組織の力

2017.12.27

MOOCが企業の人材戦略を進化させる〈後編〉

学ぶことがアドバンテージになる社会へ

「MOOC(ムーク)」(大規模公開オンライン講座)を通じて自律的に学習するスタイルが世界中に広まり、新しい学び方として注目されている。MOOCでの学習を武器に就職や転職を果たしたり、企業が社員研修に活用したりする事例も、アメリカを中心に増えている。後編では、日本における活用状況や今後の展望について、MOOCの推進活動に取り組む一般社団法人「日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)」で事務局長を務める福原美三氏にお聞きした。

「すべての人に“日本語で学べる“
高等教育の機会を提供する」

日本のMOOC普及を加速させたのが、日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)だ。JMOOCは2013年秋に設立され、OUJ MOOC(放送大学)やgacco(株式会社ドコモgacco)など複数の配信プラットフォーム(設立当初は2、現在は4)をまとめるポータルサイトを立ち上げて2014年に講座提供を開始した。福原氏はJMOOC設立の経緯について語る。
「大学の授業を無料でオンライン受講できる取り組みは、日本でも2005年から始まっていました。ただしアメリカなどと同じく、受講者へのサポートや取得した知識を証明する手段がないなど、学習側にとって不便な点が多々ありました。さらに国内の参加大学が少なく受講できる講座数が少ないことも課題でした。これらの問題を解決すべくJMOOCを立ち上げたのです」
JMOOCではこれまで、大学や専門学校、民間機関などによる講座を配信している。2017年11月末までに累計で217の講座が開講されており、『しあわせに生きるための心理学~アドラー心理学入門~』(早稲田大学)といった人文・社会科学分野から、『社会人のためのデータサイエンス演習』(総務省統計局)などのコンピュータ科学まで、多彩な内容で展開されている。他国のMOOCと同じく、いずれの講座も「(10分程度の講義ビデオ+確認テスト)×5~10セット」という構成で、1か月程度で学び終わる内容になっている。一定基準をクリアすれば、修了証が取得できる。
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幅広い年齢層がスキルアップや
知的好奇心充足のために活用

2017年11月現在で、JMOOCへの登録者数は約41万人。のべ学習者数は77万人を超える。興味深いのは登録者の年齢分布だ。20代・30代・40代・50代がいずれも約2割、60代が約1割と、幅広い年齢層が均等にみられるのだ。
比較のためにアメリカの登録者分布にも注目してみよう。MOOCの大手配信プラットフォームであるedX(エデックス)が公開している登録者の年齢内訳を見ると、20代と30代で圧倒的に多い。特に20代の割合が全体の45%を占めている。福原氏は日米における登録者分布の違いについて、社会構造の違いに原因があるのではないか、と分析する。
「アメリカでは、MOOCで学ぶことでキャリア実現をかなえようとする受講者が多いのは確かです。また、企業と学習者のマッチングの場としても認知されつつあります。そもそも、採用の際に個人のスキルや知識が重視されるアメリカにおいては、学んだ内容がキャリアに直結しやすいですから、就職や転職の機会が多い20~30代が多数を占めるのも当然のことなのです」
一方で日本では、「現在のところは生涯学習の一環や、知的好奇心の充足を目的として活用する人が多いようです。受講者にインタビューすると、『文系学部の出身だが、MOOCの講座を通じて理系分野にも幅広く関心を持つようになった』など、自分自身を再発見できたという声をよく聞きます」と福原氏は語る。
「ただし今後は、政府が掲げる“人生100年時代構想“の実現によって、中高年層が新たな雇用に向けてスキルアップのためにMOOCを活用するシーンも増える可能性があります」
さらに、都内の企業に勤めるある女性学習者は、「『文化翻訳入門』の受講がきっかけとなって、定年退職後に日本語教師を目指すことを考え始めた」と語っているそうだ。MOOCは知識やスキルを身につけるためのツールとして機能するだけではなく、次のキャリアに向けて背中を押す役割も担っているようだ。
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日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)

「学びによる個人の価値を社会全体の共有価値へ拡大するMOOCの実現」をミッションとして2013年11月に設立。配信プラットフォームをまとめるポータルサイトを構築し、2014年4月より大学などが制作する講座の提供を開始。3年間で200以上の講座をリリースし、学習者数は累計で77万人に上る。2016年度からは、企業と提携して行った調査結果を元に社会人向け学び直し基礎講座「理工系基礎科目シリーズ」の提供を開始した。アジアにおける各国MOOCとの協力体制づくりにも力を入れている。

文/横堀夏代 撮影/石河正武