レポート
人の個性を活かす組織づくりの極意とは?
「“個”を活かすマネジメント改革2020」イベントレポート
2020年10月、『“個”を活かすマネジメント改革2020~組織と人事のDXを知る1日~』と題して、株式会社カオナビとNewsPicks Brand Designによるオンラインカンファレンスが開催された。コロナ禍をきっかけに働き方や組織のあり方が変わりつつある今、企業は人材マネジメントをどうとらえ、推進していくべきか。また、その際にテクノロジーをどのように活用すればよいのか。組織開発や人材育成に詳しいスピーカーが登壇したセミナーの模様を抜粋してレポートする。
テーマ
■ No Normailな時代に変わる「働き方・組織」の本質とは?(登壇:山口周氏)
今回のカンファレンスを主催する株式会社カオナビは、クラウド人材管理システム『カオナビ』を開発し、HRテック(人材の育成や評価、配置にIT技術を活用し、人事関連業務を効率化する手法)によるソリューションを提案する企業だ。カンファレンスでは、「働き方と組織」「人事」「DX(デジタル技術によるイノベーション)」といったテーマで、多様な立場のスピーカーが持論を展開した。
No Normal時代に変わる「働き方・組織」の本質とは?
イベント前半ではキーノートスピーチとして、独立研究家・著作家・パブリックスピーカーという複数の肩書きをもつ山口周氏が登壇。組織開発や人材・リーダーシップ育成を専門分野として研究する山口氏は、「"No Normal"時代に変わる『働き方・組織』の本質とは?」というテーマで、これからのワークスタイルや組織と個について語った。
No Normal時代には
ワークスタイルの「普通」がなくなる
山口氏は、アフターコロナの世界観として"No Normal"という考え方をまず提示する。これはメディアでよく見られるNew Normal(新しい"普通")というキーワードに対するアンチテーゼで、「普通がない」という意味だ。
No Normalの世界には絶対の正解や定石がなく、「今まではこの方法でうまくいった」という経験や強みは足かせになる可能性が高いとのこと。PDCAではなくDCDCで試す⇔評価を繰り返して、自ら成長していくことが重要という。
働き方に関しても正解はなくなる。例えば全ワーカーがオフィスに出社するワークスタイルは常識ではなくなり、ワーカーごとに違うスタイルで仕事をするのが当たり前になっていく。
これからのワークスタイルでは
学びと経験の量と質が重要
正解のないNo Normal時代の働き方として「兼業・副業は常態化するべき」と山口氏は今後の方向性を訴える。なぜならリモートワークが増えると、ワーカーにとっては上司や先輩、同僚から学ぶ機会が減る。
しかし、正解がないからこそ、自ら問題意識をもって行動することが求められるため、たくさんの学びや体験は不可欠。そこで、自社以外の仕事をして「良質な失敗を体験しながら学ぶ」必要があるというのだ。複数の経験から複数のスキルを磨く...、学びの回転率をあげていくことが、これからもワークスタイルと言えそうだ。
これからの企業と個人の関係は
達成目的を共有するパートナー
働き方の自由度が上がると、「今勤めている企業でなくてもいいのでは?」と考えるワーカーも出てくるだろう。だからこそ企業は、魅力的なミッションやビジョンを策定する必要があるという。
そこに共感した働き手が集まり、夢中になって仕事をしながら自分の能力を最大化する。「個人にとっては、とてもいい時代がやってくるのではないか」という言葉で、山口氏はスピーチを締めくくった。
テクノロジーを武器に変える、
新時代の「人事」戦略
イベント後半のセッションでは、「テクノロジーを武器に変える、新時代の『人事』戦略」というテーマで、株式会社ニトリホールディングス組織開発室室長の永島寛之氏と、コクヨ株式会社ワークスタイルイノベーション部部長の鈴木賢一氏が、それぞれの企業における人材マネジメントについて紹介した。
「個人の成長」を軸に
組織開発を展開
まずは、株式会社ニトリホールディングス組織開発室室長の永島寛之氏が登壇。
永島:「ニトリでは、『個人の成長が起点となって組織が成長し、社会課題の解決を実現できる』という基本概念をもっています。ですから人事施策も、あくまで個人の成長に焦点を置いています」
「近年、働き方において、ジョブ型かメンバーシップ型か、といった議論が多くみられます。このトピックはつまるところ、『組織の生産性を上げるためにどちらのスタイルが有効か』という問題に集約されるのではないでしょうか。しかし私たちは、『個人の生産性』という考え方から働き方をとらえ、従業員の成長を軸にした組織開発を行っています」
HRテックを活用し
従業員のモチベーションに訴えかける
永島:「ニトリでは、人材開発・組織開発の手法としてHRテックを活用しています。その一つして構築したのが『人材マネジメントプラットフォーム』です。従業員約5000人のさまざまなデータを管理・分析しながら人事施策を打ったり、評価を行ったりしているのです」
「例えば、弊社では、ある経営大学院が提供するeラーニングシステムを導入し、従業員は好きな講座を受講できます。『誰が・どの講座を・何時間学んだか』のデータは、人材マネジメントプラットフォームに蓄積されます。私たちは個々人のデータからどんなことに好奇心を持っているのかを分析し、次の配置転換に活かしたり、その人が興味を持ちそうな研修を勧めたりして、従業員のモチベーションに訴えかけています」
「私たちは、HRテック導入の目的を『従業員1人ひとりのよりよい仕事体験を助けるツール』と位置づけています。今後もその方向性を大切に、テクノロジーを活用しながら、個々の従業員の成長志向と、会社の方向性をマッチさせていきたいと考えています」
「人の価値を引き出す」ことに
重点を置いたHR施策
続いて、コクヨ株式会社ワークスタイルイノベーション部部長の鈴木賢一氏が登壇した。
鈴木:「コクヨでは2015年から、『価値創造にこだわる自己改革』『持続的な成長力の獲得』をテーマに、『人の価値をいかに、どれだけ引き出せるか』に重点を置いたHR戦略を打ち出しています。人の価値を引き出す手法として大きく2つ掲げているのが、『バトルシップ』と『プレイワーク』という考え方です。それぞれの考え方について、簡単にご説明しましょう」
●バトルシップ(ジョブ型人材育成)
ジョブ型人材の育成をテーマにした考え方。個人の価値を最大限に引き出すために、仕事の役割に合わせた報酬体系づくりなどに取り組んでいます。●プレイワーク(働き方の自由度)
仕事を通じた成長や仲間との共創を促すための考え方。個人の自由度を高めることを目的に、例えば「プレイワークマイレージ」(個人の学びがマイレージとして還元される仕組み)を導入しています。「デジタル×リアル」のハイブリッド戦略が
今後のHRには欠かせない
鈴木:「個人の価値を引き出す取り組みに力を入れてきた成果は、データとしても表れています。コクヨでは、コロナ禍におけるワーカーの価値観分析をさまざまな形で行っており、自社の従業員に向けても調査を実施しました。その結果、『変化を楽しみながら自律志向で働きたい』という人が多くみられたのです」
「とはいえ、コロナ禍によってリモートワークが加速したことで、オフィスで行われていたような従業員同士のリアルな交流が難しくなっているのは事実です。人と人とのナレッジが交錯しないと、新しい価値は生まれません。今後の戦略的HRに必要なのは、デジタルとリアルをハイブリッドに組み合わせながら企業価値を高め、事業成長を支えていくことではないでしょうか」
これからのHRについて
セッションの最後には、株式会社カオナビ取締役社長COOの佐藤寛之氏がモデレーターを務め、トークセッションが行われた。人材マネジメントを軸とする幅広いトピックについて、永島氏と鈴木氏、佐藤氏がそれぞれのオピニオンを展開した。――コロナ禍を経て、HRや働き方の観点で印象に残ったことは?
永島:「ニトリでは、緊急事態宣言下も店舗を開けていました。現場のマネージャーやスタッフは、感染リスクや世間からの批判もある中で、本当に大変だったと思います。しかしマネージャーを中心に踏ん張ってくれて、従業員の中にレジリエンスや使命感が育っているのを感じました」
鈴木:「テレワーク中心の働き方になると、自宅に仕事を持ち込むことになります。そこで企業側では、従業員のworkだけでなくlifeも見据えることが求められるようになったと感じています。例えば、夫婦が自宅で仕事をして、子どもも休校で家にいるとなると、マネージャーは今までとは違う配慮をする必要があります。workとlifeをうまくミックスさせる取り組みを人事が担っていくことで、個人もよりよい働き方ができるはずです」
――個人の自律性を伸ばすためにどんな取り組みをしたらよい?
永島:「基本的には、自律に3年ぐらいかかると考えています。ですから、初めは『他律』でよいので、いろいろな研修を受けたり現場で学んだりしてもらいます。さまざまな経験をする中で自分の好奇心やモチベーションが生まれ、自律的な働き方ができるようになっていくのではないでしょうか」
鈴木:「自律は『自由』と『規律』という要素に因数分解できます。自由度の高い働き方を取り入れるだけでなく規律面にも注目し、『約束したことを実行する』『自分で決めたことに対して成果を出す』といったアウトプットを評価することも大切だと思います」
――これからの時代、人事に求められる役割は?
鈴木:「人事は、個人が創造性を発揮するためのエンジンになることです。ですから、HR担当者が率先して組織の中で活躍していただき、アクセルを踏む役割を担っていただきたいです」
永島:「人事の役割は、従業員の思い描く今後を見ながら、『組織が将来あるべき姿』を策定し、そこに個人の成長を当てはめていく使命をもっていると感じています」
コロナ禍をきっかけに多くの人の働き方が変わり、組織と個人の関係性が問い直されている。個人も組織も、トライ&エラーを繰り返しつつ「自分にとってどんな働き方がベストか?」「個を活かすにはどんなマネジメントを行ったらよいか?」をすでに模索し始めている。テクノロジーも駆使しながら、正解がない時代における「自分・自社にとっての正解」を創っていくことが求められるのだろう。
山口 周(Yamaguchi Shu)
慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通やボストン・コンサルティング・グループなどを経て、組織開発・人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループ株式会社にシニアクライアントパートナーとして参画。専門はイノベーション、組織開発、人材・リーダーシップ育成など。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』、『劣化するオッサン社会の処方箋』(いずれも光文社新書)など著書多数。
永島 寛之(Nagashima Takayuki)
株式会社ニトリホールディングス組織開発室 室長。東レ、ソニーを経て、2013年にニトリへ入社。2015年より採用責任者、2019年より人事責任者へ。長く携わったマーケティングの顧客視点を人事に導入し、HRテックを駆使した「学習型タレントマネジメント」を開発。「個の成長が企業の成長。そして、社会を変えていく力になる」という考えのもと、従業員のやる気・能力を高める施策を次々と打ち出す。
鈴木 賢一(Suzuki Kenichi)
コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部 スペースソリューション事業部ワークスタイルイノベーション部部長
コクヨ働き方改革コンサルティング部門の責任者。各種プロジェクトマネージャーを経て、現職15年。年間50社を超える変革相談を通じて得られた企業の課題から、働きやすさや働く場の生産性について変革支援を行う。