組織の力
顧客のニーズから始まったミキハウスのダイバーシティ&インクルージョン〈前編〉
売り上げを牽引した外国人スタッフの接客
昨今、注目を集める企業・組織のダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)。一般的には、従業員の働きやすさ・働きがい、新規開拓やイノベーションのためにD&Iを推進するケースが多い。一方、顧客のニーズに応えるために外国人スタッフが不可欠となり、結果的に組織内のD&Iが進んだのが、ミキハウスのブランドで知られる高級子供服メーカーの三起商行株式会社だ。その経緯と課題、さらに解決策について、株式会社ミキハウスHCサポート 取締役の藤原裕史氏に話を伺った。
「爆買い」ブームで明らかになった、中国人客と日本人客の接客ニーズのギャップ
ミキハウスは、1971年に創業し今年50周年を迎える子ども服のアパレルブランド。衣料品の廃棄量の増大が進むなか、簡単に消費・廃棄される流行を追いかけた衣料品ではなく、長く使ってもらえる質の高い衣料品を提供することを大事にしてきた企業だ。もとは「トドラー」と呼ばれる、服のサイズにして90cm〜110cmの商品がメインだったが、近年は「ベビー(新生児〜1歳)」分野へと商品の幅を拡張してきた。 一方、海外にも早期から進出し、1980年代にはフランスやイタリアに出店。海外での認知度を高めていった。2010年に開催された上海万博では、日本産業館にアパレルで唯一出展し、中国でも注目を集めるようになった。中国でのブランド認知が進むなか、日本に観光で訪れる外国人旅行客、いわゆる「インバウンド」が伸長。都市部を中心に、「爆買い」する中国人観光客が現れるようになった。 「いわゆる爆買いが急激に増えたのが、2014年の秋でした。一般的な日本人に対する接客サービスの手法と外国人観光客に対するそれとはずいぶん違いがあります。日本人への接客の場合はお客様に寄り添って、しっかりとお話を伺い、お客様のご要望にお応えするのが基本です。一方、外国人観光客の場合は、滞在期間が短い中で、スピーディでポイントを押さえた積極的な商品紹介が求められます。特に中国のお客様は高級な商品を勧められること自体が自身へのステータスの証と感じる方も多いように感じます」
顧客の満足度を高め、収益を上げるために、外国人スタッフの積極採用を開始
大量に商品を購入する中国人観光客が増えると、当時、少数ながらいた外国人スタッフたちに業務が集中。各店舗の売り上げのトップには中国人スタッフの名前が並んだ。中国語ができる日本人スタッフもいたが、語学力だけでは到底太刀打ちできなかったのだ。 「語学力の問題じゃないんです。外国人観光客、とりわけ中国のお客様のなかには、『この店で一番高いものを持ってきてください』とおっしゃる方もいます。ただ買うのではなく、自分が価値を認めたものを、納得したうえで買いたいという思いが強いので、接客スタッフには商品の魅力や価値をしっかりと説明することが求められます。そしてそのためには、背景知識として中国の文化や国民性、出産・育児のトレンドなども知っておく必要があります。ですから、中国人の接客サービスへの考え方や文化・風習を理解していない日本人スタッフが、お客様が満足する接客をすることはかなり難易度が高いのです」 こうした実情を踏まえて、2015年2月の中国の春節に向けて、外国人スタッフを増員することを決定。当初は「うちには中国語がわかる日本人スタッフがいるから、外国人スタッフは不要です」と自信満々に返答していた店舗でも、実際に外国人スタッフが入るとその違いが歴然と表れたため、次第に受け入れに積極的になっていったという。 「今後、お客様の満足度をさらに高めてニーズに合った店舗体制を整えていくためには、ミキハウスとして外国人スタッフを積極的に採用するべき。そして多様な国籍や背景をもつスタッフが「チームワークよく」働ける場所をつくらなければならない...、という結論に至ったのです。その後は、経営TOPと何度も議論を重ね、外国人留学生を主体としたアルバイトスタッフ採用と外国人の新卒正社員採用の2軸で採用計画を練って、人事チーム全体で急ピッチで環境を整えて行きました」
滑り出しは好調。その後、双方から不満が...。制度面プラスアルファの解決策を迫られる
外国人アルバイト及び正社員スタッフの積極採用を開始した当初は好調だった。意欲も能力も高いスタッフが多く、懸念していた日本人客からのクレームもほぼゼロだった。 「例えば、外国人アルバイトスタッフに応募動機を聞くと、日本流の丁寧なサービスを学びたい、日本人とコミュニケーションをとって語学力を磨きたいなど向上心があり、就業意欲も日本人のアルバイト求職者より高いくらいでした。お客様も理解してくださり、『はい』と言うべきところを『うん』と言ってしまったスタッフに対して、怒ったり気分を害したりするのではなく『うん、じゃなくて、はい、でしょ』と優しく教えてくださったり。温かく見守っていただけたのは、ありがたかったですね」 しかし、しばらくすると、日本人スタッフと外国人アルバイトスタッフの間にお互いへの不満が生まれてきたという。 「異文化適応のプロセス(Obergs「異文化対応曲線」より)においては、ハネムーン期の後に、カルチャー・ショック期が来るといわれていて、まさにその時期がやって来ました。外国人アルバイトスタッフからは、『日本人のアルバイトスタッフよりも自分たちの方が生産性も高いのに、時給が同じっておかしくないですか』、『たくさん購入するお客様の対応で忙しいときに日本人の社員スタッフがもっとフォローしてくれたら、もっと売り上げがあがるのに』などという声が上がっていました。 一方、日本人スタッフ全体からは、『外国人スタッフが接客に忙しいときにフォローしたい気持ちはあるけど、どう関わればいいかわからない』、『フォローに回れば自分の仕事が後回しになってしまう』などの声が。外国人アルバイトスタッフと日本人スタッフ全体との間のコミュニケーションが不足している実情も見えてきました。そこで、まずは制度や仕組みを変えていこうということになったのです」
活躍に見合う評価と処遇を実現するため時給制度を見直し「外国語手当て」を設定
勤務条件への不満やコミュニケーション不足を解消するため、2015年に最初に取り組んだのが、給与制度の改定だった。「すべてのスタッフにとって納得感のある人事制度にするためには、活躍に見合う評価と処遇が不可欠」と藤原氏。
例えば、アルバイトの給与制度の場合、語学力と販売スキルを切り分け、新たに「外国語手当て」を設定し、日本人・外国人を問わず外国語ができるスタッフには、基本時給に「外国語手当て」分を上乗せした。一方、販売スキルについては日本人スタッフの方が最初に求められる接客レベルが高いことを考慮して外国人スタッフよりもスタート時給を高めに改訂した。つまり、それぞれの良いところを最初から評価した上で、その後スキルや経験に応じて、双方ともさらにキャリアアップしていけるよう改めたのだ。
さらに、アルバイトのシフトの組み方も工夫した。従来、子ども服の買い物客のピークは、昼間の時間帯だった。一方、海外からの観光客は、昼間は観光し、夕方以降に買い物をするケースが多い。そのため、昼間は日本人スタッフ中心、夕方から閉店は外国人スタッフ中心と、顧客の動向に合わせてスタッフの勤務時間を調整したのだ。これは、外国人スタッフにとってもメリットが大きかったという。
「外国人スタッフの多くが、留学生です。そのため、昼間は学校で勉強し、夕方から20時くらいまでミキハウスで働き、さらに帰宅後はまた勉強ができる...というのは彼ら・彼女らにとても好都合なんです。飲食店での仕事だとどうしても夜が遅くなるので、勉強が疎かになりがち。時給は高く勤務時間は短い弊社は、アルバイト先として留学生の間でとても良い口コミ評価が拡がって行きました」
外国人スタッフのなかには、アルバイトで働くなかでミキハウスに惚れ込み、そのまま正社員として就職する人も出てくるようになった。後編では、外国人スタッフが働きやすく働きがいを感じられる文化づくりについて、詳しく紹介する。
藤原 裕史(Fujiwara Hiroshi)
株式会社ミキハウスHCサポート 取締役。1987年入社。新卒採用責任者などを担当したのち、店舗運営、通販事業部長職等を歴任。「事業戦略に寄り添うダイバーシティ」をテーマに、多様化が進む雇用形態や人事制度の対応、教育研修を担当。2017年より現職。ミキハウスグループ全体の教育体系構築、社外の研修支援などを行う。