ライフのコツ
2018.01.17
21世紀に求められるPISA型学力-前編
「PISA」とはどのような調査なのか?
日本のこどもの学力が上がった、下がった、世界で何位だ…という報道を見聞したことのある人も多いだろう。その基準となるのが「生徒の学習到達度調査(PISA:ピザ)」という国際調査であり、昨今は国内の教育関係者の間で「PISA型学力」という言葉も使われるようになっている。そもそもPISAとはどのような調査であり、PISA型学力とはどのような学力なのか。国内におけるPISAの調査・分析を担う文部科学省国立教育政策研究所で研究員を務める小田沙織さんに、疑問をぶつけた。
- 知識を実際の問題解決に
活用する力を測る国際調査PISA - OECD(経済協力開発機構)では、将来的な世界経済の発展をめざすうえで教育・人材育成の視点が不可欠であることから、国際調査「生徒の学習到達度調査(Programme for International Student Assessment)」(以下、PISA)を実施している。2000年にスタートし、3年ごとに行われているこの調査に、日本も初回から参加している。調査対象は、多くの国で義務教育修了段階にあたる15歳、日本の場合は高校1年生。学校や生活の中で学んできたことを社会生活で直面するさまざまな課題に活用する力がどの程度身についているかを測ることを目的とし、「読解力」、「数学的リテラシー」、「科学的リテラシー」の3分野を中心に調査が行われる。これが「PISA型学力」。なお、「PISA」は「ピサ」と読みがちだが、「ピザ」が正しい発音になる。
- 「知識の有無ではなく、持っている知識を活用し、実際の問題に対応できるかを測る問題が出題される」と話す小田さんに、わかりやすい問題例を挙げていただいた。
- これは、PISAの結果を受けて開始された全国学力・学習状況調査の出題例だが(同調査が開始された経緯については後編で解説)、PISAでも同様の問題が出題される。「中央公園」を例に挙げると、その面積を求めるためには、地図全体を読み解き、底辺が70m、高さが150mの平行四辺形であると気づく必要がある。つまり、「平行四辺形の面積=底辺×高さ」という知識を実際の問題解決に応用する力が問われているのだ。
- さらに、PISAは2015年の調査から、従来の筆記型テスト(ペーパーテスト)からコンピュータ使用型テストに切り替わり(一部の国を除く)、コンピュータ上で自ら実験をしながら問題を解いていくようなシミュレーション型の問題も出題されるようになった。
- こうした実験をしながら解を導き出す問題が出題される意義について小田さんは、「何が起こるかわからない時代を生き抜くために、未知の課題に対応できる力、新しい価値を創造できる力を身につける必要がある、ということをPISAの問題は表している」と分析する。
- 3分野のうち「科学的リテラシー」と「数学的リテラシー」については文字通り科学的・数学的な学力が問われるが、「読解力」は論理的に読み取り解釈する力を意味し、一般的に「国語力」と呼ばれる力とは若干異なる。具体的には、資料や人の意見を読んでそれが何を意味するかを読み解く(テキストの理解、利用、熟考)といった問題が出題される。また、3分野に加えて、今後必要になるであろう能力を測る革新分野(イノベーティブドメイン)も出題される。過去には、問題解決能力(2003年、2012年)が出題され、2015年の協同問題解決能力を測る調査ではコンピュータのチャット機能を利用して仲間とともに問題解決にあたるというスタイルが取り入れられた。小田さんによると、「仲間といっても実際はコンピュータにプログラミングされた相手であり、真の意味で協同なのかと研究者の間では疑問の声も上がっている」そうだが、新たな調査手法として関心を集めている
- 世界トップレベルの学力を有する一方で、
意欲や関心が低く、学びへの態度が消極的 - 最新(2015年)のPISA調査には、72の国と地域から約54万人が参加。日本国内では、198の高校(中等教育学校後期課程、高等専門学校を含む)から約6,600人の生徒が参加した。なお、参加校は、公立・私立や学校の種別のバランスを考慮したうえで無作為に選出されている。結果は2016年12月に公表され、国立教育政策研究所では結果概要として次のようなコメントを出している(一部改定)。
- 1.科学的リテラシー、読解力、数学的リテラシーの各分野において、日本は国際的に見ると引き続き平均得点が高い上位グループに位置している。
- 2.前回調査と比較して読解力の平均得点が低下しているが、これについては、コンピュータ使用型調査への移行の影響などが考えられる。
- 3.今回調査の中心分野(※)である科学的リテラシーの平均得点について、3つの科学的能力別に見ると、日本は各能力ともに国際的に上位に位置している。
※調査では毎回、3分野のうち1分野を「中心分野」とし、学力に加えてその分野についての学習法や興味・関心の度合いなども調査している。 - 4.生徒の科学に対する態度については、OECD平均と比較すると肯定的な回答をした生徒の割合が依然として低いものの、例えば自分の将来に理科の学習が役に立つと感じている生徒の割合が2006 年に比べると増加するなどの改善が見られた。
- 「PISAの結果に対しては、順位の変動やマイナス点を強調する報道が目立ちますが、客観的に見ると、日本は世界の中でもトップレベルの高い学力を維持しているといえます。知識偏重型と言われてきた日本の教育ですが、PISAの結果が良いということは、知識を活用する力もありPISA型学力が身についているということです。これは、生徒本人はもちろん教師や保護者の努力の証でもあり、まずは自信を持っていただきたいと思います。また、近年は国内でも経済格差が教育格差につながることが問題視されていますが、国際的に見ると日本は教育の公平性が高く、格差が小さい国です。実際、日本の教育を参考にしたいと諸外国が視察に訪れています。国としては、PISAの結果に一喜一憂することなく、冷静に分析して教育政策に活かすことが重要だと考えています」
- 一方、当然のことながら課題もある。国立教育政策研究所の最後のコメントにあるように、日本の生徒は科学的リテラシーの成績は良いものの、科学に対する意識や姿勢が消極的なのだ。2006年に比べて、自分の将来に理科の学習が役に立つと感じている生徒の割合は増加したが、それ以外の項目、科学に関連した活動(科学的なテレビ番組を見るなど)の度合い、科学の楽しさ、科学に対する自己効力感(得意意識、自信)については、相変わらず低い。科学への意欲・関心の芽をどう伸ばすかが、今後も引き続き課題となりそうだ。
- 「よく、日本人は自己肯定感が低い、自己評価が低い、と言われますが、それがこの結果にも表れていると思います。これには国民性や文化的背景もあると思うので一概には言えませんが、2020年の大学入試改革も見据え、ただ科目として科学を学ぶのではなく、実生活との関連付け、動機付けが重要になっていくと考えています」」と小田さんは語る。
- では、PISAの調査結果を受けて、国内ではどのような教育施策が展開されてきたのか。後編で詳しく伺っていく。
小田 沙織
2006年文部科学省入省。初等中等教育局教育課程課、同局参事官付(学校運営支援担当)、教職員課などの勤務経験を経て、2015年4月より現職。国立教育政策研究所では、OECD-PISA調査の国内での実施や調査結果分析のほか、同研究所のプロジェクト研究にも携わる。
文/笹原風花 撮影/石河正武