ライフのコツ
2020.03.04
アメリカの学校査定と特別認定校
世界の学び/格差解消と多様なスクール形態
世界の教育情報第30回目はアメリカから。日本でも、こどもの貧困化が進み、7人に1人が相対的貧困と言われていますが、アメリカでは5人に1人と、さらに深刻な状況です。それに加えて、人種や地域間による教育格差の広がりがアメリカの大きな社会問題となっています。こうした問題への取り組みとして、前編では、『アーツ・インテグレーション』プログラムを紹介しましたが、後編となる今回は、格差を生む社会的背景や、国の課題を踏まえた上で、公立校における査定評価の実情や多様なスクール形態の導入について紹介します。
- アメリカにおける貧困率と
学校査定の実情 - アメリカの相対貧困率は21.2%と先進国としては断トツで高くなっています。富裕層が好んで住む地域は、一般的に治安が良く、教育に関しても熱心な保護者が多いため、こどもたちにとっては好環境となる傾向にあります。逆に、低所得層が多く住む地域は、住環境も治安も悪く、保護者の教育への関心も低いため、おのずとこどもの学力も低い傾向にあります。
- こうした教育格差に深く関わっているのが、公立校の査定評価制度です。この制度は、ブッシュ政権時代の2002年に施行された『NO CHILD LEFT BEHIND(NCLB)政策』の一環として導入されました。すべての公立校は年一回行われる全国統一学力テストの平均点によって10段階で評価されます。学校の評価が低い(=生徒の成績が悪い)場合や2年連続で適切な進歩(Adequate Yearly Progress、略してAYP)がみられなかった場合は改善命令が出るとともに、在校生には査定評価の良い学校への編入が奨励されるという学校としては致命的な"ペナルティー"が科せられます。
- 学校の査定評価が悪い地域には政府の補助金がつきますが、この制度の導入以降、査定評価が良い学校のある地域に転居する中間層以上の保護者が増える結果となり、地域格差、および、教育格差をさらに大きくしてしまったのは皮肉な結果と言えそうです。
- 他にも、査定評価によって公立学校の優劣が明確になったことで起きている問題もあります。
アメリカに移住したアジア人(中国、韓国、日本)には教育熱心な親が多く、査定評価が高い学校が多い地域に集中する傾向があります。教育に熱心になるあまり、いわゆる"タイガー・マザー(※1)"となってしまい、プレッシャーに耐えかねたこどもが命を絶つケースも出ています。また、英語への苦手意識から地域に馴染まず、同国出身者でコミュニティをつくり地元住民との間に軋轢が生じているケースもあります。どちらも教育的に恵まれた地域ゆえの隠れた問題と言えます。 - ※1:2011年に出版された、中国系アメリカ人の教育ママ、エイミー・チュアによる自伝的エッセイ。その厳しい教育方針が論議をかもしだし、流行語にもなった。
- アメリカにおける
教育格差の実情と課題 - アメリカにおけるこうした教育格差の背景には、多民族国家であるという以外にもいくつかの要因がありますが、第一に、アメリカの経済成長と社会の発展速度が必ずしも一致していないことによる歪みが挙げられます。いわゆるITバブルによって、一部の企業のみが急成長を遂げ、その結果としてアメリカ全体の経済は潤いましたが、一方では、その恩恵を受けられない層が存在しています。その代表格であるブルーカラーの労働者は、好景気によって物価が上昇しても、自分たちの賃金が上がらないため、さらに苦しい生活環境に追い込まれてしまい、教育にまで手が回らない状況に陥りました。
- また、教育格差をさらに広げる要因として大きいのが、住んでいる地域や環境によって得られる情報の量と質に差があることです。
- 富裕層は教育に対する関心がとても高いため、こどもが小さいうちから将来に向けた情報収集に熱心です。また、環境的にも情報の量と質において圧倒的に有利です。中間層も教育への関心が高く、無料教育セミナーなどを上手く活用して情報収集を行っています。また中間層には、学生ローンを組んで大学に進学した人も多く、自身の経験(情報)を活かして、こどもが小さいうちから計画的に学費を蓄えるなどしています。
- 一方、低所得層や貧困層の場合は、教育への関心の低さに加え教育情報へのアクセスにおいて圧倒的に不利な状況にあることで、負のスパイラルから抜け出せない家庭も多く存在しています。一部には、知見のアンテナを広げることで有益な情報を得て、こどもの教育環境や暮らしを改善しようと試みる人たちもいるようですが、まだまだ少数なのが現状です。
- 公立の特別認定校
マグネット、チャーター、ゲートスクール - こうした教育格差解消の施策として、『アメリカのアーツ・インテグレーション教育』の記事では『コモンコア・ステート・スタンダード』や『アーツ・インテグレーション』を紹介しましたが、格差解消につながる可能性がある試みの一つとして注目されているのが、連邦政府の補助金を得て設立される公立の特別認定校です。
- その代表的な存在が『マグネットスクール』です。元々ある公立校が教育の質や実績が評価され特別校として認定を受けたものです。教育の平等を基礎としたプログラムが支持され、マグネット(=磁石)のように人種や階級の枠を超え、多くの生徒と保護者を惹きつけています。
『マグネットスクール』の数は年々伸びており、特にフロリダ(12.4%)、ミシガン(11.1%)、サウスカロライナ(8.9%)では普通の公立校に対して『マグネットスクール』の比率が高くなっています。これらの州が全米の中でも貧困率が平均よりも高い州であることからも、より機会平等につながる取り組みがさかんなことが見て取れます。 - 『マグネットスクール』の特徴は、人種のダイバーシティ(多様性、均等化)を大切にし、バックグラウンドに関わらず、生徒1人ひとりの能力と個性を伸ばす教育の平等を重視しています。授業のレベルも高く、優秀な生徒は中学生でも高校の単位、高校生でも大学の単位を取得できます。
- また、『マグネットスクール』では、公立校のガイドラインに沿った教育に加え、より踏み込んで個性を伸ばし、自発性を促すために、STEM教育 (科学、テクノロジー、エンジニアリング、数学に重きを置いた教育)や課題解決型学習といった特徴のある授業も取り入れています。
- 課題解決型学習とは、プロジェクト制作によりグループやコミュニティ意識の向上を目指す学習法です。複雑な課題に対して、生徒がグループで問題を発見し解決することにより、自立的な問題解決・意志決定をする能力を養うことを目指します。教師は、あくまで助言者として生徒のサポートのみを行うため、受動的な授業ではなく、生徒自身の自発性、関心、能動性を引き出すことにつながります。
- 次に、特別認定校として挙げられるのが『チャータースクール』です。『チャータースクール』は、保護者や自治体が主導で、独自の教育理念を掲げて生徒や教師を集め、教育委員会に申請、認可を受けて開校します。STEM教育や課題解決型学習を取り入れている『チャータースクール』も多いですが、シュタイナー、モンテッソーリなど、公立校のガイドラインとは別の独自性のある教育を行っており、査定評価制度への参加も任意であるという点においても、同じ特別認定校の『マグネットスクール』とは大きく異なり、一定の基準に満たなければ、廃校となります。
- そのほかには『ゲートスクール』(Gate=Gifted and Talented Educationの略)という公立の特別認定校があります。小学生4年生までを対象に、学力だけでなく、芸術、音楽、スポーツなど、何らかの分野に長けているこどもが、推薦によって進学できる、文武両道の英才教育校です。
- このように、教育格差が広がるアメリカでは、『マグネットスクール』や『チャータースクール』、『ゲートスクール』などの特別認定校をはじめとした数々の選択肢があるなかで、各自が能力を伸ばせる仕組みをつくることで教育格差という問題に一石を投じ、経済的に恵まれないこどもたちにも、レベルの高い教育の機会を与えることで、貧困から抜け出し、豊かな未来を切り開いていくことが期待されています。
ハモンド綾子
グローバルママ研究所リサーチャー。日本でメディア会社勤務後、1999年渡英。ファッション/ホテル業界勤務を経て、2006年よりライター/リサーチャー/翻訳者として活動中。イギリス人の夫、バイリンガルの息子2人と4人暮らし。
世界33か国在住の170名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2017年4月時点)。企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。