時代、必ずしも終身雇用が保障されているわけではないから、自衛手段としてキャリア形成を考え、社外活動に目を向けている」という声が目立つという。また、「ワークライフバランスを大切に、自分らしく働きたい」という意見も出てきている。パラレルキャリアの拡がりは、このように複合的な変化がきっかけとなって起こってきたものといえそうだ。
石山 恒貴 (Ishiyama Nobutaka)
法政大学大学院政策創造研究科教授。NEC、GEにおいて人事労務関係を担当し、米系ヘルスケア企業の執行役員人事総務部長を経て現職。人材育成学会理事などを務め、人的資源管理や雇用の分野で精力的に研究活動を行う。著書に『時間と場所を選ばないパラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社)や、『組織内専門人材のキャリアと学習』(日本生産性本部生産性労働情報センター)など。