ライフのコツ

2018.08.29

学び方と生き方を学ぶプロジェクト-後編

生きるための哲学を教える

前編では『異才発掘プロジェクトROCKET』が生まれた経緯について紹介した。後編では、より詳しくプログラムの内容を掘り下げつつ、今後の展望などについて、引き続きプロジェクトリーダーの福本理恵さんに伺った。

解剖に炭焼き......。
実体験でしか得られない学び
『異才発掘プロジェクトROCKET』の活動拠点は東京大学先端科学技術研究センター内にある築80年以上の建物で、地下にはアジトのような雰囲気の部屋やキッチンがある。そこでこどもたちが最初に受ける授業は、「解剖して食す」というもの。これは「活動をベースにした学習プログラム(ABL_Activity Based Learning)」のひとつで、実際にイカやカニなどを食べるために解剖する。今どきのこどもたちは、わからないことがあれば何でもインターネットで調べようとするが、このプロジェクトでは第三者による情報ではなく、目の前のイカやカニと直接格闘することを大切にしている。
「生物が好きなこどもは、イカやカニが何類に属し、どんな生物か系統立てて語れます。でも、イカスミの袋はどこにあるのか、火を入れるとイカの体はどうなるのか、といったことは実際に体験してみないとわからない。ほかにも、車の修復を行うプログラムでは、"パテを使えば、きれいに塗装できる"という知識があっても、その日の湿度や混ぜ合わせる水分量がほんの少し違うだけでもうまくいかない。こういったことは実体験を通してしか学べません。こどもたちはインターネット上の知識と現実は必ずしも同じではないことを実体験を通して知るのです」
一方、『プロジェクト遂行型学習プログラム(PBL:Project Based Learning)』では、北海道で炭火焼き窯を再生するプロジェクトが3年越しで進行中。このプロジェクトは「炭焼きを教えてほしい」と、こどもたち自らが依頼するところからスタートしている。13歳から70年以上、炭焼きを続けているおじいさんに、ただ「炭焼きを教えてほしい」とお願いしても、そう簡単には教えてもらえない。そこで、まずはおじいさんがなぜ炭焼きを始めたのか、という人生のヒストリーを聞きながら信頼関係を築き、自分たちの気持ちも伝えていく。そうすることで、信頼を得ることができ、炭焼き窯の土台をつくるための土木工事を手伝ったり、氷点下20℃のなか20日間以上、窯に付きっきりで火入れをしたり、といった貴重な経験をしている。
「こどもたちは70年以上炭焼き一筋のおじいさんと接する一方で、世界で活躍するトップランナーの話を聞きます。すると、同じ日本でも価値観の違う多彩な生き方があることが見えてきます。こうして私たちは、考えうる視点・選べる視点が数多くあることをこどもたちに伝え、彼らを巻き込みながら社会を動かす渦を生み出していきたいと考えています」
行き先を知らないまま
海外研修に旅立つ
年に一度の海外研修では、こどもたちは行き先を告げられないまま出発。昨年は、『原料と製品とエネルギーを考える旅に出る』とだけ言われて旅立った先は、インドのムンバイだった。
「"エネルギー"と聞いて、こどもたちは再生可能エネルギーを思い描いていましたが、インドの貧困地域で、人々がガラクタを集めて何かをつくったり、自分たちと同世代のこどもが道案内でお金を稼いだりするのを目の当たりにするうち、 "エネルギーとは人のエネルギーである"ということに気づき始めます。日本はすべてが整い、恵まれすぎていて、こどもたちは何もしなくても衣食住が得られますが、大人になったときたくましく生きていけるのは、ムンバイのこどもたちかもしれません。人のエネルギーが爆発しているインドに行き、現地でなければ知り得ないエネルギーがあることを体験させたい。それだけのために、私たちは彼らをムンバイに連れて行くのです」
申請と挑発を経て
必要なものを手に入れる
ROCKETでは、プログラムの参加は申請制。「なぜ、自分は参加したいのか」を申請書にまとめ、事務局に提出する。さらに「〇〇のためにカメラを購入したい」など、自身の学びに必要なことも自発的に申請。事務局には日々、全国各地からメールで申請書が届くが、申請はそう簡単に通らない。
「申請に対して、私たちはあえてこどもに挑発をかけます。『キミの申請書は私たちが納得できるレベルに達していないので出し直してください』『理詰めでたたみかけても、人は動かないよ』など厳しいフィードバックを与えますが、これは将来、こどもたちが起業するときにサポートや資金を得るため必ず通る道。厳しい声にくじけず、逆にバネとして進め方を変えていくことが必要となります。ただ、大切なのは"申請が通らなかった=自分が否定された"と感じさせないこと。申請制はあくまで、こどもたち自身が納得しながらチャレンジする、というマインドを育てる練習なのです」
こうしたやりとりを経て、こどもたちの自発的な申請が実現した例もある。昨年はROCKETで知り合った中学生5人が「豪雪地帯に行って映画を撮りたい」と申請。学びの原点は好奇心であるため、「気になるものを実際に見に行きたい」という好奇心からツアーを企画したことが評価され、実現した。また、ROCKETの拠点である東京大学先端科学技術研究センター敷地内の雑草だらけの場所に、ガーデンをつくりたいという申請も実現。しかし、土を掘ると石がゴロゴロ出てきて、土木工事から始めないとガーデンをつくれないことがわかったり、誰をリーダーにするかでもめたり。こどもたちは身をもって、プロジェクトを進めていくことの大変さも知っていく。
「このようにさまざまなプログラムを行うなかで、プロジェクト中にパニックを起こす子もいます。でも、ROCKETの考え方を一番よくわかっているのもこどもたち自身。誰かがパニックを起こしたら自ら進んで介入し、こどもたち同士でケアしてくれます。同じことでも大人が言うより、同じ仲間のお兄ちゃんから言われたほうが反発せず受けとめられる。ROCKETも年を重ねるごとに、おもしろいコミュニティになってきました」
ゲーム漬けになっているこどもたちの集中力を社会的にポジティブな形へ転換し、新しい仕事を創出する挑戦として、2016年にスタートした「マインクラフトで文化財を再生せよ!」というプロジェクト。マイクラ建築で文化財や都市を再現し、テロや災害などの不測の事態に備えるシミュレーションの実施を目指す。高い志でやり続けたいという意志を持った数名のこどもが、自分たちのペースで作成を続けている。
すべてのこどもたちが
学びをアレンジできる世の中に
「ROCKETは学校の枠に収まらないユニークなこどもたちに向けたプログラムですが、教育とは、すべてのこどもたちが自分自身で学ぶ学習者になることが重要だと思っています。そのため、誰もが自分で学びをアレンジしていける世の中に変えていくべく自治体との連携を進めていて、すでに東京都渋谷区や長野県軽井沢町、群馬県館林市、広島県などと協働を始めています」
「たとえば、動物園や水族館といった自治体の施設と学習指導要領を紐づけ、それらの施設の中でカリキュラムを履修できる組みをつくっています。具体的には、動物園でも掛け算が学べたり、実際の動物を見ながら体の仕組みが学べたり、といった感じです。現在のテクノロジーなら、いつ、どこで、誰が、どんなカリキュラムを修了したか、データとして取得することが可能です。その結果、学校の枠組みが広がって地域全体が学びの場となり、こどもたちの自立的な学びを促していけたらと思っています」
感覚の軸や生きる力を
家庭で育むには?
最後に、こどもたちが自分で考え、生きる力を身につけていくために家庭でできることを伺った。
「『なんでだろう?』と疑問に思う視点をこどもとの会話に加えるだけで、学びはふくらんでいきます。買い物に行ったら、国産肉と輸入肉を見ながら『なぜ値段が違うんだろう』と問いかける。カップラーメンを見たら『なぜ熱湯を入れても容器が熱くならないんだろう』と問いかけるなど、こどもと疑問を共有します。そして、答えを教えるのではなく、『なんでだろう。知らべておいてね』と促すことで、こどもは気になって調べ、自らの意志で学び始めるもの。今後はさらにAI(人工知能)が進化し、知識量ではAIにかなわなくなる時代。『これをやりたい』という強い意志と自分の感覚の軸をもって、貪欲かつ楽しく学べる場を提供し、将来『自由な学びのおかげで、私はこの仕事を生み出せたんだ』と思えるこどもたちを増やしていきたいですね」

福本理恵(Fukumoto Rie)

東京大学先端科学技術研究センター 人間支援工学分野 特任助教。東京大学の修士・博士課程で認知科学や進化心理学を研究中、休学して「種から育てる子ども料理教室」を運営。その後、東京大学先端科学技術研究センターにて、農と食を通じた教育を行う「Life Seed Labo(ライフシードラボ)」に参加。現在は「異才発掘プロジェクトROCKET」のプロジェクトリーダーとして、カリキュラムの開発などを行う。


「異才発掘プロジェクトROCKET」

ユニークさ故に学校に馴染めず、不適応を起こしてしまうこどもたちの現状に疑問を感じ、彼らの新しい学びの場所と自由な学びのスタイルを実現する場として誕生した、志ある特異な(ユニークな)才能を有する子ども達が集まる部屋(空間)。ユニークな子ども達が彼ららしさを発揮できるROCKETという空間を彼らとともに創造することによって、結果としてユニークな人材が育つ社会的素地が生まれる、という考えのもと、学びの多様性を切り拓く挑戦の場。

文/藪智子 撮影/石河正武