レポート

2020.09.14

学校ICT化時代に向けた働き方改革

withコロナ時代の働き方&環境改善のノウハウと事例

近年、学校における働き方改革や業務改善の必要性が唱えられ、長時間労働の抑制や業務の効率化への取り組みが各学校・地域で進められてきた。働き方改革や業務改善に不可欠なICT活用については課題となっていたが、この度の新型コロナウィルス感染症拡大の影響を受け、図らずしも加速する兆しを見せている。
学校の働き方改革においては”追い風”とも言える今の状況を受け、コクヨ株式会社は『学校ICT化時代に向けた働き方改革』と題したオンラインセッションを開催。3名のスピーカーが、withコロナ時代の働き方や働く環境を改善するノウハウ並びに先行事例について発表した。

セッションテーマ

1 学校ICT化時代に向けた働き方改革

2 学校の働き方改革と職員室環境改善

スピーカー

齋藤敦子氏(コクヨ株式会社 ワークスタイルリサーチ&アドバイザー/一般社団法人 Future Center Alliance Japan理事)

高橋麻子氏(コクヨ株式会社 医療教育営業部ソリューショングループ デザイナー)
上部充敬氏(横浜市立日枝小学校 事務職員/横浜市公立学校事務職員研究協議会)



学校の働き方改革の最重要事項は、
教職員のウェルビーイングを高めること

今回のセッションには、学校の教職員を中心に40名近くが参加。冒頭では、学校現場での取り組みの状況を共有するため参加者へのアンケートが行われ、「学校のICT化について取り組んでいることは? 」という問いに対して次のような回答があった(複数選択制)。

学校のICT化について取り組んでいることは?
・職員会議のペーパーレス化 89%
・文書・書類のデジタル化による共有 79%
・職員室掲示板のサイネージ化 58%
・職員間のSNS等オンラインでのコミュニケーション(校務支援システム以外) 58%
・教職員のリモートワーク 47%
・朝礼や授業のオンライン配信 32%

アンケートに続き、メインスピーカーとして齋藤氏が登壇。学校の業務改善アドバイザーとして多くの学校の働き方改革を支援してきた経験をもとに、各種データや事例を交えながら、学校現場で働き方改革を進めるうえでの要点について発表した。

齋藤:「コクヨは、With/Afterコロナ時代の働き方として、WX(ワークスタイル・トランスフォーメーション)というコンセプトを掲げています。オフィスは事務作業の場所から、学びと共創の場へと進化しています。働き方がどんどん変わるなかで、オフィスは時代とともにアップデートされてきました」

「では、学校はどうでしょうか? 学校といえば紙文化が中心で、アナログ、対面を重視し、ICT化がなかなか進んでいませんでした」

1_org_134_01.jpg
イメージ画像

齋藤:「しかし、コロナ禍により学校に行けない、みんなで集まれないという状況と、折しも新学習指導要領が本格的に施行されるタイミングが重なりました」


「Beforeコロナに戻ろうとするのではなく、時代に合ったこれからの教育を実践していくために、今こそ学校自体が変わっていくことが求められるのではないでしょうか」

1_org_118_03.png

「まず、学校を取り巻く環境がどう変わっているのか、デジタル化、ICT化の加速が、社会にどのような変化をもたらしているのか、という視点でみていきましょう」

「まず、新しい働き方として一般化してきた在宅勤務について、コロナが収束しても継続したいという声はよく聞きます。」

「ネット上のさまざまな調査から『Afterコロナも在宅勤務などのリモートワークを継続したい』という人は約半数います。また、リモートワークが進むことで副業や地方移住、共働きといった新しいライフスタイルの可能性が示唆されています(BIGLOBE調査2020)」

「学校に関わることでは、子どもたちの学習および生活におけるデジタル化です。OECDによる15歳を対象にした調査によれば、日本の学校の授業におけるデジタル化がOECDの中で最下位である一方、ゲームやチャットなど日常でのデジタル活用は最上位です」

「日常生活では相当にデジタルを使っているのに、学習ではその環境が無い、ということになります(OECD調査 2018)。データで日本の学校の約8割が授業でデジタル機器を利用していないことが明らかになっています」

「子どもの日常的なデジタルコミュニケーションと学校の学びに生じているギャップをどう捉えるか、ということも考えていく必要があります」

1_org_134_02.jpg
イメージ画像

齋藤:「ここからは本題に戻って学校現場の働き方改革について話を進めていきます。昨今の企業・組織の働き方改革の軸となっているのが、働く人のウェルビーイングです。ウェルビーイングとは、身体・精神および社会共同体との相互関係が満たされている状態のことで、WHO憲章に記述されている概念です」

「心理学者のセリグマン博士によれば、ウェルビーイングを、ポジティブ感情・没頭・人間関係・意義・達成の5つの要素で捉えることもできます。ウェルビーイングやポジティブ心理学の研究は21世紀初頭から注目され、科学的な研究も進められています」

「なぜ、企業がウェルビーイングに注目しているのか。それは、生産性を上げて欲しいと働く人に命令するよりも、働く人のウェルビーイングを高めることで個人と組織の生産性が上がる、という方程式に気がついたからです」

「これは、働き方改革を成功させる重要なポイントの一つでもあり、学校現場でも同じことがいえます。ICT(デジタル)はあくまでもツールであり、教職員が"どんなふうに働きたいか"という考えや思い、行動変容が重要なのです」

「学校の働き方改革の第一歩を進めるにあたって、教職員のウェルビーイングを高めるという観点を踏まえながら、大切なことは次の3つです。時間削減は目標であっても目的ではありません。」

・やるべきことをやるための時間確保(教務の研究開発など)
・チーム学校として協働による校務の効率化(文書や情報の共有)
・目にみえる環境改善と業務改善の組合せ(楽しく取り組める参加型)


1_org_134_03.png

齋藤:「熊本市では校務のICT化が進んでいます。教職員は一人一台のタブレット端末を支給されており、集合研修などもペーパーレスで行っています」

「あるモデル校では、全職員の研修時間を活用してワークショップを行い、なぜ働き方改革が必要なのかを対話し、課題を洗い出し、改善・検討を重ね、実践するしくみをつくりました。それが、"分析"から始まるCAPD(※1)サイクルです。このモデルを使って評価することで、さらに改善していくことが可能です」
※1:Check(分析)、Action(改善・検討)、Plan(計画・提案)、Do(実践)

「これまで全国のモデル校で働き方改革のサポートを行ってきましたが、ポイントは以下です。学校の働き方改革は教頭先生の仕事とも捉えられがちですが、教職員の多様性を活かして"まずやってみる"という手軽さも必要です」

学校現場における働き方改革成功のポイント
1. 目的共有と課題設定が重要
2. 具体的な課題(テーマ)を掲げる
3. 基本的な考え方(理論・作法)と応用
4. 時間軸を決めて推進する
5. マネジメント層の率先垂範(まずやってみる)
6. 年代や職責を越えたスモールチームをつくる



職員室の環境改善のポイントは3つ
コミュニケーション、リフレッシュ、管理職席の中央配置

続いて、職員室の環境改善の取り組みについて、よくある課題とそのソリューション事例について高橋氏が発表した。

1_org_134_13.jpg

高橋:「学校の働き方改革を推進するうえで、業務改善、環境整備、組織風土づくりを複合的に進めていくことが大切です。今回は、その中でも環境整備にあたる、職員室の環境改善の事例を紹介します」

「従来の職員室は、管理職の席を職員室の隅に配置し、そこから縦方向に教職員のデスクが詰め込まれるように配置されていて、その他のスペースがほとんどない状態です。縦方向のレイアウトのため、一部の教職員の席が管理職の席から遠くなり、コミュニケーションが減る、仕事の様子がわからないなどの問題があります。また、自席以外のスペースもほとんどないため、広いスペースを使った作業ができないなど、業務を行ううえでも使いづらさがあります」

1_org_134_04.png

高橋:「このような従来の職員室環境下で働く教職員からは、次の3つの課題が明らかになっています。そして、それら3つの課題へのソリューションを紹介します」

1_org_134_05.png



ソリューション①
コミュニケーションスペースの設置

課題
・共同作業をしたくてもする場所がない
・ディスカッションやアイデア出しなどをする場所がない

高橋:「職員室内に書類などを広げながら作業のできるスペースを設置します。作業だけでなく、みんなで集まって行うディスカッションやアイデア出しができる、多目的なスペースとして活用します」

  • 泉南市立泉南中学校コラボレーションエリア
  • 吉川市立美南小学校(グループアドレスで運用し、クリアデスクを心がけることで、空いているときはワークスペースとして利用)



ソリューション②
リフレッシュスペースの設置

課題
・リラックスして休息ができる場所がない
・学年などを超えてさまざまな先生と気軽に交流する場、くつろぎながら仕事ができる場がない

高橋:「職員室内の一部に、ソファーやテーブルを置いてリフレッシュスペースをつくります。執務エリアから直接見えないようにパーテーションなどの目隠しを置くことで、ちょっとした飲食もしやすくなります」

  • DK小学校ミーテイング件リフレッシュコーナー
  • 岡山県総社市立総社小学校打ち合わせコーナー(気軽にコミュニケーションが取れるスペース




ソリューション③
管理職席の中央配置

課題
・管理職と職員とが気軽なコミュニケーションを図りにくい
・教員の状況を表情や声により自然と把握するのが難しい

高橋:「職員室を縦方向でなく横方向に使い、管理職の席を職員室の中央に配置。教職員の席との距離が近くなり、端から端まで広く見渡せるようになります」

  • 江東区立有明西学園職員室
  • 岡山県総社市立総社東中学校職員室




教職員間の関係性の質を高め、
小さく実践しながら周囲を巻き込む

ここで再び参加者へのアンケートが行われ、「働き方改革を進めるにあたっての悩み、課題は? 」という問いに対して次のような回答があった(複数選択制)。

働き方改革を進めるにあたっての悩み、課題は?
・整理術やICTなどのスキル不足 61%
・予算がない 61%
・教職員の巻き込み方がわからない 39%
・今までのやり方を変えられない 39%
・進め方がわからない 17%
・周囲の理解が得られない 11%


続いて、横浜市立小学校で事務職員として環境・業務改善を率先してきた上部氏が登壇。司会からの問いかけに答えるかたちでトークセッションを行った。


――職員室の環境改善により、教職員の働き方はどう変わったか?

1_org_134_14.jpg

上部:「グループウェアで情報共有をするようになったことや、教職員間のコミュニケーションが活性化したこと、ペーパーレスにより業務の効率化も進みました」

「ただ、職員室などの環境改善は手段であって目的ではなく、環境改善により何を目指すか、つまり、どんな教職員集団でありたいか、を明確にすることが大事だと考えています」

「例えば前任校では、"ひびききあう教職員集団"を目標に掲げていました。これはプロジェクトに関わった教員から言われたことですが、教職員みんなが常に最上位目標を意識し、これに照らし合わせながら物事を考えるようになったことで、自ずと方向性が一致するようになり動きも早くなりました」


――実際に環境改善や業務改善を進めるにあたり、どこから手をつけたのか?

上部:「自分自身のマインドセットを変えること。環境改善や業務改善を"やらされる"と思うのではなく、自分が"やりたいことをやるんだ"という勇気と覚悟をもつことですね。そのうえで、同じ志を持つ方と繋がりながら、戦略や計画を立てました」

「他の教職員と繋がる手法としては、アイデアベースであれこれ議論するのではなく、まずは一つやってみることが大事だと思っています。私の場合は、フリーアドレス席をとりあえずつくりました。つくって、使って、体験してみたら、良いも悪いも意見を出し合えます」

「あとは、環境改善や業務改善について教職員同士で話し合う機会をもつことです。そのための会議は短く・楽しく・定期的にするようにしています。15分でもいいので定期的に集まると決めておくと、みんなその会議に向けて自然とアイデアを考えるようになるんです。会議が設定されていないと、忙しいからと先延ばしになってしまいます」

「"結果の質"にこだわらないことも大事にしています。ダニエル・キム教授が唱える"組織の成功循環モデル"にあるように、結果ばかりを求めるとうまくいきません。まずは"関係の質"を高めることで、じゃあ次もやってみようという雰囲気を教職員の中でつくることができます」


――困難だったことや壁になったことはあったか? また、それを乗り越えた方法は?

上部:「アイデアが出てこないという状況が一番の壁でした。みんなアイデアはもっているのに、それを出せない。なんでも話せる心理的安全性の高い場づくりの重要性を感じました。どう克服したかというと、先ほども話した関係性の質を高めることを意識しつつ、小さなことから始めて少しずつ大きくしていきました」


――周りへの発信で効果的だったことは?

上部:「楽しい雰囲気を醸し出すこと、ですね。あえて職員室から近い部屋で環境改善・業務改善についての会議をして、とにかくアイスブレイクで盛り上げて、他の教職員に何やってるんだろう、なんか楽しそうだな......、と思ってもらえるようにしていました(笑)。そうしたら、メンバーが一人、また一人と増えていきました」

1_org_134_15.jpg
イメージ画像

――最後に、上部さんが考える、withコロナ時代の理想的な職員室の姿は?

上部:「私は、職員室の改善にあたって大事なのは、"夢中"と"癒し"だと思っているんです。"夢中"については、個人で夢中になれる個室スペースと、みんなで夢中になれるプロジェクトスペースがあるのが理想です」

「また、"癒し"でいうと、業務の生産性や効率を落とす最大の要因は、不機嫌だと思っています。職場の誰かが不機嫌だったり怒っていたりすると、仕事はスムーズに進みません。学校には教職員みんながご機嫌でいられるための癒しの空間が必要だと思っていて、現任校の日枝小学校でもお茶を飲みながら雑談するようなカフェスペースをつくろうという話が進んでいます」


上部氏のトークセッションを受け、齋藤氏が「コロナ禍を経験したことで、教職員、地域、保護者など学校を取り巻く人々の意識が変わってきた今は、働き方改革を進めやすい時期にある。何を仕掛けていくか、この数年が大きな山場になるだろう。学校や地域の枠を超えて知識を共有しながら進めることが大事。私たちもそのサポートをしていきたい」と挨拶し、オンラインセッションは終了した。

齋藤 敦子(Saitou Atuko)

コクヨ株式会社 ワークスタイルリサーチ&アドバイザー/一般社団法人 Future Center Alliance Japan理事
設計部にてワークプレイスデザインやコンサルティングに従事した後、働き方と働く環境についての研究およびコンセプト開発を行っている。主にイノベーションプロセスや共創の場、知的生産性などが研究テーマ、講演多数。渋谷ヒカリエのCreative Lounge MOV等、具体的プロジェクトにも携わる。公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会 ワークプレイスの知的生産性研究部会 部会長など兼務。

高橋 麻子(Takahashi Asako)

コクヨ株式会社 医療教育営業部ソリューショングループ デザイナー。1997年コクヨ入社。一貫して初等教育から中等教育までの教育施設の空間設計を担当。学び方・教え方・働き方といった、学ぶ人・働く人の活動を踏まえた提案、空間の構築を手掛ける。また、教育施設用家具の商品企画への参画や、冊子やカタログなどの販促物の制作にも従事している。

上部 充敬(Uwabe Michitaka)

横浜市立日枝小学校 学校事務職員/認定ワークライフバランスコンサルタント/魔法の質問キッズインストラクター。働く場を改革していくことを通して、働き方や生き方を見つめ直していくことを目指している。

文/笹原風花