レポート

2021.11.10

組織のダイバーシティ&インクルージョンの真の価値!

WORKSTYLE INNOVATION PROJECTS vol.7

2021年9月16日・17日にコクヨが開催した『WORKSTYLE INNOVATION PROJECTS』から、東京大学の星加良司氏と飯野由里子氏が登壇した「組織のダイバーシティ&インクルージョン(Ⅾ&I)の真の価値! 」のセミナーの様子をレポート。企業にD&Iが必要な理由から、日本企業でD&Iが進まない理由、さらに何からはじめるべきかについて、コクヨのリサーチャー栗木と語り合った。

登壇者

■星加良司氏(東京大学教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター 准教授)
■飯野由里子氏(東京大学教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター 特任助教)

モデレーター:栗木妙(コクヨ株式会社 ワークスタイルリサーチャー)




多様な人材の獲得に向けた動きがある一方で、
なぜ、組織のD&Iは進まないのか?

セミナーの冒頭では、コクヨの栗木が、組織のダイバーシティ&インクルージョン(D&I)というテーマを設定した背景について解説した。

栗木:「ダイバーシティ&インクルージョンというキーワードについては、2013年に東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まって以降、障がい者理解を深めるイベントやセミナーなど、教育現場を中心に浸透していった印象があります。共生社会、多様性などのキーワードも耳にする機会が増えました。
一方、企業においても、少子高齢化や人材不足、人材の多様化といった状況に加え、2015年に政府が女性活躍推進を唱えると、大企業を中心に女性が働く環境を整える...という動きが出てきました」

「多様な人材を獲得しようという動向がある印象はありますが、実際にダイバーシティに取り組んでいる企業は30〜50%(リサーチにより異なる)と、まだそれほど浸透していない現状があります。問題の根底には、D&Iへの理解不足があるのではないでしょうか。今回は専門家を招いて詳しく聞いていきたいと思います」

この後セミナーは、D&Iに関する3つの問いに、星加氏・飯野氏がそれに回答するかたちで進んでいった。

  • 問1.:D&Iが企業にとってなぜ必要か?
  • 問2.:なぜ日本企業でD&Iが進まないのか?
  • 問3.:まず何からはじめるべきなのか?




D&Iが企業にとってなぜ必要か?

1つ目の問い「D&Iが企業にとってなぜ必要か?」に対し、最初に星加氏が1960年代から現在に至るまでのD&Iのトレンドを解説した。

星加:「1960年代のアメリカでは、公民権運動の流れから、平等・公正(ジャスティス)としてのダイバーシティが唱えられるようになりました。
企業がビジネスのテーマとして扱うようになったのは、1990年代から。競争優位性のためには多様性が必要だと、組織に利益(プロフィット)をもたらす要素として捉え、マネジメントに取り入れられるようになりました。
さらに2000年代には、従来はバラバラの文脈だったジャスティスとプロフィットが統合され、インクルージョンの視点が加わりました。この背景には、企業の経営環境の変化や企業に求められる社会的期待の変化があると言えるでしょう」
6_rep_018_01.png 次に、組織のダイバーシティが成果に結びつくという仕組み・論理について、引き続き星加氏が解説した。

星加:「従来は労働市場に参加できなかったマイノリティのなかに有能な人材がいると気づいた企業が、埋もれた能力を自社に取り込むためにダイバーシティの視点をもったのが最初です。有能なマイノリティの獲得に成功した企業は利益を得ましたが、これまでのやり方のままでも能力を発揮できるマイノリティ人材はほんの一部なので、すぐに行き詰まってしまいました」

「次に出てきたのが、ダイバーシティによる企業ブランディングです。ダイバーシティへの取り組みをPRすることにより、企業イメージが向上し、人材獲得や資金調達に役立つ...という考え方です。この時点では、ダイバーシティは組織が利益を得るための手段だという意味合いが強かったのですが、次に多様性がイノベーションを生み出すという視点が出てきました。
異なる背景や知識、経験をもつ人がコミュニケートすることで課題解決策が出てくる、新しい価値が生まれる...ということです」

「そして近年、ダイバーシティの視点はさらに進化しています。こういう多様性を組み合わせればこういう価値が生まれるという予定調和のデザインで生み出せるものはたかが知れている、想定外のものが生み出されて初めて意味がある...ということで、摩擦やカオス、コンフリクトを戦略的に発生させるためのダイバーシティ、という視点が生まれています。既存の組織のあり方を根底から見直す必要があるなか、それを妨げている先入観や惰性を打ち壊すことが狙いです。
ここで大切なのは、この意味で多様性を力に変えるためには、一人ひとりが立場を認められ力を発揮できる環境が整わないといけない、組織の意思決定にインクルードされる必要がある...ということから、インクルージョンの視点が不可欠になったということです」
6_rep_018_02.png 最後に星加氏が言及したのが、ダイバーシティを語るうえでの倫理だ。企業などでは「ダイバーシティにはどのようなメリットがあるのか」が議論されることがあるが、星加氏は「ダイバーシティのメリットを問うことの暴力性には注意が必要」と訴えた。

星加:「ダイバーシティがなぜメリットを生むのかという問いを立てること自体、注意が必要です。『なぜメリットを生むのか?』という問いは『あなたの特性・適性はなぜ必要なの?』という問いでもあります。従来からマジョリティであった男性や健常者といった人には問われないこの問いを、女性、外国人、障がい者といったマイノリティだけに問うてしまう。このことの暴力性には注意を払う必要があります」
6_rep_018_03.png 星加:「もちろん、企業は社会に対してアウトプットを出さねばならず、多様性に対してもアウトプットのために有用な特性、意味のある特性、役に立つ特性...という基準をもたざるを得ません。ただ、それぞれがもつ特性や適性が企業にとってメリットを生む手段として見られているということが、マイノリティにとってどういうメッセージを含むのか、深く考察する必要があると考えます」




なぜ日本企業でD&Iが進まないのか?

続いて、2つ目の問い「なぜ日本企業でD&Iが進まないのか?」に対し、まず星加氏が「マジョリティ性の壁」の観点から解説した。

星加:「マジョリティ・マイノリティは表面的には数が多いか少ないかということですが、本質的には『力と特権をどれくらいもつか』ということを意味します。言い換えると、成功のチャンスを誰がどの程度もっているかという立ち位置の違いです。
成功した人は自分の努力で成功を掴んだと思いがちですが、実は諸条件が有利だったから...という規定要因も強い。マジョリティは社会的に有利な立場で競争ができているわけです。
一方、マイノリティは社会的に不利な立場にいる人。さらに、成功しがちなマジョリティは、社会において発言権がいっそう強まるため、知らず知らずのうちにマジョリティに都合が良いもので社会が満たされやすいのです」

「本来は不均衡で不健全な状況であっても、マジョリティはそれに気づきにくい。一方、不利な状況にあるマイノリティはそれに気づきやすい。だから、組織内のマイノリティの視点を活かすことで、組織内に無自覚に存在する偏りや問題に気づくことができるのです。
しかし、自分に有利にはたらいていた偏りに気づきたくない、認めたくない、正したくない...というマジョリティは少なからずいるもので、ダイバーシティを組織変革の手立てとして活かそうという動きがある組織では、マジョリティが最大の抵抗勢力になる...という構図ができてしまうのです」
6_rep_018_04.png 次に星加氏が挙げたのが、日本の社会的文脈。「(日本人の多くは)ダイバーシティが自明の前提だとは思っていない」と指摘する。

星加:「移民の国であるアメリカや他国と陸続きのヨーロッパでは、望むかどうかとは関係なく、ダイバーシティは『そこにあるもの』です。一方、日本はいまだに単一民族神話があるような国であり、歴史的、文化的にダイバーシティの認識が欠如していると言えるでしょう。
また、家や家族の延長上に国や社会を捉える傾向があり、社会を同質性によって規定する側面が強いとも言えます。さらに、リスク回避的な思考も強く、新しいものや自分とは異なるものをリスクと捉え、排除したり分離したりする方向へ力がはたらきやすい。こうした社会的文脈も、日本企業でD&Iが進まない背景にあると思います」

続いて飯野氏が、バリアフリー教育開発研究センターが企業と行ってきた共同研究から見えてきたことを紹介。日本企業でD&Iが進まない理由を次の3つの観点から考察した。

  • 1.「標準的」とされる労働者像の狭さ
  • 2. 管理型・監視型のマネジメント
  • 3. 日本企業における「短期目線」

飯野:「まず、1点目ですが、日本の企業では、家庭責任を他の人に任せて仕事に専念できる立場にある人、健康でタフな人が『標準的』で『望ましい』労働者だとされています。このため、多様な働き方、仕事への多様なコミットのあり方への許容度が低く、特殊なケースとしては受け入れられても、これまでの『標準』を変えていこうという流れにはなっていません。
多様性が大事といくら口で言っても、『標準的な労働者』と『特殊な労働者』というカテゴリーへの振り分けがなされる限り、『特殊な労働者』には働きにくい環境が維持されてしまいます」

「続いて、2点目。管理型・監視型のマネジメントのもとで上司の顔色を気にして、上司の期待や価値観に合わせることが正解になっていると、上司と異なる意見やアイデアは出なくなります。アイデアの範囲が固定的、限定的になってしまう結果、イノベーションにつながるようなアイデアは出てこず、リスク回避的な選択がされやすくなります。
このため、ダイバーシティについても、職場でコンフリクトが起きたらどうするのかという点にばかり焦点があてられ、結果として推進が進まない...といったことが起きてしまいます」

「最後の3点目は、近年、日本企業において短期目線での意思決定の傾向が強くなっているのではないか、リターンがなければやる意味がないと判断してしまう価値観が支配的になっているのではないか、という指摘です。もしこの指摘が妥当だとすると、中長期的にしか効果が評価できないD&I推進については、(短期的なメリットがなく)やる意味がない...という判断になってしまいます。
こうした傾向は日本企業の余裕のなさの表れなのか、それとも文化的なものなのか。検証が必要だと考えています」
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まず何からはじめるべきなのか?

続いて、3つ目の「まず何からはじめるべきなのか?」の問いに対し、飯野氏が「経営層・制度面・チーム・個人」の4つの観点からそれぞれができる取り組みを提案した。

  • 1. 経営層
  • 2. 制度面
  • 3. チーム
  • 4. 個人

飯野:「まず、経営層ができることから。組織におけるD&I推進には、経営層がD&Iの必要性や重要性について明確なメッセージを出すことが有効です。
ただ、その際、企業のミッションや経営プランと紐づけることが大事です。企業の方針や施策、制度のうちD&Iを阻害するものは見直していきます、という明確なメッセージを発信すれば、社員にも経営層の本気度が伝わるはずです。評価軸が変わるのであれば自分も行動変容しないといけないと、社員の自覚を促すことにもつながるでしょう」

「制度面については、D&Iと矛盾する評価・報酬制度の見直しが有効です。近年、ハラスメント対策が進んでいますが、放置している組織もまだ少なくありません。ハラスメントが放置された状態でD&Iを推進するというのは矛盾しているので、まずはそこから始める必要があります。
また、制度変更していく際、マイノリティの声を反映させる必要があります。したがって、匿名で意見を集めるなど、立場の弱い人の声を拾う仕組みを考えることも大事です」

「続いて、チームでできること。ここで言うチームとは20人くらいの部署を想定しているのですが、どうしたらインクルーシブなコミュニケーションが実践できるかをチーム内で考えてほしいと思います。
バリアフリー教育開発研究センターでは、企業向けにインクルーシブなコミュニケーションを実践するためのヒント集を作成しています。その1つに『モヤモヤクラッシャーを見逃さない』というものがあります。同僚や上司とのコミュニケーション場面で、モヤっとすることってありますよね。その際、ロジカルに、理路整然と説明できないからと発言を控えたり、勇気を出して口にしたのに他の人から発言をつぶされたり、といったことは起きていないでしょうか。
ヒント集では、こうしたモヤモヤこそ実は組織にとって大事なものである可能性がある、だからモヤモヤをクラッシュせず、宝物だと考えてみよう、と伝えています。企業の皆さんにもぜひ実践していただきたいと思います」

「最後に、個人としてできること。これは、自分の中にある価値観のセットを相対化する、ということです。立場が異なれば、考え方や価値観が異なる可能性があります。家庭や健康など個人の状況や事情により、見えているものや感じ方、受け止め方は変わってきます。この単純な事実にもっと自覚的になれたら、他者への許容度が上がり、自分とは異なる人から学ぼうという姿勢も生まれるのではないでしょうか。
自分と違うからという理由で他者を低く評価することがなくなれば、個人が力を発揮できる可能性も広がります」
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「多様性」と「個人のエゴ」はどう線引きする?

セミナーの最後は質疑応答の時間にあてられ、栗木ならびに視聴者からの質問に、星加氏・飯野氏が回答した。

栗木:「ダイバーシティというと、今までに組織内にいなかった属性を取り入れていく方向で考えがちですが、新しく人を入れるのではなく、すでに組織内にいる人材に対して施策を打つことも有効なのでしょうか?」

星加:「マイノリティ性をもった人というのは、どの組織にもすでに存在しているはず。組織のなかでマイノリティの特性や適性が活きる環境を生み出すことが重要です。一方、組織内の同質性が高い場合は、視点の多様性は限定的になります。メンバーが多様であることはとても重要なので、今いる人だけで...というのには限界もあると思います」

飯野:「ただ、組織内のマイノリティの声を制度変容に反映させていくことができれば、その企業にそれまで採用されなかった人も受け入れるような素地が育まれていく可能性はあると思います」

栗木:「最後に、視聴者からの質問です。『多様性を考えるうえで、新しい価値観として受け止めようとしても、それが単にわがままであったり、非効率的なことであったりした場合は、組織秩序を乱すことになりかねません。多様性と個人のエゴの線引きについては、どのように考えればよいのでしょうか』とのことです」

星加:「デフォルトになっている状況を変える=わがままと思われがちですが、それこそがマジョリティ性とマイノリティ性の不均衡の表れかもしれません。構造を維持することには抵抗がなくても、変えようとするとハレーションが生まれるもの。『本当にわがままなのか?』と問い直して丁寧に見ていくことが大事だと思います」

飯野:「自分が何を前提に、どんな立場や価値観で見ているからわがままだと感じているのか、そこを問い直してみることが大事ではないでしょうか」

栗木:「本日は貴重な提言をいただき、ありがとうございました」



【図版出典】「組織のダイバーシティ&インクルージョン(Ⅾ&I)の真の価値! 個々の違いを認め、尊重し、活かすために、組織が今やるべきこと」セミナー投影資料

文/笹原風花