組織の力
2020.08.05
タニタが取り組む信頼をベースにした関係性のあり方〈前編〉
会社と個人が惹きつけ合う関係へ
近年、労働者が働きやすい環境や制度を整える企業が増えつつあるが、その根底にあるのは企業と労働者の信頼関係だ。労働者が企業を信頼し、働き続けたいと思うからこそ、改善に期待を寄せ、また、企業側が労働者を信頼するからこそ柔軟な働き方を支援する。以前取り上げた、『今、日本企業に求められる「信頼でつながる雇用」① ~企業と個人を共に成長させる「アライアンス」な雇用関係』の記事ではアメリカにおけるアライアンスな雇用関係について紹介したが、今回は日本式アライアンスの好事例として、体組成計や活動量計などの製造・販売で知られる株式会社タニタが取り組む「日本活性化プロジェクト」を紹介する。
タニタでは、「日本活性化プロジェクト」と題して社員を個人事業主に切り替える取り組みを2017年から開始し、会社と個人の新たな関係を築こうとしている。うがった見方をすればリストラとも捉えられかねない「社員の個人事業主化」だが、企業と働き手である個人が結ぶ信頼のあり方について、経営本部社長補佐の二瓶琢史氏に話しを聞いた。
タニタでは、「日本活性化プロジェクト」と題して社員を個人事業主に切り替える取り組みを2017年から開始し、会社と個人の新たな関係を築こうとしている。うがった見方をすればリストラとも捉えられかねない「社員の個人事業主化」だが、企業と働き手である個人が結ぶ信頼のあり方について、経営本部社長補佐の二瓶琢史氏に話しを聞いた。
写真:(左から)二瓶琢史氏、大塚武司氏
雇用関係の解消で
やりがいアップ
株式会社タニタが2017年1月から開始した「日本活性化プロジェクト」は、自ら希望する社員がタニタを退職したうえで個人事業主(フリーランス)としてタニタと業務委託契約を結び直す、という社員の個人事業主化の取り組みだ。2020年で第4期を迎えたこのプロジェクトを通じて、現在はタニタ(社員数約220名)では24名の元社員が個人事業主となって働いている。
このプロジェクトは、タニタの代表取締役社長である谷田千里氏が発案した。経営本部社長補佐の二瓶琢史氏は、自らも「日本活性化プロジェクト」を活用し、個人事業主としてタニタと業務委託契約を結んで働いている。二瓶氏は、谷田社長が「社員の個人事業主化」構想に至った理由について、「社員が生き生きと、やりがいを持って働けるようにするにはどうしたらいいかを考えた結果です」と説明する。
さらに「谷田が先代から社長職を継いだ際に、『自分が先代から受け継いだ一番の財産は社屋でも資金でもなく、社員をはじめとする"人"』だと考えたそうです。そして、社員がやりがいを感じながら働ける方法を模索して、個人事業主化という仕組みにたどり着いたのです。具体的には、理美容業界で美容師の方が個人事業主として美容院と契約するスタイルを参考にしました」と続けた。
個人と企業が
対等な立場で契約
では、雇用関係を解消して個人事業主として契約を結ぶことが、なぜやりがいを持って働くことにつながるのか......。二瓶氏は次のように語る。
「社長の谷田の考えは、『受け身で働いていては本当のやりがいは感じられない』というものです。また、"やらされ感"に物理的な過重労働が加われば、メンタルヘルスの不調を引き起こしかねません。そこで、主体性を持って仕事に取り組むための仕組みとして、個人事業主化に至ったのです。個人事業主は自分で仕事を選んでクライアントと契約を結ぶわけですから、"やらされている"という感覚ではなく自分ごととして取り組むはずです。また、自分のライフスタイルに合わせて自由に働けるのも魅力といえます」
個人と企業が相互信頼のもとに
惹きつけ合う関係をめざす
また、「谷田社長の胸の内には優秀な人材と長くつきあいたい」という思いもあったと二瓶氏は明かす。
「会社経営は、上り調子のときだけではありません。組織へのロイヤリティが高い優秀な社員であっても、会社の業績が悪化して給与等の収入が激減すれば、ご家族のためなどの理由で『やむを得ずに離職』するリスクもあります。けれども、個人事業主としてタニタ以外の収入源があれば会社が苦しくなった時にも離れず、業績回復に力を貸してもらえるかもしれません。会社と対等な立場になってもらうことで、個人と企業が互いに信頼しながら長く関係を続けていきたいと考えたようです」
個人と企業が対等な立場であるからには、個人は独立した事業主として仕事のスキルを高め、成長していくことが求められる。企業も成長意欲の高い個人に選ばれるよう、魅力的な仕事や契約条件を提供する必要がある。
「これまでの企業と個人の関係は、誤解を恐れずに言うと『会社が個人を社員として抱え込む関係』だったといえます。『日本活性化プロジェクト』では、『企業と個人が互いに惹きつけ合う関係』をめざしています」と二瓶氏は力を込める。
個人事業主になっても雇用関係を継続し
社員時代と同等の報酬を保障
「日本活性化プロジェクト」では、社員が個人事業主になる際、タニタとの雇用関係を終了する。このため、「単なる社員のリストラではないか」との批判もあるという。しかし、プロジェクトの内容を正確に把握すれば、こうした批判は的外れであることがわかる。
「日本活性化プロジェクト」の契約形態では、タニタと個人事業主との契約期間は3年間となる。しかも、契約内容は1年ごとに見直して更新、または改定される。つまり、個人事業主になってからも、仕事と収入の安定性が確保されている。
「もちろん契約の終了がないわけではありません。しかし、タニタ側が契約を見直した結果として更新しなくても、その後2年は契約期間が残っているので、『来月から仕事がなくなる』というリスクは回避できます。一方、タニタ側から見ても、『プロジェクトなどの途中で担当者がいなくなる』といったリスクを回避できます」
また、個人事業主になっても、手取り収入が社員時代の年収を下回らないよう設計されており、報酬には社員時代に会社が負担していた社会保障費なども組み込まれている。さらに、契約時に取り決めた業務以外の仕事を請け負った場合、追加報酬を受け取ることができる。
「仕事量に見合った報酬が受け取れることも、働き手のやりがいにつながるのではないでしょうか」
株式会社タニタ
1944年設立。体組成計や活動量計、血圧計などの製造・販売をはじめ、ヘルシーレストラン「タニタ食堂」や女性向けフィットネス「タニタフィッツミー」の運営といった健康サービスを手掛ける健康総合企業。グループ会社のタニタヘルスリンクでは、企業や自治体向けの健康づくり支援サービス「タニタ健康プログラム」を提供している。2019年、『日本活性化プロジェクト(社員の個人事業主化)』の取り組みによって、株式会社リクルートキャリア主催の「第6回GOOD ACTIONアワード」特別賞を受賞。