組織の力

2021.07.30

顧客のニーズから始まったミキハウスのダイバーシティ&インクルージョン〈後編〉

相互理解とリスペクトが成果につながる

中国人をはじめとした外国人観光客の増大に伴う顧客ニーズの変化に対応するため、2015年より外国籍のアルバイト及び正社員スタッフ(以下共に外国人スタッフ)の積極採用に取り組んできた三起商行株式会社(以下ミキハウス)。国籍に関わらず従業員が働きやすく働きがいを感じられる文化をいかに構築していったのか、引き続き株式会社ミキハウスHCサポート 取締役の藤原裕史氏に伺った。

異文化理解の促進と育成環境づくりのため「クロスカルチャーコーディネーター」を配置

給与制度を改めた翌年の2016年には、スタッフ間の異文化理解と店舗での育成環境づくりのために、各店舗に「クロスカルチャーコーディネーター(以下CCC)」を配置した。「制度面を整えるだけでは、文化の違いから来るコミュニケーションの行き違い問題は解決できない。CCCを双方の理解者、橋渡し役として、文化変容を促した」と藤原氏。CCCには主に、柔軟性のある若手社員を抜擢した。

CCCを集めた勉強会では、ミキハウスのビジネスに外国人スタッフが不可欠な理由や、ミキハウスの外国人スタッフが高い能力を有する人材であることを周知。エリン・メイヤー氏の著書『異文化理解』(英治出版)をテキストに、国や文化が異なれば認識の仕方が大きく異なることを、理論と実践の両面から学んでいった。具体的には、エリン・メイヤー氏の「カルチャーマップ」をもとに、コミュニケーション、評価、説得、リード、決断、信頼、見解の相違、スケジューリングなどの項目について、日本と諸外国を比較しながら客観的に理解していった。

国民性や文化の違い、多様性を知識としてインプットしたうえで、社員の事案に落とし込んでいった。例えば、「Aさんの写真を撮って」と言われると、アジア系の人はAさんの周囲にいる人も含めて関係性を切り取り、ヨーロッパ系の人はAさんという対象だけを撮るといわれている。それを、実際に社員が撮った写真をもとに検証。リアリティを伴うことで、メンバーの理解も深まっていったという。

1_org_151_01.jpg どちらも研修発表風景ですが、日本人は発表の全体像を撮影し、ヨーロッパ人は発表者に焦点を当てて撮影している。

それと同様に、あるヨーロッパ人スタッフの机は一見雑然としていても「自分」にとって使いやすいように置かれているが日本人スタッフの机は「周囲の人」から見られてもはずかしくないように退社前には整頓して帰るなど、実際の机の写真を見比べて双方の考え方の違いを紹介したりもします。そのような事例をもとに、日本人スタッフは「外国人スタッフはロッカーの使い方が汚い」と思うが、日本人の当たり前が彼らの当たり前ではない...という話をしたりしながら、実際の店舗でも文化の違いによりいかにすれ違いが起こっているかを確認した。

1_org_151_02.jpg 左から日本人スタッフと外国人スタッフの机

「大事なのは、文化が違うんだから仕方ないよね、多様性を受け入れて我慢するしかないよね...で終わらせるのではなくて、じゃあみんなが気持ちよく過ごせるにはどうしたらいいかを考え、行動に移すこと」と藤原氏。そのために作成したのが、現場で困っていることを可視化する『お困りごと解決シート』だ。




『お困りごと解決シート』で課題を可視化し、解決策を考案する

『お困りごと解決シート』は、基本的に各店舗のCCCが作成する。日本人スタッフが感じる違和感や気になること、それに対する外国人スタッフの感覚をヒアリングして記入。その要因として思い当たる文化的な背景、さらに、対応策まで考えて書き出すようになっている。最近では外国人スタッフがCCCになるケースも出てきて、挙がってくる困りごとやその対応策もより多様になっているという。

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さらに、同じことがお客様に対しても言えると考え、『お客様ニーズ発掘シート』を開発。異なる文化的背景をもつ顧客の多様なニーズを理解し、それに応えるための、非常に有効なツールとなっている。

「例えば、アジア系やラテン系の人たちは血縁的な「ファミリー」を大切にして「子供であること」を大事に扱う印象がありますが、国や地域によっては、早いうちから子供を「1人の大人」、対等の存在として扱うところもあるように感じます。そういった背景も含めて、お客様の買い物スタイルやニーズを全スタッフが理解することで、より満足度の高い接客につながると考えています」

店舗から寄せられた『お困りごと解決シート』や『お客様ニーズ発掘シート』は本部で管理し、全社で共有している。「集まれば集まるだけ事例が増えて、他店舗にとって軋轢解決策のヒントになる」と藤原氏。外国人スタッフが増えるにつれ、「相互理解とリスペクトが成果や業績につながるという成功体験を共有することで、異文化理解や多様性を受容する文化が緩やかに醸成されていった」と振り返る。




ミキハウス版・カルチャーマップを作成。7つの提言で双方が働きやすい職場をつくる

その後も、相互理解を深めて絆をつくる新人研修、外国人スタッフの孤立を防ぐ社長主催の定例食事会、外国人スタッフが自分の国や文化について販売・接客に役立つ知見を発表する商品情報交換会など、日本人スタッフと外国人スタッフのチームワークを推進する施策を講じてきたミキハウス。現在(2021年6月現在)では全国で100名を超える外国人スタッフが、それぞれの個性や能力を発揮しながら活躍している。外国籍の正社員も増えており、直近では新卒採用の半分は外国籍だという。

「どんな子育ての文化があるとか、育児ではどういうトレンドだとか、外国人スタッフから入ってくる海外の情報は新鮮。日本人だけでは得られない」と藤原氏。まさに、ダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)を体現した組織となっている。ミキハウスでは、エリン・メイヤー氏の「カルチャーマップ」をアレンジした「ミキハウス版カルチャーマップ」を作成。異なる文化的背景をもつスタッフ同士が気持ちよく働くための7つの項目を提言している。

〈7つの提言〉
1. 外国人に何を期待するかを明確にする
2. 日本語のコミュニケーションをシンプルにする
3. 仕事観が違うので、職場の基本ルールは最初にじっくりと伝える
4. 指導方法は、時間はかかってもなるべく丁寧に教える
5. 苦手なチームワークを克服する
6. 接客ニーズの高まりに応える〜ベビーの接客力を上げる〜
7. 制度面をわかりやすくシンプルにする


1.外国人に何を期待するかを明確にする

採用段階で、「いつまでに何ができればいいのか」という期待値やキャリアステップを明示する。受け入れ店舗や部署でどのような業務をお願いするのかを明確にし、本人に説明する。



2.日本語のコミュニケーションをシンプルにする

外国人スタッフにとって、日本人のカタカナ英語や略語はわかりにくい(例:トレーナー・ジャンパースカートなど)。カタカナ英語や曖昧な表現はできるだけ使わず、誰にでもわかりやすい表現を心がける。外国人スタッフ向けの教育ツールを作成し、敬語や日本語表現については日本語や日本の文化に詳しい外国人スタッフを指導担当につける。



3.仕事観が違うので、職場の基本ルールは最初にじっくりと伝える

外国人スタッフにとって自己主張することは当然。無理だと思っても「とりあえず言ってみる」(例:急な休みやシフトの変更、休暇の取得など)というスタンスだが、それに対して日本人スタッフは困惑しがち。日本流の仕事の心得をテキスト化して学んでもらい、休暇や勤怠条件などは採用時にしっかりと確認する。一方で、帰国休暇を与えるなど各国の文化・風習にも配慮する。



4.指導方法は、時間はかかってもなるべく丁寧に教える

「行間・空気を読む」のは良くも悪くも日本人の特性。外国人スタッフには具体的でわかりやすい指示を出したうえで仕事を任せ、結果に対して適切なフィードバックをすることを心がける。外国人スタッフの受け入れにかかる労力・時間は日本人スタッフの倍かかると心得、早めの採用・育成を徹底する。



5.苦手なチームワークを克服する

和を尊ぶ日本人スタッフに対して、外国人スタッフはライバル心が強く、個人の業績を重視する。チームワークやフォロワーシップの大切さを伝え、それにより全体でより大きな力を発揮できることを伝える。日本人スタッフがフォローに入ることへの理解や支援、評価にも気を配る。



6.接客ニーズの高まりに応える〜ベビーの接客力を上げる〜

外国人(特に中国人)のお客様が求める接客レベルが高くなってきており、留学生など若手の外国人スタッフにとって詳細な商品説明が難しい状況が生まれている。ミキハウスの勤務歴が長い外国人スタッフを育成担当につけたり、e-learningで外国語のロールプレイング動画を作成して、商品知識をサポートする。



7.制度面をわかりやすくシンプルにする

人事制度・教育制度などはわかりやすくシンプルな設計にして、十分に説明する。また、外国人ビザや外国人留学生の就業動向についても日本人スタッフがしっかりと理解し、日本での就業意向に寄り添った丁寧なキャリアプラン指導を行う。

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多様性が業績につながったことで、 弱者に寛容な風土に自己肯定感が浸透

入り口は顧客のニーズに応える人事戦略的な意味合いが強かったミキハウスのD&Iだが、今こうして根づいた背景には何があり、そして今後はどこへ向かおうとしているのか。最後に、藤原氏はこう語った。

「弊社では『子どもと家族の毎日を笑顔でいっぱいに』を企業理念に掲げており、理念自体にD&Iの要素を含んでいるというのは大きいと思います。幼い子どもや子育て世代といった社会的に弱い立場にいる人たちの思いを理解し、寄り添ったサービスを提供するというのが弊社のビジネスの根底にあり、困っている人やマイノリティを幅広く受け入れるという風土はもとからありました。
そこに、外国人スタッフが増えて、メンバーに多様性が生まれたことで業績も上がるんだという自己肯定感みたいなものが浸透した。これが、うまくいっている要因ではないかと考えています。今後も、D&Iを地で行く企業として、LGBTQや世代の違いによるICTスキルの格差など、解決すべき課題に向き合っていきたいと思います」



藤原 裕史(Fujiwara Hiroshi)

株式会社ミキハウスHCサポート 取締役。1987年入社。新卒採用責任者などを担当したのち、店舗運営、通販事業部長職等を歴任。「事業戦略に寄り添うダイバーシティ」をテーマに、多様化が進む雇用形態や人事制度の対応、教育研修を担当。2017年より現職。ミキハウスグループ全体の教育体系構築、社外の研修支援などを行う。

文/笹原風花