組織の力
地方自治体における働き方改革〈後編〉
「自治体DX推進計画」が追い風に
地方自治体の働き方改革は、組織体制やオフィス空間などの課題があることから進みにくい実情がある。しかし近年、コロナ禍などをきっかけにワークスタイルや働く環境を変革しようとする気運が高まり、働き方改革や行政デジタル化に取り組む自治体もみられるようになってきた。記事の後編では、自治体の働き方やオフィス空間は今後どう変わるべきかを、様々な自治体の働き方改革を支援してきたコクヨが解説。すでに改革に取り組み、成果を上げている自治体の事例とあわせて紹介する。
地方自治体の今後の働き方とオフィス戦略
地方自治体の働き方改革として、コクヨでは、新しいワークスタイルや、緊急時のBCP(事業継続計画)対応力を支えるオフィス空間構築を提案しています。
働き方の改革
働き方改革のベースとして、まず重視されるのが「柔軟な働き方」です。市民サービスを担う地方自治体ではこれまで、柔軟な働き方が難しいとされてきており、情報管理の観点からも在宅ワークが難しい現実もあります。 窓口業務についてもオンライン申請が一般化し、申請や手続きのための来庁者数が少なくなれば、現状の働き方を見直すことが可能になります。また紙からデータでの管理へと移行することで、固定した場でしか仕事ができないという、場所の縛りを緩めることにつながります。 今ある課題を一つひとつ解決していけば、自席に限らずオフィスのどこでも仕事ができる、オフィスワークとテレワークを併用したハイブリッドな働き方の実現も可能です。
出典:『官公庁版コンセプトBOOK』転換期における新しい働き方とオフィスのコンセプトvol.3
オフィス戦略
柔軟な働き方を実現するためには、オフィスにも柔軟性が必要です。少子化による人材不足を補うために業務の効率化は重要で、そのためにも部や課などの組織を超えた連携を可能にするオフィスでなくてはなりません。部署ごとの仕切りを取り払って広い空間に変え、組織横断で業務を進めやすくする。また、業務内容に応じてオフィス内の適した場所を選んで働ける新しい働き方が求められます。 重要なのは、短期的な視点だけでなく、中長期的な視点でオフィスを考えることです。
出典:『官公庁版コンセプトBOOK』転換期における新しい働き方とオフィスのコンセプトvol.1
BCP対応力向上
たとえコロナ禍が収束したとしても、今後も不測の事態が起こる可能性はあります。そのため、感染症や複合災害にも対応できる業務体制を構築し、安定したサービスを市民に提供できる体制づくりが求められます。
出典:『官公庁版コンセプトBOOK』転換期における新しい働き方とオフィスのコンセプトvol.3
DX推進計画を追い風に
総務省が2021年に発表した「自治体DX推進計画」では、住民の利便性向上や業務効率化に向けて2026年3月までに自治体が取り組むべき重点事項が示されています。 6つの指針の中で、特にオフィス環境に大きな影響を及ぼすのが①と③です。
出典:『官公庁版コンセプトBOOK』転換期における新しい働き方とオフィスのコンセプトvol.1
まず①の「自治体情報システムの標準化・共通化」は、全国の自治体や、自治体内の各課で運用されている情報システムのデータを統一フォーマット化し、互換性をもたせることです。 また③の「行政手続きのオンライン化」は、住民が役所の窓口に出向かずとも、自分のパソコンやスマートフォンを用いてオンライン上で手続きできることを目指す取り組みです。 これらによって住民の利便性が向上するだけでなく、職員の働き方も大きく変わると予想されます。特に③が実現すれば、申請や証明書の発行のために窓口を訪れる来庁者が少なくなり、また申請書の抜け漏れの確認や記載指導等の業務が大幅に軽減されます。 また①に関しても、業務システム間でデータ入力をし直す必要がなくなるため、職員の負荷が大幅に減ります。また、自治体同士のデータ連携が可能になれば各自治体のデータにアクセスしやすくなり、データを活用しながらエビデンスに基づいた政策立案が可能になり、よりよいサービス設計につなげられるのです。出典:『官公庁版コンセプトBOOK』転換期における新しい働き方とオフィスのコンセプトvol.1
今までの働き方や仕組みを刷新するのには、勇気が必要です。導入初期には「使い慣れているシステムの方が気分的に楽」といった精神的負荷を感じることもあるでしょう。しかし「自治体DX推進計画」によって予測される変革は、住民にとっても職員にとっても意義あるものです。変化をポジティブにとらえ、市民サービスや働き方をアップグレードさせていきましょう。地方自治体における 働き方改革の成功事例
地方自治体における働き方改革にはさまざまな課題がありますが、実現している自治体も少なからずみられます。まずは熊本市役所の改革事例を紹介します。
熊本市役所の働き方改革
市民のニーズに素早く応えるためモデルオフィスをつくり新しい働き方に着手2016年4月の熊本地震発生をきっかけに、熊本市では今までの意識やワークスタイルを見直す必要性を痛感。市民の声を的確に把握し、状況やニーズの変化に迅速かつ効率的に対応できる組織となるために、「自ら考え、自ら見直し、自ら行動する」市役所になることを目指して改革をスタートさせました。 まずは地震後の状況変化に対応するため、Apple社からiPadを無償提供されたことをきっかけにペーパーレス化を実施。市役所全体で資料管理の方法を見直し、今後の行政サービスデジタル化を見越して、紙書類のデジタル化をおこないました。このデジタル化とあわせて、フリーアドレスやリモートワークの働き方を実践・検証するための場としてモデルオフィスを導入しました。 全席フリーアドレスを取り入れ、業務内容に合わせてワークスペースを選べるABWの働き方をできるようにしたことで、職員同士のコミュニケーション量が増加。タイムリーに打ち合わせができるようになったことで情報共有が進み、課としての一体感が感じられるように。 また、オフィス内でミーティングやオンライン会議ができるようになったため、移動時間などが減り、作業効率がアップ。紙で保管していた書類を電子データ化することによって、探す手間と時間が大幅に減り、管理もしやすくなりました。今後は、モデルオフィスの働き方を市役所全体に拡げていくそうです。 【熊本市】先進的な行政ワークスタイルの実現に向けた実証実験モデルオフィス ●めざしたのは時代の変化や不測の事態に対応できる自律型組織 ●新たなオフィス環境が促したコミュニケーションと意識の変化
熊本市|市役所改革における実証実験モデルオフィス(1)
めざしたのは時代の変化や不測の事態に対応できる自律型組織熊本市|市役所改革における実証実験モデルオフィス(2)
新たなオフィス環境が促したコミュニケーションと意識の変化その他の事例
熊本市以外でも、働き方改革を実践しよりよい働き方や市民サービスにつなげようと取り組んでいる自治体が増えてきました。事例の一部を紹介します。
熊本市南区役所 幸田総合出張所:職員の働き方改革を通じて市民サービス向上を目指す
熊本市南区役所幸田総合出張所では、周辺サービスコーナーの廃止に伴って来庁者が増加し、待合の狭さや待ち時間の長さが課題でした。また執務エリアの空間も狭く、作業の非効率化の要因になっていました。 そこで、窓口職員が快適に働ける環境を整備し、市民サービス向上を計画。まずは執務エリアの面積効率化に向けて執務席のフリーアドレス化などを実施しました。また、業務導線を見直し、作業処理時間削減を目指しました。執務エリアの面積縮小によって待合スペースを拡張し、待合席数増加や導線変更を実施して来庁者の快適性向上につなげています。 【本編記事】熊本市南区役所幸田総合出張所窓口改善事例|職員の働き方改革により市民満足度の向上を目指した窓口
群馬県庁32階官民共創スペース NETSUGEN:官民共創を目指すイノベーションハブ
群馬県では「官民共創スペースNETSUGEN」を県庁内にオープン。県民や企業、研究機関が官民共創で新たなビジネス創出・地域課題解決を目指すイノベーションハブとして活用しています。施設内には有料のコワーキングスペースや多目的スペースを設置。「デジタル技術を活用して、アイデアを形にしたい人と、それを支援する人や事業者が集まり、交流するなかから、新しいビジネスが生まれる場所」というコンセプトで、起業家と事業者のマッチングや、専門コーディネーターによる各種相談等を実施しています。 【本編記事】群馬県庁イノベーションハブ事例|DX推進により官民共創で地域課題解決を目指す
開成町役場:全国初のZEB認証庁舎として再生可能エネルギーを活用
神奈川県の開成町役場は、庁舎の老朽化や執務スペースの狭さ、行政機能分散などの課題を抱えていました。これらの解決に加えて、災害時の防災拠点機能強化を目的として新庁舎を設立。新庁舎は周囲の自然環境や再生可能エネルギーを活用できる仕組みを整備し、庁舎としては全国初の「ZEB(ZEB=Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の略称)」認証を受けています。 新庁舎建設にあたっては全職員参加型のワークショップを実施し、見やすいサインづくりや町民の利活用・業務効率を考慮した空間構築をおこないました。 【本編記事】開成町新庁舎事例|全国初のZEB認証庁舎
一般法人 地域活性化センター:執務空間の変革でコミュニケーションを活性化
地域社会活性化のための活動支援や地域振興推進を担う地域活性化センター(東京都中央区)では、課を超えた職員同士のコミュニケーションが実現しにくく、業務連携に課題がありました。また、職員増加により執務室も手狭でした。 そこで、執務席にグループアドレスを導入するとともに、働く場所をオフィス内で自由に選べるABWの働き方を実践。執務スペースの効率化によって、コミュニケーションエリア新設やミーティングコーナーの拡充なども実現しました。空間からのアプローチによって職員同士のコミュニケーションが活性化し、意見交換や情報共有も活発化したのです 【本編記事】地域活性化センターオフィス改革事例|コミュニケーション活性化と業務のメリハリを実現
三豊市役所:フリーアドレス導入とペーパーレス化によって業務を効率化
香川県三豊市では、業務効率向上を目的としたオフィス改革プロジェクトを実施。まずペーパーレス化に取り組んで文書を電子化し、オフィス内で場所をとっていた収納庫を撤廃しました。新たに生まれた空間を利用して集中スペースや打ち合わせスペースをつくり、職員間のコミュニケーション改善に向けてフリーアドレス運用を開始し、横連携がしやすい体制を整えました。フリーアドレス化をきっかけに職員はクリーンデスクを実践するようになったこともあり、情報漏洩のリスクが大幅に軽減。同時期にICTツールを整備したことで、業務内容に合わせて場所を選んで働けるABWも実現し、職員は積極的に業務効率を追求しながら働いています。 【本編記事】三豊市オフィス改革事例|フリーアドレス導入とペーパーレスによる業務効率化
まとめ
地方自治体職員のワークスタイルや労働環境がよりよく変われば、行政サービスの質も向上し、市民の利便性も高まります。「自治体DX推進計画」などの動きもみられる中で、働き方改革やデジタル化に取り組む自治体も目立ってきました。コクヨも引き続き、新しいワークスタイルやオフィス空間の提案を通じて地方自治体の働き方改革を支援していきます。