組織の力
インクルーシブな職場を実現する必要条件とは?〈前編〉
今求められる「反スティグマ」に向けた取り組み
※この記事は、一般社団法人OTD(大学と企業が協働で組織変革のためのダイバーシティを目指す組織)が2021年5月に開催したOTD研究会における熊谷氏の講演「高信頼性と反スティグマ、当事者研究を通じた組織改革」の内容から構成しています。
インクルーシブな職場の条件は 「反スティグマ」と「高信頼性」
私は新生児仮死の後遺症によって脳性麻痺となり、現在も手足が自由に動かせません。大学卒業後に複数の病院で小児科医として勤務した際、特に研修医時代は、障害に伴うさまざまな苦労を経験しました。 その頃の経験も踏まえて、インクルーシブな職場には2つの文化的な必要条件があるのではないかと考えるようになりました。その条件とは、「反スティグマ」と「高信頼性」です。この2つがあれば十分というわけではなく、「最低限これだけは必要」ということです。まずは、「反スティグマ」についてお話しましょう。
スティグマとは?
「反スティグマの職場」は、文字通り「スティグマがない職場」です。スティグマとは、簡単に言うと「偏見や差別」を指しますが、詳しくは「ラベリング、隔離、ステレオタイプ、偏見、差別」と5つの現象に分けられます。それぞれの違いは以下の通りです。
「高信頼性と反スティグマ、当事者研究を通じた組織改革」投影資料を参考に作成
スティグマの3つの分類
スティグマは、「誰がスティグマを持つか」によって3つに分類することができます。
スティグマをまん延させるのは過剰な自己責任化
スティグマ現象を説明する「帰属理論」というものがあります。これは、例えば依存症や肥満、生活習慣病、学歴、職歴といった属性に対してスティグマが向けられやすいことを説明する理論です。これらの属性に共通しているのは、本人の努力や心がけだけによって起きることではないにもかかわらず、過剰に「本人の責任」だと思われがちな点です。 障害の分野では、精神障害の人がスティグマをもたれやすいのが現状です。この現象は一部、帰属理論で説明できます。身体障害に関しては、「甘えている」と考える人は近年では減っていますが、精神障害は目に見えないだけに「本人のせいではないか」と感じる人も少なくありません。周りからこうしたスティグマを向けられると、本人も自己スティグマを持ちやすくなり、スティグマがまん延することになるのです。
自己スティグマへの対処行動
自己スティグマにとらわれた人は、さまざまな行動によって対処しようとします。社会学者ゴフマンを引用して社会学者石川准は、スティグマへの対処行動を、自分1人で行う「孤立しながら行う対処行動」と、「理解ある他者と行う対処行動」に分けて説明しました。この2タイプの行動は、さらにそれぞれいくつかに分類されます。
「高信頼性と反スティグマ、当事者研究を通じた組織改革」投影資料を参考に作成
反スティグマを実現するには?
スティグマは、当然ながら仕事の現場にもまん延しています。スティグマを向けられたワーカーのモチベーションやウェルビーイングは大きく下がります。ですから、「反スティグマ」を目指すことは、企業として生産性を高めていくためにも重要なことなのです。 そこで、ここではスティグマを減らすための手法を2つご紹介しましょう。ぜひみなさんの職場にも取り入れてみてください。
マイクロアグレッションに意識を向ける
スティグマ低減の手法としてまず挙げられるのが、「マイクロアグレッション」に目を向けることです。マイクロアグレッションとは、日常の中に表れるスティグマのことで、意識的であれ無意識的であれ、人種、ジェンダー、性的指向、社会経済的地位、宗教、障害など、個人的特徴やグループ帰属に基づいて、日常的な短いやり取りの中で、他者を軽蔑するようなことと定義されます。悪意のある行動や言葉(マイクロアサルト)だけでなく、相手の状況に対する無知からのマイクロアグレッション(マイクロインサルト)もあります。 さらに、マイクロアグレッションを向けられて困っている人に対して、善意で「考えすぎだよ」「落ち込まないで」という言葉をかけるのも、マイクロアグレッションの一種です(マイクロインバリデーション)。なぜならこのような言い方は、相手が感じている感情や今までの経験を無効化していることになるからです。 そこで私たちは、自分の言動がマイクロアグレッションにつながるのではないかという意識を持たなければなりません。一部の企業ではすでに、組織マネジメントの一環としてマイクロアグレッションをモニタリングする取り組みを始めています。 また、マイクロアグレッションにさらされた人は、誰かに思いを吐き出すまでは仕事に集中するどころではないと考えられます。ですから、相談や愚痴を持ちかけられたら、励ます前にまずはいったん受け止めることも大切です。
属性の異なるグループ同士での協同作業
スティグマ関連の研究においては、「属性の異なるグループが接触する機会をもつ」ことも反スティグマの推進に必要だと明らかになっています。ただし、対等な関係ではない接触では、かえってスティグマを高めてしまう恐れがあります。 反スティグマを促す接触には、3つの条件が求められます。「対等な関係を保つ」「共通の目標に協力して取り組む」「接触行動が組織によってバックアップされている」。これら3つを満たした接触において初めて、スティグマが低減することが、近年の研究からわかってきました。
熊谷 晋一郎(Kumagaya Shinichirou)
新生児仮死の後遺症で脳性麻痺となり、中学時代から電動車椅子を使うようになる。東京大学医学部卒業後、小児科医として千葉西総合病院と埼玉医科大学病院小児心臓科での勤務などを経て、現在は東京大学先端科学技術センター准教授、東京大学バリアフリー支援室長を務める。専門分野は小児科学と当事者研究(障害や病気を持った人が、仲間の力を借りて自らの症状や日常生活上の苦労などについて研究する手法)。著書に『当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復』(岩波書店)、『<責任>の生成―中動態と当事者研究』(共著、新曜社)など著書多数。