組織の力
2020.02.05
信金中央金庫が「チャレンジする組織風土」の醸成に向けて挑んだABW〈後編〉
2020年に創立70周年を迎える信金中央金庫では、激変する金融業界において今後も価値を生み続けるために、『ENJOY!~for the next innovation~』というコンセプトを立てて業務改革プロジェクトを実施した。業務のペーパーレス化のほか、本店オフィスのリニューアルとあわせてABWのワークスタイルの導入などに取り組んでいる。総合企画部長の神野善則氏は、「新しいオフィスで今までにないワークスタイルをするということで職員の戸惑いを予想したが、ほとんどのメンバーは新しい環境に予想外に早くなじんで自律的な働き方を始めている」と言う。後編では、全館リニューアルに先駆けて構築したオフィスでの業務変革についてお聞きした。
ABWのパイロット導入には
不安も大きかった
信金中央金庫(以下、信金中金)がめざす「ありたい働き方」、『ENJOY!~for the next innovation~』というコンセプトには、「新しいスタイルの働き方を楽しむことで一人ひとりが創造性を高め、新たな時代の価値を生み出したい」という思いが込められている。
この「ありたい働き方」の実現に向け、信金中金では、全館リニューアルに先駆けて総合企画部のフロアを改装し、2019年7月からABW(Activity Based Working:業務内容に応じて働く場所を自律的に選んで働くこと)やペーパーレス化といった新しい働き方を始めたのだ。総合企画部でまず導入したのは、神野氏によると「総合企画部は、新しい働き方やカルチャーを社内外に発信する部門であり、実験場だから」という。
「本来なら、ICTの環境整備はシステム部、ファシリティやペーパーレスは総務部が手がけるべき仕事です。しかしそれぞれが別々にやっても効果は限定的だと思います。今回のプロジェクトは、働き方も環境もトータルで変える取り組みです。ですから、まずは全社的に横串を刺す意味で総合企画部でのトライアルを行いました」
しかし神野氏は、「新しいオフィスでABWな働き方を始めるまでは、不安が大きかった」と振り返る。
「コクヨからの提案書やデザイン画像だけではイメージがわかず、半信半疑のところもありました。改装前に職員アンケートを実施したところ、オフィス環境や執務デスクエリアに対する満足度は比較的高く、『あえて改装する必要があるのか』という声が出ていたのも事実です。またABWについても、今までとはまったく違うワークスタイルなので、職員から『仕事がしづらい』といった声が上がるのではないか、と危惧していました。特に、役職待遇を受けているマネージャー層は、席が一般職員と一律になることに抵抗を示すのではないかと心配していました」
色・配置ともに斬新なオフィスによって
組織のフラット化が進む
しかし実際には、神野氏の心配は杞憂に終わったという。
「新しいオフィスは、直線ではなく斜めに並ぶデスク配置や、イエローやオレンジをきかせた家具が新鮮で、職員たちも『ここで新しい働き方をするのだ』という期待感を高めたように思います」
信金中金では、次長、室長などの役職者は、ほかの職員より広いデスクと脇机が慣例化していた。しかし、新しいオフィスには、役職者のためのサイズの大きいデスクや脇机は存在しない。役職者もそれ以外の職員も、同じ仕様のデスクに座るのだ。新しいオフィスでの業務開始に合わせてABWも開始したので、そもそも役職者であっても基本的には自分専用のデスクはないことになる。
「部内にはデジタルイノベーション推進室やキャッシュレス推進室などいくつかのグループがありますが、ABWでは基本的には自席がないため、グループをまたいだ職員が隣同士に座ることはままあります。他グループの仕事を見ることが刺激になり、シナジーが生まれることを期待しました」
ABWをパイロット導入している、リニューアル後の総合企画部のフロア
案ずるより生むがやすし
ABWな働き方が無理なく浸透
実際にABWがパイロット導入されてからも、職員から戸惑いの声が上がることはほとんどなかったそうだ。自席がないということは、自分の好きなタイミングでフロアのどこででも仕事ができることでもある。集中して働きたいときはソロワーク用のブースや窓際のカウンターへ移動し、グループメンバーと簡単な打ち合わせをしたいときはオープンなミーティングスペースへ。職員たちは業務内容に応じて場所を変え、自由に働いている。
「以前はパソコンがデスクに固定されており、それぞれの席に固定電話がありました。そのままではABWは無理なので、モバイルパソコンに切り替え、職員一人ひとりにスマートフォンを支給しました。ツールを揃え、オフィスに多様な席を用意したことで、ABWが実現しました。デスクの上に自分の荷物を置きっぱなしにしないなど最低限のルールは周知しましたが、わざわざ『毎日違う席に座るように』といった指示は出していません。環境が自然に人の行動を変えていくことに期待していましたし、実際に職員は、自然に毎日違う席を選び、隣り合わせた人と偶発的なコミュニケーションを楽しんでいます」
会議室の数を半分に減らしても
業務に支障なし
前オフィスで会議室の稼働率が低かったことを受け、新しいオフィスでは会議室の室数も減らし、オープンなコミュニケーションスペースを充実させた。神野氏は、「不満の声が出るのではと心配だったが、実際には問題はなかった」と振り返り、全館リニューアルでは室数を半減させる予定だという。
「実を言うと、オープンな場所で会議なんてできるわけがない、と私自身が思っていました。でもフタを開けてみると、オープンスペースでも問題ありませんでした。しかも、会議の内容はほかの職員の耳にも届くので、『あのグループはこんな案件に取り組んでいるんだな』『こういうミーティングの進め方も効率的だ』といった気づきのきっかけになります」
- オープンなコミュニケーションスペース
- 用途や気分にあわせて会議スタイルも自由自在
ペーパーレス化に取り組んで
書類量77%減を達成
オフィスリニューアルに先立ち、今回のプロジェクトではストック文書のペーパーレス化が進められた。
「社内会議のペーパーレス化などの施策を打ちましたが、職員からは『会議準備にかかる時間と手間をカットできて効率的』といった声が上がっています。また、これまで保存してきた書類も思い切って処分し、約8割の書類削減に成功しました。今後は、電子決裁システムの導入といったシステムインフラの整備のほか、会議資料のA4化など、ペーパーレスのスタイルでさらにスムーズに仕事をするための施策に取り組んでいきます」
本店のリニューアル完了で
自律的なワークスタイルの浸透をめざす
総合企画部でのABWパイロット導入から始まって、信金中金では2020年3月の全館リニューアル完了に向けて順次、改装とワークスタイル変革を行っていく。
「とはいっても、業務の特性によって固定席で働く部署もあり、全面的にABWを採用するわけではありません。それでも、自由な働き方ができる環境とツールを整えることで、各部の部門長やメンバーは、自然と『どうすれば効率的な働き方ができるか』と考えて最適な使い方をしてくれると期待しています。そして、このオフィスを通じて変革のメッセージを全国の信用金庫に発信していくことは、意味があると思っています」
新しいオフィスの完成後、総合企画部には社内のあちこちの部署や全国の信用金庫から見学者が訪れているという。職員の働き方を目の当たりにして、「うちもこんなワークスタイルを実現したい」と感想を寄せる見学者も多いという。信用金庫のセントラルバンクとして、新たな価値創造に向けたさまざまなチャレンジが、この新しいオフィスから拡がっていくだろう。
信金中央金庫のPJメンバーとコクヨのコンサルタント(左端:鈴木賢一 右端:吉澤利純)
担当コンサルタントからの一言
保守的で堅実、且つ失敗しないことが是とされる金融業界において、クリエイティビティ、創造性を高める働き方へ変革することはとてもチャレンジングな取り組みになりました。単にオフィス環境を変えただけでは変化は起こりません。ABWという働き方で何を実現したいのか?会議室の数を半減させることが、どうクリエイティビティを高めることに繋がるのか?といった変化の目的を職員の皆様に、明確にわかりやすくお伝えすることを心がけてサポートをさせていただきました。
オフィスを改装することがゴールではなく、働き方を変えていく取り組みは今後も継続され、様々な課題に直面するかと思います。そんな時にいつもパートナーとして信金中金様に寄り添い、変革を支える存在でありたいと思います。
(コクヨ株式会社 ワークスタイルコンサルタント吉澤利純)