ライフのコツ

2020.03.16

韓国のこどもたちの幸福度向上を図る施策

世界の学び/夢と才能を探す「自由グレード制度」

世界の教育情報第32回目は韓国から。OECDによる青少年幸福度調査において、2014年まで6年連続最下位、青少年5人に1人は自殺衝動をもったことがあるという衝撃的なデータが存在する韓国。その要因の一つには、行き過ぎた受験戦争の影響があると言われています。この状況を改善すべく、ソウルを中心としたエリアで、2018年から中学1年生を対象に、自分の適性や進路について探求する時間を設ける「自由グレード制」を試験的に実施しており、2019年からは全国に拡大中です。今回は、深刻な教育問題を抱える韓国における、新たな教育施策の狙いと課題を紹介します。

就職難による学力主義と
勉強漬けのこどもたち
就職率が年々悪化する韓国で、こどもを一流企業に就職させたい親たちがそろって口にする台詞が、「一流企業に入るためには、一流大学を目指せ」。ソウル三大大学「SKY(ソウル大学・高麗大学・延世大学)を目標とした受験戦争が激化しています。
韓国の教育は大学入試集中型で、一流大学への入学率を上げるために、「自律型高校」という私立高校や、「特別目的高校」と呼ばれる、英語、日本語といった外国語や、科学を専門的に学ぶ高校に入学させようと、小学生のうちから英語や数学などの塾に通わせる親が大多数です。
この塾人気は、公立校でも同じです。教育熱心な親たちは学校教育だけでは不十分と感じ、むしろ「勉強は学校よりも塾で」という意識が強くあります。そのため、よほどスポーツなど一芸に秀でたこども以外は、勉強の妨げになる部活動には参加せず、学校から帰宅すると休む暇もなく塾へ直行します。
ソウルに住むこどもたちの一般的な1日のスケジュールといえば、小学校低学年のこどもは13:00~14:00に下校して英語塾に。3・4年生は15:00に下校、5・6年生は15:00~16:00に下校し、それぞれ英語や数学の塾に。中学生になると16:00~17:00に下校。週3回数学、週1回英語の塾に通い、2~3時間の講義を受ける、といった感じです。 高校生になると17:00~18:00に下校し、22:00まで塾。さらに、夜遅くまで勉強して家に帰ったら、塾の宿題に追われる日々で、塾が終わった後に「読書室」と呼ばれる自習用カフェで、23:00~24:00まで宿題をこなすことも珍しくはありません。また、公立高校では、塾の代わりに夜食つきの夜間授業を選択することも可能です。
韓国の学習塾で学ぶ教科は、数学と英語が中心で、教科ごとに特化して教えている塾がほとんどです。学校よりも塾の方が先取り学習で1学期から1年進んでいるケースも多く、塾の宿題が膨大なためか、学校の宿題はあまりなく、あってもせいぜい歴史などの簡単な内容ものです。
また、勉強以外では、囲碁、テコンドー、ピアノなどの知育系やスポーツ系の習い事が人気ですが、小学生のうちに済ませるのが一般的で、中学生になった途端に学習塾オンリーの生活になります。
韓国のこどもたちは勉強漬けのハードスケジュールをこなし、精神的にも行き場を失っているのが現状です。
このように、「勉強は学校よりも塾で」という多くの親から、受験対策のカリキュラムやシステムがしっかりしていて専門講師がいる塾は、こどもを安心して任せられると絶大な支持を集めています。
しかし、塾に通ったからといって望み通りになるわけではなく、いい大学に入れたとしても、ここ数年の不景気で深刻な就職難が待ち受けています。受験戦争を勝ち抜くために大金をつぎ込んできた親たちからは、この不景気に対して国への不満が募っているのも韓国の現状です。
韓国における
いじめと自殺の社会問題
さらに、最近問題視されているのが、こうした行き過ぎた学歴社会のストレスや、親からの過度な期待によるプレッシャーから引き起こされるいじめです。韓国でも中高生の多くが利用しているSNSを使った「サイバー暴力」が増加しています。SNSに悪質な書き込みをされたこどもは精神的苦痛を受け、登校拒否などに陥るケースも増えています。また、勉強についていけない生徒が、落ちこぼれたり、素行が悪くなるといった問題もあります。
こどもたちの自殺率の高さも深刻で、青少年の5人に1人は自殺衝動をもったことがあるという衝撃的なデータが存在するほどです。こうした状況が、OECDによる青少年幸福度調査において、2014年まで6年連続最下位という結果を導いていると言っても過言ではなさそうです。
中学校における教育施策
「自由グレード制」
そこで、こどもたちの幸福度を向上させるために、韓国政府が全国の中学校で取り組んだ教育施策が「自由学期制」と「自由グレード制」です。まずは、2013年~2016年に「自由学期制」を段階的に実施しますが、期間が1学期の間と限定されていたこともあり効果が出ませんでした。そこで、2018年からは1年間継続して取り組む「自由グレード制」を実施。外部から招いた進路指導講師や特別講師から、さまざまな職業について学ぶことで、こどもたちの将来に対する視野を拡げることがねらいです。
しかし、このスタートしたばかりの自由グレード制も、すでに課題が山積しています。
地方では、準備不足や講師確保の難しさから思うように実施ができず、地域格差を生んでいます。また、特別講師の講義に対するこどもたちの反応もねらい通りにはいっていないようです。
なぜなら、韓国のこどもたちは、現実主義でエリート志向が強く、職業に対する偏見もあるからです。小学校のときから「四年制大学を出て会社勤めをするように」と繰り返し言われて育ったこどもたちの間では、公務員が人気の職業。美術系の職業については才能が必要といったいいイメージがありますが、それ以外の、美容師や料理人といった職業に対して「=勉強ができない」、という偏見をもっているこどもも少なくありません。
また、自由グレード制に対して親の理解が得られていないことも課題です。
ユニークな進路を学ぶ機会として評価する親もごく一部にはいるものの、多くの親は、自由グレード制実施期間は学習能力を試す中間テスト、期末テストが行われないこともあり、学力低下を懸念しています。とくに、教育意識の高い親たちからは、「自由グレード制なんていらないから、こどもにもっと勉強させてくれ!」という反対意見が大半だそう。
そして、国からの要望と保護者からのプレッシャーの板挟みになっているのが教師です。慣れない自由グレード制への対応に手間と時間をとられ、通常授業の時間が削られるにも関わらず、学力のさらなる向上も期待され、教師にとっては負担が大きくなるばかりです。
「こどもたちの幸福度の向上」といった韓国政府のねらいとは裏腹に、こどもからも親からも、そして現場の教師からも評判がいいとはけっして言えない「自由グレード制」。こどもたちが自分たちの将来や職業に夢を抱き、決められたレールの上ではなく、自らが選んだ道を進んでいける...、そんな社会に、この先韓国がなれるかどうか、「自由グレード制」がその起爆剤となりえるのかどうか、その成果が出るにはもう少し時間がかかりそうです。

ハモンド綾子

グローバルママ研究所リサーチャー。日本でメディア会社勤務後、1999年渡英。ファッション/ホテル業界勤務を経て、2006年よりライター/リサーチャー/翻訳者として活動中。イギリス人の夫、バイリンガルの息子2人と4人暮らし。


グローバルママ研究所

世界33か国在住の170名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2017年4月時点)。企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。