組織の力
2020.07.14
オフィスの在り方が変わっていく中で、
オフィス家具メーカーは必要とされ続けるか〈前編〉
働く場としてのオフィスから、共感を生み、人を惹きつけるオフィスへ
あれはもう5年前、新たな世代を見据えたオフィスづくりの変化の兆しを捉え、オフィス空間の提案・提供方法や家具ラインナップ自体の変革も伴う、新たなオフィス構築モデルを生み出そうという取組みがコクヨ社内で始まりました。
この5年で何を構想し、何で苦労し、何が実現できたのか。今回、本件の振返りを「新たなオフィスづくりの在り方」と「大企業におけるイノベーション」という二つの文脈で2回に渡って紹介します。まず第1話では、新たな世代を見据えたオフィスづくりの兆しをどう捉えていったのかお伝えします。
背景
オフィスづくりの新たなニーズとオフィスメーカーとしての受け止め方
オフィスは経済発展やツールの進化などを受け、時代と共に変化してきています。 かつてオフィスは「コスト」と捉えられ、その構築・運用には効率性が重視されていました。しかし現在は、「部門間の壁を取り払いたい」「社員のクリエイティビティを高めたい」などの経営課題を解決する手段としてオフィスを活用するという考えが浸透し、オフィスは戦略的な「投資」対象としての位置づけも大きくなってきています。
ここで最近の様々なオフィス事例を見ていると、その「投資」の目的にもちょっとした変化を感じます。「経営課題解決のための投資」だけでなく、一見経営課題とは結び付きにくくも見える「社員の居心地の良さへの投資」というものも現れ、そのようなオフィスが世間で憧れの対象として注目を集めることも少なくありません。
スタートアップの急成長や、コワーキングスペースの増加、Y/Z世代など新たな価値観を持つ世代の台頭など、「働く」を取り巻く環境はめざましく変化しています。これからのオフィスづくりは、依然として経営課題起点での投資がなされ続けるのか、それとも上記のような別の要素も重視されていくことになるのか。
変化の本質をいち早くつかみとり、コクヨとしてはどんな新商材・サービスで応えればよいのか。それらを明らかにすることを目的に、本挑戦はスタートしました。
parkERs(株式会社パーク・コーポレーション)様オフィスにて
オフィスは「買う人」と「使う人」がバラバラな特殊な買い物
これまでのオフィスへの投資は、なぜ実際にそこで働くワーカー個々の要望よりも、経営課題起点(つまり管理視点)が重視されていたのでしょうか。それは、一般的な買い物と異なり、オフィスという商品を「買う人」(経営・総務)と「使う人」(ワーカー)が異なるからです。
オフィス構築は一般的に、総務部門が主体となり、オフィス家具メーカーなどに提案を依頼するところからスタートします①。設計者はその会社の情報を収集し、こんなオフィスが必要ではと提案をします②。総務部門は経営の意見を集約して提案を検討し、納得できる計画に練り上げていきます。
オフィスを使う人(ワーカー)の意見をアンケートなどで吸い上げる事もありますが、1ワーカーの意見がすべてを決めることはありません。多くの場合、オフィスを買う人(経営・総務)の要望をベースとしてどのようなオフィスにするかが決まっていくため、管理視点が大きく反映されたオフィスとなることが多いのです。
誰のどんな価値観がオフィスを変えつつあるのか
では、オフィスを使う人(ワーカー)が重視していると思われる「居心地の良さが前面にでたオフィス」が現れてきている要因はどこにあるのでしょうか。少子高齢化で人材確保が難しくなる中、ワーカー好みの「居心地の良いオフィス」を作れば優秀な人材が確保できるから、というのはありそうな理由です。しかし、単にそれだけでこれまで重視していた経営視点投資の優先度が下がるのでしょうか。
まずは、オフィスを使う人(ワーカー)の世代の価値観変化はあらためて把握する必要がありそうです。加えて、企業自体が若いほうがオフィスも変化してきている、という傾向から、オフィスを買う人(経営・総務)の世代の価値観変化にも着目し、両方の視点から考察する事としました。
手法
深く鋭いインサイトを見つける
兆しとしてより深く鋭いインサイトを見つけるため、統計的に何かを見出す大規模なアンケート調査などではなく、エクストリームユーザーへのディープインタビューという手法を採用することとしました。組織内外で活躍するY 世代ワーカー、成長企業の30 代40 代の経営者をエクストリームユーザーとして選び、それぞれに対し、仕事に対する価値観や働き方、働く場についての考え方を聞きました。インタビュー結果を元にその共通点や差異がどこから来るのか、また、それらが何を意味するのかをコクヨ内のプロジェクトメンバーで議論を重ねました。
インタビュー結果
オフィスを使う人(ワーカー)の価値観
●自分にしかできない仕事がしたい。自分の名前で仕事が取れるようになりたい
●一歩先一歩先を決められるのは苦しい。やり方は自分で決めたい
●自分達の居場所を居心地よくしようと、みんなが思っている
※ディープインタビューからの生声抜粋
組織内外で活躍するY世代ワーカーの共通点として、大きな仕事をやり遂げるより、目の前の等身大の仕事を楽しみたい、自分の個性が活かせる仕事をしたいと考えている傾向がありました。
仕事はきちんとやりたいが、やり方は自分で決めたいという傾向が見られ、自分が最もパフォーマンスが発揮できる時間や場所が選べるなど、自由度の高い状態を好むようすもみられました。
加えて、彼らは世のなかの変化が早い事を肌で感じており、組織の中にいて外の変化に鈍感になってしまうことを恐れています。そのため仕事でもプライベートでも外部との接点を持つ事を意識しています。
また働く時間も生活の一部として、快適に過ごしたいと考えており、美味しいコーヒーをお気に入りのカップで飲める事や、家具の素材感や光なども含め感性にあう空間で働きたいと考えています。
イベントで使った花を誰かがドライフラワーにして飾っていたり、これ美味しい、と誰かが思ったコーヒーをオフィスで飲めるようにする等、皆がそれぞれの視点でオフィスを居心地よくしようとしている様子から、オフィスを自分達の居場所と捉えていることが感じとれました。そして、そのことが快適さを感じる上で重要な要素となっている事もわかりました。
株式会社クラシコム様 オフィスにて 撮影:木村文平
オフィスを買う人(経営者)の価値観
●同じものを「かわいい」と共感できる人たちが集まれば、会社はよりうまく回る
●オフィスは価値観の合う仲間や顧客に出会うためにある
●会社を良く知らない社外の人とオフィスを考えるのは非効率でコストに感じる
※ディープインタビューからの生声抜粋
一方、成長企業の30 代40 代の経営者のインタビューからは、同じ価値観を持つ人を採用することをかなり重視しているという共通点が見られました。
彼らは、同じ価値観の人と働く事が、生み出す価値の芯をぶれさせない事につながり、顧客に選ばれる強い魅力につながると言います。同じ価値観の人を集めるためにも、急激に増加する社員の価値観をぶれさせないためにも、オフィスはメディアとして重視されており、空間だけでなく、構築プロセスや、そこでどう過ごすかにも「会社らしさ」を体現しようとしています。
そうして体現した「らしさ」に共感する仲間や顧客と出会う事が、仕事のクオリティやスピードを高め、楽しく、やりがいのある仕事を生み出すと考えているのです。
オフィスの作り方の面では自社内のメンバーで考える、知り合いの建築家に頼むなど身内に近い範囲で考える傾向がありました。ビジネスの中心としてオフィス計画がある彼らは、自分達にどのようなオフィスが必要なのかを常に頭の中でイメージしています。価値観が同じ仲間と物事を進めて行く事に慣れている彼らにとって、自分達を知らない人とオフィスを考えて行く時間はもどかしく、コストにさえ感じるのです。
株式会社バウム様 オフィスにて
考察
会社の「らしさ」を体現する場としてのオフィスへ
完成したオフィス空間自体がどうあるべきかに加え、その空間をどう企画してどうつくり、完成後のオフィスでどう過ごすか、まで含めて「会社らしさ」を表現することが、成熟した市場で企業の存在感を生み出し成長するための一つの鍵だと考えられていることがわかりました。
これまでもオフィスで「会社らしさ」を表現することはありましたが、多くは来客エリアでの「会社らしさ」の表現にとどまっており、それは顧客からこう見られたいという「らしさ」でした。
一方、現在現れはじめているのは、オフィスにまつわる体験全体で「会社らしさ」を表現することであり、その「会社らしさ」はワーカーが自分達をそのまま表現した「らしさ」であることなのです。
Y世代以降はプロジェクト単位で会社を渡り歩くなどとも言われますが、組織の枠が緩くなりワーカーの流動性が高くなっていく中で、一時一時をどこでどう働くかという視点で会社を選ぶワーカーは増えてきています。
ワーカーたちが「らしさ」をうまく醸し出しており、その「らしさ」に共感したワーカーがさらに集まり、価値観の合う中で楽しく仕事ができる場となっている。そういう場では、自分が快適に過ごせるようにする工夫が、皆が心地よく過ごせることにもつながっている。場合によっては、顧客をも同様に共感ベースで惹きつけることができる。という場のあり方は、これからの世代が働きたくなるオフィスの一つのポイントと言えそうです。
オフィスを単にオシャレで居心地良くするだけではなく、その会社の「らしさ」をい かに醸し出し、共感させ、求心力を生み出せるかということが今後のオフィスづくりで は重要となるのかもしれません。
自分達のイメージを具現化するという作り方へ
筆者はかつてオフィスの設計者だったのですが、オフィスは会社の物で、会社のお金で作るものなので、自宅を自分のお金で作る時ほどのこだわりはなく、オフィス家具メーカー側からの提案が比較的そのまま通りやすい世界だと思っていました。しかし、前述したポイントを見据えると、そのような構図はゆくゆく消えて行くのではと感じました。
もちろんこれまでも、解決したい課題や必要な会議室の数といった要望や要件は「買う人」側から提示されていました。しかし、今回エクストリームユーザーとしてインタビューした経営者の方々は、会社らしさの表現のために、どの素材をどこにどう使うか、どんな形状のテーブルでどう働きたいのかまで語ることができ、また、語りたがる人達でした。
インターネットが普及し、オフィス空間の画像だけでなく、どんな会社がどのようなオフィスを作ってどうなったかという事例をいくらでも集める事ができる時代です。若い経営者は、自分に合った自宅を自分で考えるのと同じように、様々な情報を収集したうえで自分達に必要なオフィスを頭にイメージしています。
オフィスを考える主体が、これまでそれを専門としてきた設計者から、「買う人」側に移っていくことはごく自然な流れなのではないかと感じました。
まとめ
『「らしい」オフィスを自分達で考える』を実現するために
今回の調査と考察から、流動性高く働く優秀人材と、場合によっては優良顧客(候補)をも「らしさ」への共感で惹きつける、といった目的でのオフィス投資が生まれ始めている、ということが示唆されました。
調査に協力いただいた会社の多くが、オフィス構築において既製家具・什器を求めるのではなく、カフェカウンターなど大型のものから、デスクや収納庫に至るまでをオリジナルに作るという選択肢を取っていました。その事からもこれまでの既製品では対応しきれない「らしさ」を求めていることが伝わってきます。
一方で、こういったオフィスの要件を「買う人」が考え具現化するには経験とセンスが必要という事も感じます。『「らしい」オフィスを他人任せでなく自分達で考える』ことを多くの経営者が実現できるようにするためには、家具メーカーとして何ができるのか。一筋縄ではいかないこの挑戦。続きをお楽しみに! 第2話へ続く
ワークスタイル研究所
2017年創設。ワークプレイスを基軸とした新しい働き方に関して、調査・実践研究・発信を通した研究活動を担っている。ワークスタイルコンサルティングや先端的な働き方や働く環境を紹介するオウンドメディア『WORKSIGHT』の発刊を行う。