組織の力

2019.12.09

ヤンマーの企業理念を具現化したオフィスで働き方改革を加速 vol.1

自社技術を結集させた新本社ビルが社員の意識を大きく変える

ヤンマーといえば、農業機械の専業メーカーというイメージを持つ人が多いのではないだろうか。しかし、ヤンマーの事業フィールドはさらに幅広く、ディーゼルエンジンやガスエンジンを利用した発電・空調システムをはじめ、高出力・省エネの船舶用エンジン、小型建設機械、プレジャーボートや漁船の開発など、都市・大地・海に渡って、技術開発を行う総合産業機械メーカーだ。2012年、ヤンマーは創業100周年を迎えたことを機に、ブランド戦略をはじめ大きな変革に着手。2014年に大阪梅田の本社ビルを建て替え、従来のイメージを払拭し、新たな企業理念・ブランドを新本社ビルで具現化した。グローバル企業としてさらなる飛躍を遂げるためにヤンマーが取り組んでいるさまざまな“改革”について、総務部長の山田耕一郎氏をはじめ、同社総務部の方々に新たな変革を遂げた経緯について話を聞いた。第1回は理念をカタチにした新本社ビルについて取り上げる。

左より:山中秀峰氏、野田就平氏、山田耕一郎氏、佐野文彦氏、田中明日香氏

 “ヤン坊マー坊”のヤンマーから、
100周年を機に企業イメージを変革する

「ヤンマーに対し、どんなイメージをお持ちですか」。取材の冒頭、そう尋ねた総務部長の山田耕一郎氏に対し、「『ヤン坊!マー坊!天気予報!!』がまず頭に浮かぶ」と伝えると、笑いながらこう続けた。
 
「やはりそうですよね(笑)。約60年前のテレビ開設当初から夕方6時50分に天気予報を流していましたから『ヤン坊マー坊=ヤンマー』というイメージが強いと思います。弊社の顧客である農業、漁業、土木など一次産業に携わる方々にとって天気予報は最も関心が高いジャンルだったこともあり、長い間、CMを続けてきましたが、創業100周年を機に2014年にはヤン坊マー坊のCMをやめて、露出を控え、企業イメージをガラリと変えていこう、となったのです」(山田氏)
 
 
 

次の100年に、次のテクノロジーを!
持続可能な社会の実現を目指す

ヤンマーのミッションステートメントとは、「わたしたちは 自然と共生し 生命の根幹を担う 食料生産とエネルギー変換の分野で お客様の課題を解決し 未来につながる社会と より豊かな暮らしを実現します」だ。この実現に向けて、大きく2つの柱を設定している。
 
「1つは、従来のヤンマーのイメージを払拭し、ブランドを再構築していこうとする『プレミアムブランドプロジェクト』です。2012年、総合プロデューサーとしてクリエイティブディレクターの佐藤可士和氏を招聘。佐藤氏は周知の通り、国立新美術館やユニクロなど様々なジャンルのブランディングを手掛ける日本を代表するブランドアーキテクトです。佐藤氏の指揮の下、ヤンマーは『A SUSTAINABLE FUTURE』というブランドステートメントを掲げ、人と自然が共生する持続可能な社会の実現を目指しています。そして、この新たなチャレンジの第一歩として、2014年に建て替えた新本社ビルにはヤンマーのDNAを最新技術とデザインのチカラで体現させています。まさに、次の100年に向けたヤンマーの意思表示の象徴なんです」(山田氏)
 
もう1つの柱は、グローバル化の推進だ。「2012年はリーマンショックの余波も落ち着き、成長路線に移行していこうという時期。しかし、ヤンマーの事業分野である農業機械、建設機械、船のエンジンなど、国内の一次産業は既に成熟済みということもあり、海外に主軸を移し、グローバル化を一層進めることになりました。売上も数年連続で年間約5000億円だったところを、2倍の1兆円規模を目指すという大きな売上目標を掲げ、大きく海外に向けて舵を取ったのです」(山田氏)

 

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山田耕一郎氏

 

海外の企業買収が相次いだこともあり、その後、売上は国内と海外比率が2014年実績の海外40%から、現在では半々となり、将来は60%まで海外比率を伸ばす計画だ。年間売上も19年度の見通しでは8000億円を超える勢いだ。そうした中、グローバル企業として急成長するヤンマーの「本社」はどうあるべきか、真剣に考えるタイミングが訪れたのだ。

 
 
 

会社の理念をより社員に浸透させていくために
新本社をミッションの発信地に

2014年、ヤンマー創業の地である大阪梅田駅の目の前、大阪市北区茶屋町に新本社ビル『YANMAR FLYING-Y BUILDING』が誕生する。人と自然が共生する持続可能な社会の実現を目指してヤンマーが新たに打ち出した『A SUSTAINABLE FUTURE』というブランドステートメントを具現化したこの新本社ビルでは、事業の主軸である「食料生産」「エネルギー変換」の2つの分野に注力した施策が随所に見られる。
 
「まず、『食料生産』という面では生産者のこだわりを伝える社員食堂『Premium Marché OSAKA』を最上階にオープン。農業や漁業に深く関わってきたヤンマーならではの生産者こだわりの食材を一汁三菜プレートで提供し、食の重要性と楽しさを体感できる場にしています」(山田氏)
 
また、最小資源で最大成果を実現する『エネルギー変換』という面では、ヤンマーの最新テクノロジーを最大限に生かし、自家発電するシステムをビル屋上に設置。ガス発電によってCO2の排出を大幅に削減したという。
 
「空調もガスヒートポンプエアコンで行っており、消費電力は通常のエアコンに比べて10分の1以下です。さらに、太陽光採光システムや自然換気システム、壁面緑化等も取り入れることによって、旧本社ビルと比べてCO2の60%削減に成功しました。また、エネルギー変換を見える化するために受付横に大型モニターを設置。ビルの発電システムの稼働率を示す『自家発電稼働率』が6秒ごとに更新されています。100%以上であれば本社フロアに必要な電力量が全て自家発電でまかなわれていることを示しています」(山田氏)。
 
取材当日は130%を超え、自家発電で優に電力がまかなわれていることを堂々と示していた。そして、受付横にもう1枚設置されたモニターには旧オフィスと比較した『CO2排出量の削減比率』を示している。本社受付という“顔”で、社員に対しても来客者に対してもヤンマーのビジョンを強くアピールしているのだ。
 
  • エネルギー消費効率に優れた自社製のガスヒートポンプエアコン
  • 照明にかかるエネルギーを補う太陽光採光システム
 
新本社ビルの内装デザイン監修はフェラーリなどのデザインで知られる世界的工業デザイナー・奥山清行氏が担当。ヤンマーは船舶用エンジンからプレジャーボートの開発まで手掛け、ヨーロッパではプレミアムなエンジンメーカーとしての地位を獲得している。そこで、次の100年に向けて出航という想いも含め、ビルの外観は船をイメージ。曲線形状の外装デザインは船の舳先を表現している。
 
 
 

コンセプトモデルとなった新本社ビルの誕生で
“外側”から社員の意識を変革させることに成功

オフィス中心部には6階から12階までをつなぐ真っ赤な螺旋階段がある。螺旋階段は「エコシリンダー」と名づけられ、エンジンの部品であるシリンダーがモチーフとなっている。「エンジンは、シリンダーの中で爆発が起こり、ピストンが動いて動力に代わる。ヤンマーのテクノロジーの象徴であるエンジンを、オフィスの中心部に配置しているのです」(山田氏)
 
デザインだけでなく、各フロアから取り込んだ外気を屋上へと抜けさせる自然換気のシステムや、上部には太陽光追尾装置も備わっており、この螺旋階段はオフィスの象徴であると同時に省エネにも一役買っている。さらに、階段を取り巻く壁はガラス張りで各フロアの様子が一目で見渡すことができるため、社員同士の円滑なコミュニケーションにもつながっている。
 
  • シリンダーに見立てた、各フロアをつなぐ螺旋階段
  • 自然換気システム
 
「正直なところ、会社の理念や方向性はトップレベルで決定されるため、社員一人ひとりに浸透しにくい面もあります。それが、このビルにいれば、ヤンマーという会社が目指す方向性が明確にわかる。我が社の唯一無二と称される技術や想いがこのビルには詰まっています。このビルそのものが企業理念の発信地になることで、その中で働く社員は会社の理念を毎日見て、聞いて、触れることになるのです」
 
CO2排出ゼロを目指すビルで仕事をすることで、社員たちは、ヤンマーは単なるメーカーというだけでなく、テクノロジーを通して自然と共生し、省エネルギーな暮らしを実現する会社である、という意識と誇りをより強くもつようになった。
 
コンセプトモデルともいうべき新本社の誕生によって、“外側”から社員の意識を大きく変えることに成功したヤンマー。Vol.2では、働き方改革として“内側”から具体的にどんなことに着手したのか見ていこう。
 

 

ヤンマー株式会社

1912年創業。農家に生まれ、過酷な労働を目の当たりにしてきた創業者・山岡孫吉が「人々の労働の負担を機械の力で軽減したい」という強い想いから、1933年、世界初のディーゼルエンジンの小型・実用化に成功。現在は農業機械のみならず、建設機械、エネルギーシステム、船舶など幅広い分野の総合産業機械メーカーとして発展を遂げる。2012年の創業100周年を迎え、次の100年に向けて「A SUSTAINABLE FUTURE」をブランドステートメントに掲げ、人と自然が共生する持続可能な社会の実現を目指している。

文/若尾礼子 撮影/スタジオエレニッシュ 岸 隆子