組織の力

2021.08.24

凸版印刷の変革と挑戦〈後編〉

社会的価値創造企業を目指して

「人間尊重」の考えが浸透し、経営層にも個々の職場にも脈々と流れるなか、変革と挑戦のために戦略的にD&I(Diversity and Inclusion)に取り組む凸版印刷株式会社(以下、凸版印刷)。その精神は事業面でも生きており、ユニバーサルデザインを用いた商品やD&Iに根ざしたサービスなど、新たな展開を見せている。後編では、ダイバーシティ推進室が描くビジョン、そして、社会に向けたD&Iの取り組みについて伺った。

D&Iのさらなる推進には、経営層の意識改革と行動変容が不可欠

経営戦略的にD&Iが重要であると位置づけ、推進してきた凸版印刷。しかし、D&I推進に取り組む多くの組織・企業と同様に、D&Iを目に見える成果として測ることの難しさを感じている。

「KPIなどわかりやすい数値で測れるものではないので、成果が見えにくいのがD&I推進の難しいところ。さまざまな施策が融合した結果としての変化や成長なので、コツコツと地道に積み上げ、広げていくのみです。直近では、経営層向けのD&I研修、障がい者雇用の好事例の水平展開や障がい特性への理解を促すガイドブックの作成などに取り組みたいと考えています」(澤田氏)

また、澤田氏は今後の課題として「経営層や管理職の意識改革と行動変容」を挙げ、次のように述べた。

「社会が変わり、凸版印刷のビジネスのあり方も変わるなかで、今の時代に合ったシステム、考え方、やり方が必要です。経営層や管理職がこれまで経験してきた成功事例だけを手本としていては、変革や挑戦の実現は難しい。今の時代に必要なことを積極的に発信し、従業員の意識改革、さらには行動変容につなげていくことが、ダイバーシティ推進室の今後の課題です。とはいえ、事を急いて拒否されてしまってはおしまいです。ソフトランディングをめざして、まず時間をかけて丁寧に伝え、理解してもらうことを第一に進めたいと思っています。慎重さとスピードとの両立が難しいところですが、人間尊重の精神が耕してきた土壌があるぶん、少しのきっかけで大きく変化が進むのではないかと期待しています」(澤田氏)




D&Iの視点で社会課題に向き合い、ユニバーサルな商品・サービスを開発・提供する

凸版印刷は社内で推進するD&Iを事業面でも活かし、D&Iに配慮・対応したさまざまな商品・サービスを生み出している。その一部を紹介する。



音声翻訳サービス「VoiceBiz🄬(ボイスビズ)」

在留外国人の増加に伴い、言葉の壁が課題になるなか、自治体の窓口業務や学校現場などに対応した音声翻訳システムとして凸版印刷が開発したのが「VoiceBiz🄬」 。スマートフォンやタブレットに専用アプリを入れて使うサービスだ。30か国語に対応しており、音声やテキストを入力すると文字や音声に翻訳する。あらかじめ固有名詞や利用頻度の高い定型文を登録できるため、カスタマイズも可能だ。

2018年より多くの自治体などに採用されてきたが、今年6月より新型コロナウイルスワクチン接種会場の運営公的機関に期間限定で無償提供を開始。接種会場でよく使われると想定される専用の定型文を新規搭載し、在留外国人を含む多様な人々に対応する接種会場の円滑な運営を支援している。

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VR買い物支援サービス(実証実験中)

「VR買い物支援サービス」は、自宅や遠隔地にいる生活者が、タブレット端末とVRグラスを介して、実店舗の品揃えや賑わいをリアルタイムで感じながら実際に商品を手に取る感覚で買い物ができるサービス。

ユニバーサルな操作を実現し、デジタルデバイスの操作に不慣れな人でも簡単に利用することができる。高齢者などの「買い物弱者」を中心に、新しい買い物体験を提供する技術として現在開発を進めている。今年3月より、福島県南相馬市小高区に居住する高齢者を対象にした実証実験を実施中。将来的には事業として展開し、誰もが買い物を楽しめる暮らしやすい街や社会づくりを目指したい考えだ。

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障がい者アート×カフェ「ART CAFÉ Inclusive supported by NESCAFÉ」

特定非営利活動法人インクルーシヴ・ジャパンと業務提携契約を締結し、障がい者就労支援を共同で推進。今年4月には、ネスレ日本の協力を得て、愛媛県松山市にカフェとアートを融合させた「ART CAFÉ Inclusive supported by NESCAFÉ」をオープンした。カフェの運営に関わることで障がい者の社会参加や自立を促し、障がい者の手によるアート作品を展示することで創作活動の発表の場を創出している。

1_org_153_03.jpg 「弊社のお客さまは約2万社で、業種も多様です。特に自治体とは以前からつながりが強く、さまざまな相談を受けては地域と一緒になって課題の解決に取り組んできました。言ってみれば、事業においてもD&Iの視点を常に持ち続けてきたということであり、社会課題の解決、ユニバーサル社会の実現という昨今の流れに非常にシンクロしやすいと自負しています。弊社のD&Iの推進方針に『社会的価値創造企業を実現する』という文言があるのですが、こうした商品・サービスや取り組みを通して、体現していきたいと考えています」(澤田氏)




D&Iは、サステナブルな社会を支える、サステナブルな企業であるために不可欠なもの

今回はD&Iを切り口に凸版印刷の取り組みを紐解いていったが、全社活動においてD&Iはどのような位置づけなのだろうか。

『サステナビリティー・レポート2020』にあるように、社会的価値創造企業を目指して持続可能な社会の実現に貢献するというのが、凸版印刷サステナビリティ推進の考え方です。そのうえで、事業活動の基盤となる『全社活動マテリアリティ』と事業として取り組む『事業活動マテリアリティ』を策定しており、D&Iの推進は前者にあたります。つまり、私たち凸版印刷がサステナブルな社会を支えるサステナブルに成長する企業であるために不可欠な要素だということです。SDGsの視点で見ても、D&Iというのはすべての根底に流れるものであると理解しています」(澤田氏)

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最後に澤田氏は、こう締めくくった。

「D&Iを推進すること、組織のあり方や仕組みを新しい時代に合ったものにすることは急務であり重要なことです。一方で、私が危惧しているのが、そこに人の心がついていくのだろうかということ。急激にシステムや価値観が変われば、それについていけない従業員も出てくるでしょう。凸版印刷は、人間尊重の企業です。大胆に変革を進めつつ、働く人みんなが望むかたちで能力を発揮できる場を維持していくため、新しい人間尊重のあり方を模索する時期が来ているのだと感じます。そして、そのためのダイバーシティ推進室だと、心して邁進していきたいと思います」



澤田 千津子(Sawada Chizuko)

凸版印刷株式会社人事労政本部人財開発センター部長 兼 ダイバーシティ推進室長。1991年入社。経営企画部門にて100周年を機とした企業理念・経営信条・新事業領域(TOPPAN VISION 21)の策定・浸透、組織開発に従事した後、個人向けeラーニングサービスを立上げ第2回日本e-Learning大賞奨励賞受賞、秘書企画部門での取締役会運営等の業務を経て、現職に至る。2018年~2019年、日本印刷産業連合会及び印刷工業会の女性活躍推進部会長を務める。臨床美術士

文/笹原風花