ライフのコツ

2019.12.10

環境問題に取り組みながら学ぶロボット工学

世界の学び/ブラジルのプログラミング教育の今

世界の教育情報第27回目はブラジルから。2019年ブラジルの貧困地区にある公立校のロボット工学の授業が評価され、国際的に権威ある『グローバル・ティーチャー賞』で、ブラジル人女性教師が2019年度のファイナリストの10人に選出されて話題になりました。日本ではあまりイメージがないかもしれませんが、近年ブラジルは、先端技術産業に力を入れており、2018年の調査によると、世界で6番目に大きなIT市場を持つ国に成長しています。今回は、ブラジルが学校教育においてもプログラミングやロボット工学に積極的に取り組んでいるその背景と実態を紹介します。

根強く続く階級格差が
教育格差を生む
ブラジルの失業率は12.7%(2019年 BBC調べ)と貧困や失業が社会問題となっています。その背景にあるのが今も根強く残る階級社会です。富裕層は政治家や経営者などを中心に全人口のわずか1%ほど。中流階級は教師や会社員などの職に就いていますが、スキルをもたない低所得層は中流階級や富裕層の家庭でベビーシッターや家政婦として働いています。さらに、リオデジャネイロなどにあるファヴェーラと呼ばれるスラム街では不法居住者がトタン小屋で暮らし、定職に就けないことから観光客にお金をねだったり、麻薬の売買に関わったりすることが当たり前になっています。
教育における格差も歴然としており、同じ学年でも1学年以上の学力差があるといわれています。中流階級や富裕層はこどもを私立校に通わせるのが通例ですが、教育の質や設備の面でかなりのばらつきがあり、私立校だからといって学力水準が高いとはいい難い現状があります。公立校では無償で教育が受けられるものの一般的に質が悪いだけでなく、教師による賃金値上げのストなどにより授業がまともに行われないこともあります。また、貧困層においては、親の教育への関心が薄い傾向があり、こどもを学校に通わせないケースも少なくありません。
なお、2016年のブラジルにおける大学進学率は50.49%。家庭環境や経済事情によって大学進学をあきらめた人たちが、大人になってから、経済などの学位を取得するために夜間大学や通信大学で学びなおすケースが増えています。この背景には、圧倒的な学歴社会であるブラジルの現実があるようです。
このように、さまざまな格差の問題を抱え、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)と呼ばれる新興5か国の中でも、長く景気が低迷するブラジルでは、何らかの打開策が求められていました。
ロボット工学の導入が進む
背景とは
教育格差の是正と景気低迷の打開策として、グローバル人材の育成が、ブラジルの重要課題のひとつとなっていました。 そこでブラジル政府は、国際的にみて非常に低いこどもたちの学力水準を改善すべく、2003年よりブラジルの弱点である識字率と数学レベルの向上に力を入れています。
さらに、2016年に行われたリオ五輪によるインフラ整備の影響で先端技術が急速に進んだこともあり、近年は富裕層や中流階級の一部が通う学校で、ロボット工学を取りいれたプログラミング教育が導入されています。プログラミングは、識字率と数学レベルの向上はもちろんのこと、創造性、論理的思考、科学知識などを幅広く学ぶのに効果的だといわれています。
私立の小学校では、ブラジルの庶民には高嶺の花であるレゴを使ったテクノロジーやロボット工学の授業が週数回ほどあります。たとえば、小学1年生が4人1チームになり「宇宙」などをテーマにプロジェクトを進めますが、リーダー、部品の整理係、製作係とチーム内で役割を分担し、担当が責任をもって進めることで自主性を養えるよう工夫がされています。高学年になるとシンプルなロボット製作だけでなく、ロボットを製作するためのロードマップの作成やプログラミング変数の羅列まで学びます。
とはいえ、プログラミングの授業ができるのは一部の私立校のみ。公立校のなかでも比較的裕福なエリアにある学校ではパソコンの授業がありますが、依然として教育格差は大きく、貧困地区に至ってはパソコンすらない学校もあります。
貧困地区にロボット工学を!
公立校女性教師の挑戦
このような状況を受け、2003年から「飢餓ゼロ」のスローガンを掲げ、貧困家族に対する手当を拡充し、貧困による退学児童数に歯止めをかけました。また、2013年からは15歳以上の就学未経験を対象に『ブラジル識字プログラム』をスタートさせた結果、2010年に90.4%だった識字率が、2016年には99%と劇的に改善されたのです。
そんななか、ヴィラ・バビロニアという貧困地区にあるサンパウロ市立校勤務の女性教師デボラ・ガロファロ(Debora Garofalo)さんの取り組みが国際的に注目を集め、2019年度の『グローバル・ティーチャー賞』トップ10ファイナリストにブラジル人初の教師として選出されました。
ガロファロさんは、ペットボトル製の飛行機やヘリコプター、タワシでつくったペットやアイスクリーム容器のエアコンなど、生徒が自ら街で集めたゴミや廃材を利用してロボットをつくるプロジェクトを推進。公立校の限られた予算内でゴミや環境問題に取り組みながらロボット工学の授業を行った、その創意工夫が評価されました。このガロファロさんの取り組みによって、公立校でもアイデア次第でロボット工学や環境問題に取り組むことができることが証明されたといえます。そしてなによりも、このプロジェクトによって生徒たちが大きく変わってきたことが最大の成果です。
暴力や貧困が身近に存在する地区に住む生徒たちは、未来に希望がもてず自尊心も低い傾向にありますが、自分たちの手で拾い集めたゴミがロボットとして生まれ変わるのを目の当たりにし、自分自身の手によって状況を変えることができるという自信をもちはじめているのです。
保護者や地域にも好影響がでています。プロジェクト開始直後は、保護者の関心は低く授業参観の出席者も少なったものの、こどもの製作意欲が高まるにつれ保護者たちの関心も高まり、今では地域コミュニティおよび保護者の理解が得られるまでになっています。
また近年、ブラジル各地でロボット教育に参入している企業Viamakerと非営利団体OBR(※1)(ブラジル・ロボットオリンピック競技会)主催のロボットコンテストが行われています。このロボットコンテストは南米の中で最大規模。公立・私立を問わずブラジル国内全ての小中高、技術専門学校に通う18歳までが参加でき、チームで行うロボット製作を通して問題解決能力を養うことを主な目的としています。また、ロボット工学を学ぶことができないこどもたちにもロボットに触れられる機会を提供しています。
このように、ブラジルでは、教育格差や貧困、景気低迷などの社会問題へのさらなる解決策として、プログラミングやロボットを通じた教育的な取り組みが、政府や地域、企業の支援を受けて教育現場で着実に広がってきています。
※1: 科学技術開発評議会(CNPq)、ブラジル教育省(MEC)、科学技術イノベーション通信省(MCTIC)が後援し、ブラジルの初等・中等教育の改善、科学技術の才能ある学生の発掘を目標として設立。

ハモンド綾子

グローバルママ研究所リサーチャー。日本でメディア会社勤務後、1999年渡英。ファッション/ホテル業界勤務を経て、2006年よりライター/リサーチャー/翻訳者として活動中。イギリス人の夫、バイリンガルの息子2人と4人暮らし。


グローバルママ研究所

世界33か国在住の170名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2017年4月時点)。企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。