組織の力

2020.02.25

第4次産業革命時代の「働き方変革」vol.1

AIと共進化する新しい働き方

「第4次産業革命が到来した」といわれる近年は、テクノロジーが急速に進化し、産業・社会構造や消費者の価値観も変わり続けている。株式会社リクルートキャリアのHR統括編集長として「働く」を取り巻く状況を見つめ続けてきた藤井薫氏は、「社会情勢の変化に従って働き手の意識や置かれている状況が変わりつつある今だからこそ、働き方も『改革』にとどまらない『変革』が求められています」と語る。この時代に働き手はどのようなワークスタイルに取り組んでいくべきなのか…。3回シリーズで「未来のはたらく」について藤井氏に語っていただく。第1回では、AIが普及する時代に求められる働き方についてお聞きした。

コンピュータと人間が融合する
第4次産業革命時代が始まる

世界はこれまでに、3回の産業革命を経験してきました。18世紀後半に始まった第1次産業革命では、蒸気機関や水力を駆動力として工場の機械化が起こりました。20世紀初頭からの第2次では、電力を用いることで大量生産が可能になりました。20世紀後半の第3次では、ICTの普及によってオートメーション化が進みました。

そして今、「『第4次産業革命』が始まりつつある」という認識が世界で広まっています。第4次産業革命では、サイバーフィジカルシステム(デジタルと物理、生物が融合したシステム)が台頭し、今までの産業革命よりさらに大きな変化が、急激に起こると予想されています。



第4次産業革命時代は
デジタルの影響を受けて人間自体が変わる

ではサイバーフィジカルシステムとは何でしょうか。私は、「コンピュータ上のサイバー空間と肉体的・物理的なモノ・コトが一体化すること」と考えています。

このように説明すると難しく、遠い未来のことのように感じられるかもしれませんが、実際に今も、サイバーフィジカルシステムは私たちの生活の中で機能し始めています。例えば私たちはスマートフォンを肌身離さず持ち歩き、コミュニケーションはもちろん、購入した商品やサービスの支払い、情報の検索などさまざまなことに活用しています。小さなスマートフォンの中に、自分に関する情報が膨大に蓄積されているわけです。

また中国では、個人のオンラインショッピングデータや投資状況、SNSから推定される社会的地位などが芝麻信用(信用数値化サービス)(※1)によって数値化されています。さらにタクシードライバーの運転ぶりは、タクシーに搭載されているドライブレコーダーや速度センサーを見れば一目でわかります。ドライバーが荒い運転をしていると、解雇されてしまうこともあるのです。

自分たちがビッグデータによって管理されている事実を知っている中国人は、自然と品行方正になっていきます。サイバー空間に記録される情報によって人間そのものが少しずつ変わっていくのです。

デジタルの影響を受けたり、デジタルの力を借りたりして「人間自身が変わる」ことは、第4次産業革命における特徴の一つといえます。中国の事例は少し怖く感じられるところもありますが、デジタルツールによって膨大な知識を得ることによって行動範囲を拡げ、ひいては生き方の可能性を拡げることができるのも事実です。

※1: 芝麻信用(ジーマしんよう)はアリババグループのアント・フィナンシャルサービス傘下の独立した信用サービス機構であり、2015年1月に中国人民銀行が個人信用スコアサービスの開業準備を認めた8社のうちの1社である。芝麻信用はクラウドコンピューティングと機械学習、AIなどの先端技術によって個人や企業の信用状況に対して評価を行っており、クレジットカード、消費者金融、融資・リース、担保ローン、ホテル、不動産、レンタカー、旅行、結婚恋愛、学生サービス、公共事業などに信用調査サービスを提供している。(総務省『平成30年版情報通信白書』芝麻信用の概要より)



AIと共存する
新しい仕事のやり方

さて、「人間が変わること」と切り離せないのが、近年におけるAI(人工知能)やロボットといったテクノロジーの発展です。AIやロボットが人間の仕事の一部を代替するようになり、人間は「人でなければできない仕事」に集中できるようになる、という認識が広まってきました。

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にも関わらず、「自分たちの仕事をAIに奪われる」というAI脅威論は消えません。慣れている仕事をするのはストレスが少ないため、「習熟している仕事は深く考えずにできて楽だから、手放したくない」という思いが働くのかもしれません。

しかし今の社会において私たちは、慣れ親しんできた仕事をAIに手渡し、新しい仕事のやり方を学んでいく必要があると、私は考えています。

その理由を2つ挙げましょう。
一つは、「正解に向かう力」においては、人間がAIにかなわない場合が非常に多いからです。例えばAIは、人間に比べて、単純作業や計算をきわめて短時間にこなします。また、例えば人間が見逃すような瞳孔や唇の動きなども、AIは正確に計測できるようになってきました。

もう一つは、単純作業を繰り返すような仕事はラクであっても喜びにつながりにくいからです。そういう仕事こそAIに代替えしていくべきなのです。



「問いを立てる力」を
身につけることでAIと共進化できる

新しい仕事のやり方とは、「問いを立てる力」を磨くことです。例えば人間は、AIにはない「怖い」「恥ずかしい」「うら悲しい」といった、心身から生まれる複雑な感覚や感情をもっています。人間ならではの感覚や感情と向き合い、かつAIが得意とする正確な計測や作業の速さと組み合わせることで、新しい商品やサービスの提供が可能になるのではないでしょうか。例えば医療なら、「検査の数値は問題ないけれど、この患者さんの表情の変化は何を意味するのだろう?」と問いを立てることが、新たな製品につながるかもしれません。

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私は、人間がAIと長所を生かし合いながら新しいモノやコトを生み出していくことを「AIとの共進化(共に進化すること)」と呼んでいます。AIをはじめとするテクノロジーと共進化し、新たなパフォーマンスを実現するための知性が、第4次産業革命が始まりつつある今の時代に求められているのです。 

藤井 薫(Fujii Kaoru)

株式会社リクルートキャリア HR統括編集長。入社以来、人材事業のメディアプロデュースに従事し、『TECH B-ing』編集長、『アントレ』編集長などを経て現職。また、株式会社リクルートのリクルート経営コンピタンス研究所を兼務。現在、「はたらくエバンジェリスト」(「未来のはたらく」を引き寄せる伝道師)として、労働市場・個人と企業の関係・個人のキャリアにおける変化について、新聞や雑誌でのインタビュー、講演などを通じて多様なテーマを発信する。デジタルハリウッド大学と明星大学で非常勤講師。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)がある。

文/横堀夏代 撮影/ヤマグチイッキ