レポート
働きがいを高める新たなキーワード「経験拡張」!
WORKSTYLE INNOVATION PROJECTS vol.8
2021年9月16日・17日にコクヨが開催した『WORKSTYLE INNOVATION PROJECTS』から、株式会社セルム代表取締役加島禎二氏と日本マクドナルド株式会社上席執行役員の落合亨氏が登壇した「働きがいを高める新たなキーワード「経験拡張」! 」のセミナーの様子をレポート。これからの時代に組織や個人に求められるものから、それを手にするための経営・人事戦略についてまで、コクヨのコンサルタント河内が話しを聞いた。
VUCAの時代に、組織・人材に求められるものは?
セミナーは、コクヨの河内からの「社会が大きく変化し、ビジネスの進め方やあり方が変わってきているなか、求められる人材はどのように変化しているか?」という問いかけで始まった。 加島:「私は20年以上にわたって企業の組織開発や人材開発の支援を行ってきましたが、世の中の変化に合わせて求められる人材が変わってきたことを実感しています。以前は、ストレッチ目標を達成できる、問題解決ができる、同質的なチームで一体感をもって働ける、というタイプが求められていました。 しかし昨今は、ビジネスが過去の延長線上には描けない状況にあり、企業には、先が見えないなか模索しながら進む、仮説と検証を繰り返しながら試行錯誤する...といったことが求められるようになっています。そうしたなか、人材においては、次の3つの要素が重要になっています」 加島氏が挙げたのが、「世界観」「メタ認知力」「共感力」の3つ。それぞれの要素について解説した。 加島:「1つ目の『世界観』とは、自分たちのビジネスを通して世界をより良くするんだという、自分なりの哲学、パーパスです。上から言われたものを受け止めるのではなく、自分で世界観を描ける人材が求められます。 2つ目の『メタ認知力』とは、自分をもう一人の自分が俯瞰する力のこと。なぜ自分はこれをやっているのか、自分がやっていることは全体においてどういう意味があるのかを掴めないと、狭い枠にハマってしまいます。 3つ目の『共感力』とは、これからの時代に求められる『問題をつくる力』につながるものです。ロジカルシンキングでは分析や情報収集により課題設定を行いますが、これでは誰がやっても同じような課題になってしまいます。 一方、分析ではなく共感からスタートするデザイン思考では、誰かの思いに共感するところから『ああしたい、こうしたい』という意識が生まれ、課題が見えてきます。今の時代は、この3つが求められると私は考えています」 河内:「個人に求められるものが変化するなか、企業における組織変革はどのように行われている状況なのでしょうか?」 加島:「戦略に基づいて最適な組織をつくろうという上から下への変革ではなく、現場からいろんな意見が挙がる、ある程度の失敗は許容してそこから学ぶ、何を言っても否定されない心理的安全性を担保する...そういったところが組織変革の肝になっていると感じます。 そして、多様な意見が求められるからこそ同質性は危険で、ダイバーシティを組織のなかにいかに取り込むかが課題になっています。 さまざまな意見があるなかで意思決定をするリーダーシップもまた、組織のダイバーシティを進めるうえでは重要になります。こうしたことをドライブしないと、社員はいつまでも指示待ちになってしまい、組織は元気になっていきません」 河内:「落合さんから見て、組織のあり方における課題はどんなところにあるでしょうか?」 落合:「VUCAの時代、正しい組織とは何か、という問いに答えはありません。ただ、世の中の状況がどのように変化しても耐えられるよう備えておくことが、経営としても組織管理としても肝だと思います。 結果の分析的な視点であるインサイトだけだと、過去の延長になってしまいます。暗闇を懐中電灯であちこち照らすように、先が見えないなか多角的に視野を広げつつ、インサイトから出てきた戦略プログラムを適宜組み替えていくことが大事です」 ここで落合氏が例として挙げたのが、コロナ禍のなか「比較的好調に推移している」という日本マクドナルドの事業について。デリバリーやテイクアウトの需要が増えたことに加え、非接触で注文・提供ができるモバイルオーダーが、業績を後押ししている。 落合:「コロナ禍の状況で人々の意識や行動パターンは大きく変わりました。実はモバイルオーダーは、もともとやろうと準備をしていた事業。経営戦略にプログラムとして組み込まれていたものが、コロナ禍という状況の変化により一気に加速したわけです。 インサイトも大事ですが、これからの時代は未来予測的な視点であるフォーサイトの方がより大事。直感力、デザイン思考といったものを駆使して予測すること、そして、状況の変化に合わせてプログラムを組み替え、実行できる組織をつくることが重要だと思います」
フォーサイトと複線型の戦略プログラムで、 環境の変化に備える組織に
続いて、加島氏と落合氏とが対談する形式で、セミナーは進行した。 加島:「コロナ禍という誰もが予想しなかった変化が起き、うまく対応できた会社とそうではなかった会社がありました。日本マクドナルドがうまくいった決定要因は何でしょうか?」 落合:「やはり、フォーサイトですね。どういう状況が起きても対応できるよう、過去の事例や経験を活かしながら、最初から予測的にプログラミングしておく、そして、環境の変化に合わせてそれを組み替えていくことが大事なんじゃないかと思います」 加島:「インサイトよりもフォーサイトが大事だよねというコンセンサスが、経営チーム内にあるのでしょうか?」 落合:「心理的安全性が担保されたディスカッションの場があります。VUCAの時代には、単線型ではなく複線型で準備をしておくことが大事。モジュール化したプログラムを組み替えて対応できることが、強みになっていると思います」 加島:「経営チームのなかでもいろんな意見が出るからこそ、複線型で考えることができているということですか?」 落合:「そうですね。先ほど加島さんから、(組織変革においては)現場からいろんな声が挙がることが大事...というお話がありましたが、私は上からの戦略と下からの意見と両方が大事だと思っています。 チャンドラーの『組織は戦略に従う』とアンゾフの『戦略は組織に従う』という主張がありますが、これらを並列してやるということです。戦略がなければ組織の方向性は見えてきませんし、戦略があってもそれを実行する組織力がなければ動けません。戦略というボックスは用意しておき、それに合わせて実行力のある組織をつくる。これが人事戦略の肝です。 そして、大事なのはアセスメント(評価・分析)。(ある戦略が)実行できるかどうかの客観的なアセスメントがないなかで、この戦略でいきますと強行するのは危険です」 加島:「なるほど、腑に落ちました。PLANとDOが大事だと言われますが、アセスメントこそが大事だと。アセスメントがあることで、二律背反を両立させることができるということですね」
組織としてチャンスや環境を与えること、 個人が自律的に伸びていくことの両方が大事
加島:「組織を成長させるためには、社員をいかに啓発するか、育成するかということが重要になってくると思います。人材育成について、落合さんのポリシーや大事にされていることはありますか?」 落合:「私は人材育成について、『人を育てる』のではなく、『チャンスや環境を与えたら人は育つ』という捉え方をしています。教育は投資なので、コスト意識をもって、投資に対する効果を求めていかなければなりません。 一方、教育の効果は数値化や測定が難しいですし、全員に同じレベルまで到達することを期待するのは尊大です。だからこそ、社員にチャンスや環境を与えることにはコストをかけます。チャンスや環境は与えるし、育った人材にはストレッチゴールを与えるけれど、あとはそれぞれが自分で考えて伸びていくことが大事...ということです」
リーダーが自ら行動で示すことにより、 組織の真のカルチャーが醸成される
加島:「OJTを基本にしてきた日本の組織には、上司から部下へ教える・伝えるという文化が染み付いています。一方、コロナ禍で職場で会えず温度感が伝わらない、ビジネスの先行きが見えないというなか、OJTをベースにした人材育成が機能しづらくなっていると感じます。経営陣や人事による仕掛けと、個人の自律的な態度の両方がないと、人も企業も育ちません。 これは組織のカルチャーによるところも大きいと思うのですが、カルチャーについてはどのようにお考えですか?」 落合:「いろんな組織を経験してきて感じるのが、組織のカルチャーはリーダーがつくるものだということです。社員はリーダーの後ろ姿を見ています。発信する言葉や態度を見ています。組織のカルチャーを紐解くと、創業者や影響力のあったリーダーの行動様式や人となりそのものが落とし込まれているケースが多いんです。 エドガー・シャインは、『組織文化とリーダーシップはコインの表裏のような関係』と述べています。つまり、正しいリーダーシップを発揮するにはその組織のカルチャーを理解・踏襲することが不可欠であり、リーダーが正しいリーダーシップを発揮するとそこにカルチャーが醸成される、ということ。 うちのカルチャーはこうだからこうしろと言うのではなく、リーダーが自ら行動で示すことにより、社員の心の中に落とし込まれる真のカルチャーが醸成されるのだと思います」
組織に依存した「会社員」のアイデンティティを 脱ぎ捨て、自立したビジネスパーソンに!
加島:「コロナ禍の今、リーダーシップがさらに大事になっていると感じます。これからのリーダーには、マネジメントやいわゆるリーダーシップのスキルだけでなく、人間としてのあり様や意志といったものがより問われるようになる気がしています。 また、社員一人ひとりがリーダーシップを発揮して変わっていくことも大事だと感じています。会社員というアイデンティティを脱ぎ捨て、給料をもらうために働く、会社のために働くのではなく、自分が携わる事業を通して世の中をどう良くするのかという視点をもって、自律したビジネスパーソンになるべきだと思います。 組織の中で自分の役割を果たしていればOKという甘えの構造から脱却するには、どのようにアプローチすればよいとお考えですか?」 落合:「働くことで自分が心豊かに幸せになれるというワーク・イン・ライフの感覚がもてれば、サラリーマンではなく個としてのインディペンデンシーが意識できるようになります。 そして、ライフにおいて何かを成し遂げたい、そのために組織のなかのさまざまなリソースを使ってみたいと思ったときに、ダイナミズムが生まれます。課題は、そうした場や機会を組織としていかに提供するか、にあると思います」
第4次産業革命の先に、生き残れる組織・人材とは?
加島:「今は第4次産業革命の時代と言われ、デジタライゼーションは今後さらに進んでいきます。データ解析やそこからの予測など、領域によっては機械が人間よりも高い能力をもつ社会になったとき、何が人間らしさなのかを見つめ直さないと、個人も組織もデジタライゼーションの波に押し流されてしまうでしょう。 これからの時代に生き残っていける人や組織と、そうでない人や組織について、どんなふうに考えていらっしゃいますか?」 落合:「第4次産業革命がこれまでの産業革命と違うのは、雇用を生まないということ。多くの仕事がAIに代替されると言われているなか、人間は何をするのか。30年後はディストピアなのかユートピアなのか。どういう人材が勝ち残るのか、まったくわからないですね」 加島:「そうですね。自分自身が生き残れる気がしないくらい、大きな変化だと感じています。加えて、これからの地球環境を考えると不安ですし、日本という船も沈むかもしれないという強烈な危機感があります」 落合:「従来のように新しいフロンティアが生まれて開拓の余地がある、勝ち負けの競争がある...という世の中ではなくなります。 利益を求めるために投資をするわけですが、成熟した先進国では、限界利益とそれを生み出すためのコストがニアリーイコールになります。つまり、儲けるにはコストもかかるため、全体のパイが大きくならない。これが、失われた30年を経た、日本の現状です。 この状況を真摯に理解した人が、人の幸せという次のステージに進み、富の分配やウェルビーイングについて考えはじめる。そんな予感がしています」 加島:「私も、企業経営のパラダイムが根本的に変わる境目にあるのかなと感じています。利益向上、事業拡大、競争、シェア争い...というのが企業経営の目的のようになっていますが、何のために事業を始めたのかに立ち返ると、新しい商品やサービスで人を幸せにするため...だったはずです。 もっと頑張ろうというのも大事ですが、より成熟した、心豊かな社会をつくるというところに価値を置いて考え方を変えていかないと、新しいリレーションは生まれないと思います」
自らの領域を意識的に越境し、 自律的に学び続け、積極的に自己変革を!
加島氏と落合氏による対談はここで終了し、コクヨが行った「ビジネスマンの学びの現状」に関する調査結果が紹介された。 河内:「お二人の対談のなかで、(人材を育てるには)チャンスや環境を与えること、そして社員の自律的な態度が大事...というお話が出てきました。 調査によると、ビジネスマンの約9割が『学ぶことが好き』と回答している一方、新しいことを学んでいるかという質問に対しては、学んでいるのは約5割にとどまり、約4割は学べていないと回答しています。その理由を見てみると、時間がない・忙しい、意欲・やる気が出ない、心身に余裕がない...など。たとえ機会が与えられていても、意欲や行動につながっていない現状が見えてきました」 「さらに、現在新しいことを学んでいるという人に学ぶことについての考え・行動を尋ねたところ、身近な人・社内の人から学ぶ、仕事のなかで学ぶ、必要に迫られて学ぶ、自分で学ぶテーマ・方法を決める...という傾向が強く、自分が知っている領域を超えて異なる領域に学びにいく...ということが進んでいません。この課題について、お二人はどう感じられますか?」 落合:「変わること、自己変革が必要ですよね。クローズド・イノベーションからは新しい価値は生まれない、組織を超えたオープン・イノベーションが大事だ、というのは、すでに広く言われていることです。個人レベルでも同じ。 モノカルチャーな社内や身近な人からの学びはクローズドなので、いろんなところで他流試合をしてそこから気づきを得ることが大事です。それをしないと、井の中の蛙、ガラパゴス状態になってしまいます。刺激を求めて積極的に外に出て、自己研鑽する。そういう時代です」 加島:「まったく同意ですね。自分の立っているところを深掘りすることも大事ですが、そこから思いっきり遠いところを経験してみないと、自分の立ち位置がよくわからなくなると思うんです。 私自身、研修やセミナーなどにも頻繁に参加し、異業種や異なるコミュニティに自分の身を置いてみることに時間もエネルギーもかけています。これは生涯続けたいと思いますね」 河内:「ビジネスマンの学びの自走が課題になるなか、多くの人が、企業研修など企業が与えてくれる学びに特化してしまっています。そして、仕事に関係のないことでもアンテナを張る、社外のいろんな研修に顔を出して広く学ぶ...という人は少数派です。この少数派の数を増やすためには、組織と個人の両方の努力が必要です。 組織は、学びのスタートラインに立っている人をいかに後押しするか。後押しされたビジネスマンは、いかに学びを自走していくか。これを両輪で回すことが、経済の活性化やイノベーションにもつながるのではないでしょうか」 河内:「これからは、一人ひとりがビジネスマンとしてどう成長していくか、自分には何が必要かを考える必要があると思います。組織として人事戦略として、ビジネスマンが自律的に学ぶためにはどういった場や仕組みが必要か。人材育成やビジネスマンの学びのあり方について、コクヨとして今後も継続的に議論していきたいと考えています」
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