ライフのコツ

2018.08.22

学び方と生き方を学ぶプロジェクト-前編

「異才発掘プロジェクトROCKET」とは?

2020年に向けて大々的な教育改革が行われていくなかで、知識や技能を修得するだけではなく、自分で考え、表現し、判断する力が求められるようになる。また、社会においても、あらゆる業界で「イノベーション」が求められる現在。そんな変化の激しい時代を見据え2014年、東京大学先端科学技術研究センターと公益財団法人日本財団の共同主催によって、『異才発掘プロジェクトROCKET』がスタートした。ROCKET誕生の経緯やプロジェクトの内容について、東京大学先端科学技術研究センターの特任助教であり、ROCKETのプロジェクトリーダーでもある福本理恵さんに、お話を伺った。

学校の枠に収まらない
ユニークなこどもに学びの場を
ユニークであるがゆえに、学校になじめない。『異才発掘プロジェクトROCKET』は、そんなこどもたちに新たな学びの場や自由な学びのスタイルを提供するプロジェクトだ。「ROCKET」とは「Room Of Children with Kokorozashi and Extra-ordinary Talents」の頭文字をとったもの。「志ある特異な(ユニークな)才能をもつこどもたちが集まる部屋」という意味で、周りとうまく協力できない子、人の気持ちや空気を読むのが苦手な子、不登校の子など、学校の枠組みに収まらないこどもたちを対象にスタートした。
「学校になじめないことはネガティブに捉えられがちですが、よく考えると、そうではないことが見えてきます。親や先生が対応に困り、行き場がなくなっているけれど、"これが好きでたまらない"といった熱意のあるこどもたちは、ものすごいエネルギーをもっている。そんな『ユニークなこどもたちが活躍することで社会に多様性が拡がり日本が活性化するようなイノベーションを起こす』。それがROCKETの目的の一つです」と福本さんは語る。
自分の力で考えて感じる
「感覚の軸」を培う
学生時代の福本さんは、東京大学の修士・博士課程で認知科学や進化心理学を研究。大学に被験者として訪れる自閉症のこどもたちと接するうち、元気に協力してくれる彼らに何も返せない自分の不甲斐なさを痛感したという。
「研究を続ける中で、もっとシンプルに"人を幸せにしたい"と考えるようになりました。もともと料理が好きだったため、食を通じて人を幸せにするアプローチ法を見出そうと退学を決意。ところが、当時の指導教官から『次の扉が開く前に後ろの扉を閉めると、そこから出られなくなる。後ろの扉は開けたまま行きなさい』という心強い言葉をいただき、休学して地元・関西に戻り、食の専門学校で一から食について学びました。その後、野菜や果物を種から育て、収穫しながら料理をつくるプログラム『種から育てる子ども教室』を関西で始めました」
「普段、私たちが食べている野菜や果物は、種から育て料理としてテーブルに並ぶまでのプロセスが見えません。でも、そのプロセスを体験することで、命をいただくという食の循環を理解することができると考えたんです。また、こどもの頃から教科書の内容を暗記するという学び方しかしていないと、自分自身で考える力、感じる力が育たないのでは、という危機感もあり、教室ではレシピをなくすことにしたんです。ドレッシングをつくるときは、甘味、酸味、塩味を合わせることだけを提示して、甘味なら三温糖、はちみつ、グラニュー糖などさまざまな種類を用意。こどもたちはどの調味料を、どんな分量で組み合わせるか、自分で考え感覚を頼りに何度も味見をしながら"おいしい"と感じるものをつくっていくんです。その経験を通して、彼らが自分の感覚の軸をつくっていくことがプロジェクトの狙いでした」
こうした活動を進めるなか、福本さんは現在の上司に声をかけられて大学に戻り、ROCKETの前身となるプロジェクト「Life Seed Labo(ライフシードラボ)」に参加。これは「畑とキッチンを教室に、教科書とノートをiPadに」というコンセプトのもと、料理を通して国語、算数、理科、社会、英語の5教科を学ぶプロジェクトだ。
「たとえば、ピザづくりの場合、収穫したトマトを解剖しながら、トマトについて言葉で表現してもらいます。すると、ある子は『トマトは甘い』『トマトは赤い』と表現しますが、別の子は『トマトはスッパイ』と表現するなど、味覚の違いに気づくことができます。では、自分たちが感じたトマトの味は、主観的なのか客観的なのか?と考えていけば、文章を読んだりしなくても国語が学べます。また、素材の分量や発酵時間を変えたピザ生地をつくり、膨らみ具合などを比較すれば理科の学びにもなります。何を使い、どんな状況で教えるかによって、こどものモチベーションは跳ね上がるもの。学ぶ場所を変えるだけで、教室でじっとしていられない子も興味をもち、学びが大きく変わるのです」
このように活動のなかから学ぶ「Life Seed Labo」に加え、大学の研究室では障害があるこどもたちの進学をサポートする「do it」というプロジェクトを行っていた。その活動を通じて、障害のあるこどもだけでなく、ユニークなこどもたちも学校に通えていない状況が把握できるように。そこで、ユニークなこどもたちが学べる場として、ROCKETを設立することとなった。
何より大切なのは
「志」をもっていること
ROCKETの募集が行われるのは年に1度。そして、応募の条件は「自分で申し込むこと」だ。年齢を問わず、自分で申請書を書くことが求められる。
「『ROCKET 』の『K』は『志』。志があるかないかが選考基準となります。"これがやりたい"といった熱意だけでなく、"助けてほしくてしょうがない""この状況をなんとかしたい"という志でもいいんです」
そうした選抜を経て、現在ROCKETには小学3年生から大学1年生まで、93人のスカラーがいる。学校に行っている子、行ったり行かなかったりする子、まったく行っていない子が3分の1ずつ。卒業はなく、こどもたち自身が「もう、ROCKETはいいや」と思ったときが終了となり、戻ってくることも可能だ。
「スタート以来4年、さまざまなこどもたちを見てきましたが、一番変わったと思うのは、来た当初もがき苦しんでいた子が、"自分はダメじゃない、このままでいいんだ"と思えるようになったこと。その一方で、体験を通した学びを経て自分を見つめ直し、組織の中で生きたほうがいいと学校に戻る子も。それぞれに自分の道を歩み始めた彼らの今後が楽しみですね」
後編では各プログラムの具体的な内容や今後の展望などについて、お聞きしていく。

福本理恵(Fukumoto Rie)

東京大学先端科学技術研究センター 人間支援工学分野 特任助教。東京大学の修士・博士課程で認知科学や進化心理学を研究中、休学して「種から育てる子ども料理教室」を運営。その後、東京大学先端科学技術研究センターにて、農と食を通じた教育を行う「Life Seed Labo(ライフシードラボ)」に参加。現在は「異才発掘プロジェクトROCKET」のプロジェクトリーダーとして、カリキュラムの開発などを行う。


「異才発掘プロジェクトROCKET」

ユニークさ故に学校に馴染めず、不適応を起こしてしまうこどもたちの現状に疑問を感じ、彼らの新しい学びの場所と自由な学びのスタイルを実現する場として誕生した、志ある特異な(ユニークな)才能を有する子ども達が集まる部屋(空間)。ユニークな子ども達が彼ららしさを発揮できるROCKETという空間を彼らとともに創造することによって、結果としてユニークな人材が育つ社会的素地が生まれる、という考えのもと、学びの多様性を切り拓く挑戦の場。

文/藪智子 撮影/石河正武