組織の力

2024.03.19

神戸製鋼が取り組んだボトムアップ型オフィス改革

パイロットオフィスのノウハウを各事業所の最適化へつなげる

働き方改革の活動の一つとして、神戸本社のワンフロアをパイロットオフィスとしてオフィス改革にボトムアップで取り組んだ神戸製鋼所。どのように意見を集めながらフリーアドレスへの抵抗感を払拭し、働きやすさと生産性向上を両立させて「出社したいオフィス」をつくりあげたのか。その挑戦と工夫について総務・CSR部次長・総務グループ長の神尾真裕美さんと同じく総務グループの小原知恵美さんに話を聞いた。
写真左から)神尾真裕美さん、小原知恵美さん

一律にルールを押しつけず、
柔軟にスペースづくりを推進

――まずは今回のオフィス改革の目的や最終的なゴール感からお聞かせください。


神尾:最初から「こうあるべき」という絵姿があったわけではなく、社員の働き方や意識の変化に合わせてオフィスも変化をしていきたいよね、という流れで動き始めました。

在宅勤務は、2011年度に育児や介護との両立支援を目的に、就業継続支援策として導入されていたものの、利用者は一部の社員に限定されていました。コロナ禍を経て、現在は誰もが月の半分まで取得可能になり、制度として定着したこともあって、働き方は大きく変わってきたという実感があります。

ただ一方で、それだけでは経営を説得するのは難しいため、コストアップ抑制をメインに出し、副次的効果としてコミュニケーションや社員のモチベーションの向上を掲げました。
新しい発電所が稼働するため電力事業部門で人員増が見込まれていることと、本社でも人が増えると計画されていたため、まずは本社機能のある9階フロアをパイロットオフィスとして、面積は増やさずに人の吸収力を上げ、同時に働きやすい空間に、というのが出発点です。

実際にやってみて効果測定をし、その結果を踏まえて他の事業所などに展開していくというステップで考えました。


1_org_181_001.jpg 神尾真裕美さん


――ボトムアップでのオフィス改革はめずらしいですね。パイロットオフィスづくりはどのように進めていったのでしょうか。


神尾:コンセプトを「コミュニケーションが生まれるオフィス」として、総務・CSR部主導で半年間かけて進めました。主に取り組んだのは出社率7割を目安とした部内フリーアドレスの導入、文書50%削減、ABWの働き方に対応したオフィスづくりです。

オフィス改革の実行にあたって説得に使ったエビデンスとして、先行して東京本社の一部フロアでレイアウト変更を行っており、導入後のアンケートで「コミュニケーションが取りやすくなった」という回答が約6割、効率よく働けるようになってオフィスの満足度も80点台まで30ポイントも上がったという成果を伝えました。

まずフリーアドレス化に向けて、部ごとの出社率をヒアリングしました。たとえば、ほぼ100%出社の財務経理部門は固定席を継続し、100%配席。情報機密性を確保するため決算期に人が立ち入らないようにしたいとのことだったので、フロア内のセキュリティ管理可能な場所に席を確保しました。

また一番時間をかけたのが文書削減です。スペース捻出のため固定のキャビネット以外の保管場所は全部失くすことに決めて各部署に、廃棄、保管センターに移管、電子化などに分類してもらったところ、はじめは電子化の要望がかなりありました。そこで試しに自部署保有書類の電子化コストを試算すると、約800万円かかることが判明。電子化は各部署負担なので、電子化が高額になることを伝え、保管センターを活用し、本当に電子化が必要か再考頂くことにより、最終的に50%を削減することに成功しました。




稼働率の低いスペースは大胆に見直しつつ、
社内コミュニケーションの場を導入

――進めるにあたって工夫した点として、どんなところがありましたか?


神尾:今回のオフィスづくりのポイントは4点あります。
1点目は、コミュニケーション活性化に向けた工夫です。業務上のやり取りが多い部署を事前にヒヤリングして隣に並べるようにし、座席を斜めに配置するなどあえて動線を複雑にすることでコミュニケーションのきっかけとなることをめざしました。また新たに社内交流の場としてリフレッシュスペースも設けています。


1_org_181_002.jpg フリーアドレスな執務エリア

神尾:2点目はABWを取り入れたオフィス空間の再配置です。特にWeb会議用ブースを多めに配置しましたが、社内で一番活用率の高いエリアになっています。


1_org_181_003.jpg web会議用ブース

神尾:3点目は取締役エリアの見直しです。役員秘書用に控室として用意していた応接の稼働率が低かったため、応接室を役員室および会議室としても活用できるように変更。加えて神戸常駐ではない役員も多いため、社長と一部顧問以外は、取締役エリア内の役員室もフリーアドレスにして利用するなど、席を柔軟に選んでいただくことにしました。
また、通常の執務エリアにおいても、窓側にある部長席を廃止したことで、周辺を含めてかなりのデッドスペースを活用できるようになりました。

4点目は書籍スペースの設置です。これまで部署ごとに保有していた書籍を一か所に集約することで省スペース化すると共に、自由に閲覧できるようにすることでナレッジの共有や専門書を探す手間が省けるといった効果もねらっています。


1_org_181_004.jpg 書籍スペース

神尾:ほかにも部門ごとに持っていた冷蔵庫や電子レンジなどの備品の共有化など、執務エリアの見直しとスペースの削減を行いました。また、新設したカフェスペースに無料でコーヒーが飲める給茶機を導入したところ、大変好評です。


1_org_181_005.jpg カフェスペース


――新しいオフィスがスムーズに活用されるように運営面でどのような工夫をしましたか?


小原:まず運用ルールを定着させるため、マニュアルを作成して定期的にメンテナンスしていくようにしました。たとえば、フリーアドレスにしたのに結局固定席になってしまった...、では意味がないので、「前日座った席には座らない」というルールは最初から組み入れました。また、使用後はウェットティッシュで拭いてキレイにする、3時間以上離席する時は席を開放するなどのルールを定めました。


1_org_181_006.jpg 小原知恵美さん

小原:一方で、弱視の方からは、誰がどこに座っているか探しにくいという声があがるなど、フリーアドレス化することで生まれた課題もありました。
そこで導入したのが「くまっぴんぐ」です。アプリ上で座る場所を選択する、または各座席にあるQRコードを読み込む、のいずれかの方法でと座席マップ上に名前が表示される仕組みになっているもので、IT企画部が独自に開発しました。導入した結果、その日の仕事内容に応じて誰の近くに座るといいかなど、席を選ぶ参考に使えたり、打合せしたい人がどこに座っているか、一目で確認することができたり、マップを見れば自分が最終退出なのかどうか判断がしやすくなったなどの効果も出ています。


1_org_181_007.jpg 『くまっぴんぐ』の操作パネル

小原:また、「カイゼンボード」という掲示板も設置し、オフィスで改善してほしいことがあれば声を挙げてもらい、2~3か月に一度各部のオフィス改善委員と改善する・(費用対効果を考えて)しない、を吟味するようにしています。


1_org_181_008.jpg 改善ボード

小原:これまでは意見をあげる場がなかったのですが、機会を設けると意見も出てくるものだとわかりました。オフィスグリコを設置してほしいという意見や、ウェブ会議中にブースの外を歩いている人と目が合ったり、パソコンの画面が見えてしまいそうで気になるという声があがり、防音ブースに目隠しのフィルムを貼りました。

月2回昼食直後にフロアの清掃時間も設けていて、カフェスペースは部署ごとに持ち回りになっています。清潔感を保ちつつ、社員同士の交流の機会にもなればと思っています。




オフィスが明るく開放的になり、出社率が上昇
事業所ごとのニーズに合わせて横展開していく

――実施した成果として、社員の方からはどのような反応があがったのでしょうか。


神尾:レイアウト変更の2か月後にアンケートを実施したところ、オフィス満足度は64点から85点まであがり、目標値として妥当な数値が出ていると感じています。予約して使える会議スペースが12~23と倍近くに増え、会議室不足が改善したことが特に満足度が高いようですね。

小原:開放的で働きやすくなったと直接声をかけてもらうなど、ペーパーレスやモノが少なくなっても十分仕事ができる実感をもっていただけている手ごたえがあります。文房具なども共有化しましたが、その結果取りに行くのは面倒でもそこに行けば必ずあるので、意外と便利なようです。
「導入前はフリーアドレスに抵抗感があったが快適に働けている」、「広々として明るくなった」という声を多くもらっています。


1_org_181_009.jpg 共有文房具の棚

神尾:結果、会社に来た方が快適に執務もコミュニケーションもできると好評で、出社率もあがっています。
コミュニケーションは40%の人が「増えたと実感」という結果が出ています。コミュニケーションが苦手だからそっとしておいてほしいという人もいるので、効果としては十分だと感じています。

働き方に対する意識アンケートについても約51%の人が「変化を実感」と言う結果が出ており、働き方にメリハリがつくようになったとの声があります。
「思っていたよりよかった」というという声も多いなかで、経営からはぜひ改善を続けてほしいというオーダーをもらっています。他の事業所の役員が自部門でも検討したいと、見学に来て実際に防音ブースに入られることも。



――苦労した点やその乗り越え方、今後の展望を教えてください。


神尾:最初はやはりフリーアドレスへの抵抗感、特に毎日片づけることや書類保管スペースが減ることへの抵抗感が強かったですね。ワゴンがなくなることで個人ロッカーに荷物が収まるのかという不安の声も聞かれたので、「こんな風に良くなりますよ」と新しいオフィスの図面を見せたり、ロッカーの具体的なサイズを示すなどして「わからないことへの不安」を軽減できるように説明して回りました。また、事前に要望を聞いて回って、極力反映するようにも努めました。

予定通りの増員数であれば現状のスペースで十分吸収できますが、今後それ以上増員となると、見直しが必要になってきます。その際にはあまり使われていないスペースの再構成や、フリーアドレスの範囲の見直し、部署ごとの枠を緩めて空いている席を部署を超えて活用することなども検討していく必要があるかと思います。

現在策定中の中期経営計画にも、会社への「誇り」「愛着」意識や社員の働きがい向上に必要な投資をしていくという観点も盛り込まれました。その施策の一つとして事業所厚生施設やオフィスに必要な投資をしていく機運が高まっていると感じています。

ただ今回このフロアでうまくいったからといって、他の事業所にそのまま横展開すればいいというわけではないと思っています。特に工場ではモノづくりメーカーとして、オフィスよりもシャワー室などがある厚生棟など、より現場に近いところにお金をかけて良くしていきたいという意向もあります。
優先順位の高いところや課題感のあるところに手を入れながら、フロアごと、事業所ごとのニーズに対応した多様性を含んだオフィスづくりをしていくことが大切です。

今回は総務も入っているフロアだったのでスムーズに実行できましたが、他のフロアなどでも実施していけるよう、認証機関による客観的な指標を参考にしながらオフィスづくりの提案をするなど、総務・CSR部としても旗振りや支援をしていきたいと考えています。



神戸製鋼所

1905年創立の大手鉄鋼メーカー。鉄鋼アルミなどの素形から産業機械・エンジニアリング、そして電力事業まで幅広く手掛ける。

文/中原絵里子 撮影/石河正武