組織の力
地方自治体における働き方改革〈前編〉
コロナ禍をきっかけに働き方の課題が顕在化
政府の働き方改革推進によって、多くの組織・企業が生産性向上や効率的な働き方を目指して多様な取り組みをしている。一方で地方自治体では働き方改革が進みにくいとされてきたが、近年は状況が変わる兆しが見えてきた。この記事では、地方自治体の働き方改革を支援してきたコクヨが、現場の声やアンケート結果なども踏まえて現状や今後の展望を解説。前編では働き方の課題について取り上げる。
働き方改革とは?
働き方改革とは、文字通り「働き方をよりよく変えること」です。日本政府は2016年頃から、働き方改革の推進に向けて法令整備などをおこない、2019年4月に施行。関連法案を順次改正しながら積極的に取り組んできました。 働き方改革が今求められている大きな理由として挙げられるのが、「少子化による生産年齢人口減少」です。日本では今後も少子化が続くと予想され、働き方改革を通じて労働力不足への対策を打つ必要があるのです。 現在おこなわれている主な対策としては、以下の3つが挙げられます。 ① 労働生産性向上 ② 働き手を増やす(子育てや介護中の人、高齢者など、これまでは働いていなかった人の労働市場参加促進) ③ 出生率向上によって未来の働き手を増やす この3つを実現するために、政府では「長時間労働の解消」や「同一労働同一賃金」、「高齢者の雇用促進」といった施策を推進。ここ数年は、働き方改革を重要課題に位置づけて積極的に取り組む企業も増えています。 一方、市民サービスを主な業務とする地方自治体では、その業務特性や独自の慣習からくる働き方の課題などにより、なかなか進まない現状がありました。そんな中で直面したCOVID-19の感染拡大。働き方を変えざるを得ない状況下で、浮き彫りになった課題もありましたが、同時に、働き方改革の重要性を実感する機会にもなりました。
地方自治体における 働き方改革の現状
人口減少が進む地域を中心に、多くの地方自治体にとっても労働力不足は課題であり、働き方改革の必要性を感じている現場も多くありました。しかしコロナ禍が始まる2020年までは、重要性はわかっていても着手しづらい状況が続いていたようです。コクヨが行った自治体への調査では、「部署ごとにワークスタイルを変更しても全体の取り組みとして拡げにくい」「効果の見える化が難しい試みに予算が計上されにくい」「継続的な予算執行が難しい」といった声が挙がっていました。 働き方の主な課題として、次の5つが挙げられます。 〈働き方の主な課題〉 ① 市民サービスのための窓口業務 ② 情報管理 ③ 紙中心の働き方 ④ ICTツール ⑤ オフィス環境
課題① 市民サービスのための窓口業務
窓口業務担当の職員は来訪した市民に応対しなければならないため、自宅などで仕事をするのが難しく、柔軟な働き方を実践するうえでのハードルとなっています。 コロナ禍においても、業務特性上テレワークできないことが課題となりましたが、その原因の一端には、情報管理やICTの遅れもあります。
課題② 情報管理
全国の地方自治体では、市民の個人情報を管理しています。これまで、各自治体ごとに基幹業務のデジタル化に取り組んでいたため、同じ業務でもそれぞれの自治体が独自のシステムとフォーマットで運用しています。 その結果、データの互換性がなく、市民が転居・移動した場合に、自治体間でのデータの受け渡しができない。さらには、自治体内部でも業務ごとに異なるフォーマットでデータ化をおこなったところも多く、市民一人のデータを重複して管理しているという課題があります。業務のデジタル化は進んでいても、システムやフォーマットの違いから連携ができず、膨大な手間と負担がかかっているのです。 また個人情報データは、情報漏洩回避のため各自治体のサーバーで厳重管理され、専用パソコン、あるいはオフィス内からしかアクセスできないため、働く場が限定されてしまいます。 こうした情報管理のさまざまな課題も、コロナ禍でテレワークが求められたことで、さらに深刻な課題として浮かび上がりました。
課題③ 紙中心の働き方
民間企業ではペーパーレス化を推進する動きがみられますが、地方自治体ではなかなか進みにくい現状があります。電子決済システムなどは運用されているものの、決裁証明書といった紙の書類を添付しなければならないケースも多々みられるためです。 ペーパーレス化が進まないことで、「書類が手元にないと仕事ができない」といった状況に陥りやすく、柔軟な働き方を実践する際の阻害要因となっています。さらに、大量の紙資料がデスクに置かれていて、快適な執務空間が確保できないケースも多く見られます。 この紙中心の働き方も、コロナ禍での在宅ワークを難しくする原因として、多くの職員を悩ませました。
課題④ ICTツール
地方自治体のオフィスでは、デスクトップパソコンや固定電話が利用されているケースが目立ちます。ノートパソコンやスマートフォンを職員に貸与する自治体は限られているため、「職場以外の場所で仕事がしにくい」という課題につながっています。 COVID-19感染拡大による緊急事態宣言によってテレワークが求められた際も、個人所有のパソコンやスマートフォン、タブレットを仕事に使った職員が多かったことが調査からもわかりました。このような働き方は情報漏洩につながりやすいうえ、通信費を職員が個人的に負担しなければならないという問題もはらんでいます。
出典:『官公庁版コンセプトBOOK』転換期における新しい働き方とオフィスのコンセプトvol.3
課題⑤ オフィス環境
地方自治体の執務スペースは部署ごとに部屋が分かれていることが多く、従来から部署間の連携を妨げる一因になっていました。 またコロナ禍以降は、狭い空間に職員が「密」になって働くスタイルが懸念されると同時に、緊急時の市民対応の点でも広いスペースの確保が必須となり、現在のオフィスレイアウトでは対応が難しいことも明らかになりました。
コロナ禍をきっかけに職員自身も 「働き方とオフィス環境を変える必要性」を実感
2020年からのコロナ禍によって、地方自治体の職員もワークスタイルの変更を余儀なくされました。しかし、前述したように、働き方とオフィス環境が有事に対応できる状態でない部分もあることが、コクヨが行った調査によって改めて浮き彫りになりました。 例えばテレワークに関しては、「紙資料の持ち出しができない」「ネットワーク環境が整備されていない」などの理由から、テレワークの制度を利用しないケースが多かったようです。アンケートでも、在宅ワークをしなかった人のうち「制度はあるが利用しなかった」と答えた人が全体の約1割ほどみられました。
出典:『公庁版コンセプトBOOK』転換期における新しい働き方とオフィスのコンセプトvol.1
職員の多くは、コロナ禍をきっかけに自分たちの働き方を変えるべきと痛感したようです。アンケートの「コロナ禍の経験を踏まえて、働き方を変える必要はあると思いますか?」という質問に対して、約9割の人が「必要性あり」と回答しています。出典:『官公庁版コンセプトBOOK』転換期における新しい働き方とオフィスのコンセプトvol.1
まとめ
ここまで見てきたように、地方自治体の働き方には多くの課題があります。 しかし、近年は、人手不足や税収減少という切実な課題に加え、コロナ禍での半強制的な働き方の変化が追い風となり、ワークスタイルやオフィス環境を積極的に変革しようとする自治体が増えています。政府も働き方改革をさらに推進し、地方自治体における生産性向上の取り組みが加速しようとしています。 後編では、地方自治体の働き方における変化の兆しや、働き方改革を実践している自治体の事例を紹介します。